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2011年11月

2011年11月30日 (水)

視察

航空機産業の先生を陸前高田の被害地区、大船渡の被害地区、気仙沼の被害地区とご案内。

誰もが言う言葉。

「テレビで見るのと全然違うね。これは何とかしないと」と。

確かに何も感じずに被災地区を背景にピースサインして写真撮るアホもおるけど普通は痛みを体で感じる。
先生がポツリとおっしゃった。

「改革が必要ですね。改革となると必要になるのが、三条件。よそ者、素人、大馬鹿者」と。

「富山さんは全部満たしてますなぁ〜ギャハハハ!」と今まで紳士的に話していたくせにいきなりでかい声張り上げて大笑いしやがった。

何か嫌な気がする褒められ方。

いや、褒めるよりけなす要素が明らかに強い。

そんな先生を一関まで送った。

しかし朝一で一関に迎えに行って、一時間のミーティングのために丸一日作業。
時間効率半端なく悪い。

でも重要な仕事はいつでも効率じゃなく一つ一つの積み重ねが大事。

ちゃんと一歩ずつやって行こう。

一関から陸前高田に戻り、薬局で物資とお薬積んで大船渡へ。

地道なことはたくさんやってなんぼ。

地道に復興に向けて貢献していかな。

陸前高田仮市庁舎訪問

一関から航空機産業に詳しい先生を乗せ陸前高田へ。
陸前高田市仮庁舎にて副市長と会談。

陸前高田への提案としては、二つある。

一つ目は超軽量小型機特区構想。

225kg以下の超軽量小型機は二人乗りなどの飛行機で、飛行機製造や飛行機運転などに免許が必要ない。

制限があるのは、飛行距離は出発地点から半径9キロ以内という世界でも馬鹿げた規制はある。

これが地点と地点を結ぶ交通手段になると超軽量小型機が医療で活躍出来る。

また、「遊び」という観点でも産業を起こせる。

超軽量小型機のサークルや同好会のようなものは日本だけでも150団体を超える。

その人達が自由に空を飛び回る拠点に陸前高田がなればいい。

超軽量小型航空機のメーカー、メンテナンス、パーツの会社は自ずと陸前高田に集積する。

そんな簡単に行くの?

と思う人もいると思うが知らないだけ。

全国に約260箇所もヨットハーバーはある。

一台何千万も支払って高い駐機代金支払ってまでもマリンスポーツをレジャーとして楽しむ人達は世の中にわんさかいる。

超軽量小型航空機は一機何百万という単位。

言わば乗用車。

その金額でグループオーナー制で陸前高田に来ていつでも飛行機乗れるんやったらたくさん来ますよ!

世界からね!

月一で航空機の速さとか操縦技術とかデザインの大会やったらまた盛り上がるしね。

これは国の方では推し進める内諾は取れている。

後は陸前高田がやるかどうか。

二つ目は水上航空機産業誘致のご提案。

陸前高田だけでなく被災地全域に言えるのが極端なアクセスの悪さ。

今まで道路整備ばかりをやってきた戦後復興体制がそのまま続いているのが元凶だ。

どんなビジネスでもどんな町でも大事な肝は人、モノ、カネがいかに流動的に流れるか。

これだけの偏狭の地では、東京から来るのもやっとだ。

東京より西は行く機会が無くなる。

選択肢に入らないからだ。
ところが水上航空機があれば、沿岸部のアクセスは一気に増す。

水上航空機は普通の空港に離発着可能。

被災地沿岸部のアクセス解消が実現する。

これに関しては邪魔する法律がない。

やればいいだけ。

自ずと地盤沈下した区域が水上航空機離発着場所になり土地の問題も多少片付く。

しかも、航空機産業集積群が出来る。

これ一個成功するだけで人口流出の問題が一気に片付く。

人は必ず増える。

また世界にも需要があるため輸出出来る。

メイドインジャパンのブランドを駆使して。

もちろん課題はたくさんある。

それは何するにしても一緒。

でかい航空機を作る産業を本来日本が持つべきだが、先ずは小さな小型機から。
日本の航空機産業はあの陸前高田から発展したって将来なれば。

まだまだ絵に描いた餅で夢物語。

でも今被災地に、日本に必要なのは夢物語だ。

一関へ

今日は一関に航空機産業について詳しい先生が来る。

今迎えに行くところ。

迎えに行くっつっても一時間半かかるんやけど・・。
雨やから道中スリップに気をつけな。

2011年11月29日 (火)

今日もバタバタ

一日中朝から電話なりっぱなし。

着信履歴が最初の午前中の人達は無くなってしまっている。

メールは午前中だけで100件を超える。

まぁそのうち重要なのは3〜4割やけど。

陸前高田と大船渡を行ったり来たり。

あっというまに日もくれる。

今日は仮設の方にお呼ばれした。

食事しながら色んな話。

まだまだ布団無しに生活している人たくさんいるよって言われた。

まだ物資必要だけど言えないと。

陸前高田は結構まわってる。

それでも行き届いていない方々がいる。

まだまだちゃんとしないと。

やることだらけです。

2011年11月28日 (月)

陸前高田に戻って

陸前高田仮市庁舎訪問。

久保田副市長と会談。

被災地中小零細企業再建のスキームをお話した。

具体的な話になり、雇用促進を念頭に入れた現実的なプロジェクトの話に。

具体的に詳細を詰めて行くことに。

商社の方のお話はとても勉強になった。

その後陸前高田竹駒にあるジョニーという最近オープンした喫茶店で夕食を取った。

商社の方が「何か少しずつ明かりが灯って小さいけど街みたいになってきてるね!」と。

そうなんです。

陸前高田で明かりが灯る竹駒町。

ここに瓦礫だらけの時に、何もない時に一番最初に出来た店がとうごう薬局なんですよ!

と自慢げに自慢をした。

やっぱり陸前高田が少しずつでも復興していくのはこの上なく嬉しい。

まだまだやから頑張らなあかんけど。

食事を早急に済ませ、商社の方を最終の新幹線で送るために一関へ。

やはり一関まで遠い。

山越え山越え。

出発15分前9時到着!

無事お帰りになられた。

陸前高田への帰路につく。
一関がまた霧。

霧の一関は嫌な予感。

必ず動物出よる。

と思っていたら案の定出たぁ!

ししがみ様!ニホンカモシカやニホンカモシカ!天然記念物!

こないだ会うたからわかる。

こいつめ。またケツ見せて腰よじらせて顔見せてセクシーポーズやな。

またしばらく行くと今度は鹿の親子!

ピョンピョン跳ねて山に上がって行った。

次にキツネか?タヌキか?
んなこと考えてたら旅館着いてもうた。

タヌキ最近見てないなぁ。

その後南下

その後南下
その後南下
大槌町を離れて、釜石を通り商社の方はまたまた絶句されていた。

それから大船渡の薬局を見てもらい、大船渡の街中を走っていると冠水していた。

「あ、冠水してるんで戻りますね!」と言うと、「冠水って何?」と返って来た。
そうかぁ。

東京では日常にない言葉。
地震による地盤沈下のせいで、海が夕方になると満潮してきやがるので、下水から逆流して海水で街が洪水みたいになること。

冠水地区は被災地ではそこいら中にあるので慣れてしまっていたが、東京から来たら珍しい現象。

大船渡を離れ陸前高田に向かう途中も、津波の痕跡にびっくりされていた。

「ここは何とかしないとね。私も同志だから。」と。
とても心強いお言葉を頂いた。

同志みんなで取り組めば、被災地は必ず復興します。
でもまだまだ足りないす。

大槌町にて

大槌町にて
大槌町にて
大槌町にて
街を視察。

東京から来られた方も「もうすぐ九ヶ月なのに進んでないね」と絶句されていた。

そうなんです。

これからみんなで再建していかないとなんです。

盛岡へ

盛岡へ
朝方岩手県に入り少し仮眠を取り盛岡に向かう。

小雨で道が濡れてるからスリップ要注意!

しかし雲が地面まで来とる。

これを霧っていうのかな。
雲みたいやねんけど。

今日は盛岡で銀行と商社と震災復興に関する打ち合わせ。

被災地の中小零細企業再建のためですたい。

被災地復興の起爆剤になれば。

上河内サービスエリアにて

お腹すいたのでおにぎりとサンドイッチ買おうと思ったら一個も売ってない!

全部売り切れ・・。

誰や全部買い占めたん!

仕方ないから、多少時間取られるけど餃子塩ラーメン食べて行くことに。

これがまたうまい!

たまにはちゃんとしたあったかい食事せないかん。

ラーメン食べてる時に橋下さんが市長選挙勝ったニュースが流れてた。

府知事選挙も大阪維新の会のおじさん。

ダブル選挙橋下さんが勝って大阪都構想に向かうってことですね。

僕も生まれも育ちも大阪。
大阪らしい強さが繁栄する街にしていってもらいたいなぁ。

大阪の人達の期待は大きいでこれ。

2011年11月27日 (日)

首都高渋滞中

しまった。

新宿方面から皇居周りの道に入って渋滞中。

講演が終わってすぐに出発したかったのに・・。

今日の講演では柄にもなく自分ごときの人生観を語ってしまった。

しょーもない人生やけど頂いた命。

どうせ生きるなら面白い世の中作るのに懸けても悔いないやろと。

あ、なるほど。工事で片側車線閉鎖で起こる渋滞か。
年末にかけて予算調整で道路工事多くなるなぁ。

今から東北へ。

また明日からやることテンコ盛りですわ。

お遊戯会

お遊戯会
今日は朝から息子のお遊戯会。

年長なんでこれで最後。

三人息子で幼稚園のお遊戯会はこれで最後になる。

早いもんだ。

あとは勝手に育つでしょう。

男なんで夢大きくたくましくですわ。

そういえば、劇では夢泥棒の役。

町の失われた夢を取り戻す役。

そんな奴になってほしいもんだ。

東京に戻って

ミーティングとメンバーとの会合。

いろいろと有意義な情報交換が出来た。

その後夜中からネタ合わせ。

もう朝。

地球は回りよる。

自転の速度緩めてもらえたらもっと時間あるのに。

でもそうしたら、自転が弱まって、遠心力弱まって太陽から離れよる。

寒くなるわ。

そっちの方が嫌やな。

2011年11月26日 (土)

気仙沼の病院ニーズ

すみません。

先程の続きす!

<緊急>
・12メートル程度のマイクロバスまたはプレハブ(→インフルエンザ診察用。敷地内に固定置きです)

・看護師4名


<その他>
・歩行器 4台
・自動吸引器 1台
・傘たて(1m×40cmくらい) 2
・テレビ(20インチ程度の地デジ対応)1台

気仙沼の病院再建のためのニーズ

気仙沼の民間病院が発災当初から患者さんのために不眠不休で頑張っておられます。

気仙沼の医療体制自体に大きく貢献することですので、出来る限り、先ず現状を知って頂き、課題をみんなで解決出来たらとせつに寝がっています。

お力添え何卒よろしくお願い申し上げます!

気仙沼復興商店街

気仙沼港ほど近くの南町には昔ながらの100軒以上のお店が軒を連ねた「南町商店街」がありました。
津波により、ほとんどのお店の建物1階部分が破壊されてしまった商店街です。

しかしこちらの店主さんたちは、震災後初期から「めげてられねっちゃ」を合言葉に、持ち前の機動力とネットワークと人情を活かして、ご自分たちと同じ被災された人々や避難所すらも強靭に支えてこられました。

そして今度はその商店街の店主さんたちが、8ヶ月の平坦ではなかった長い準備期間を終え、この冬、仮設51店舗での「気仙沼復興商店街」―新生南町商店街をオープンさせます。
オープンの日程は、2011年12月24日(土)です。

ご縁をいただいた私たちは、こちらの商店街を応援する数ある団体の一つとして、初夏より全国の皆さまのお力をお借りしながら、お店で活用していただく物資の提供という形での応援を続けてきました。

少しでもお店や自宅まで失った店主さんたちの開店時の負担を減らすために、地元の方に愛され続けたこの商店街で再び皆さんがお買い物を楽しんでいただけるように、そして約2年半後の仮設店舗の閉鎖後にそれぞれの店主さんたちが更なる飛躍が出来るように。

経済的な自立が出来るようになると被災地の方々のニーズは大きく変化を始めます。
私たちはその変化に寄り添い、お手伝い出来ることを共に考えながら、南町の再興を応援し続けます。

皆さんも気仙沼に足を運んでみてください。力をわけてくれる笑顔に必ず出会えます。

リンク http://kesennumafs.com/

買物ツアーでも、大島に行くついででも、気仙沼港でお魚食べるついででもいいので、気仙沼に来たら必ずお立ち寄り下さい!

ほんで好きなもの買って、自分も良い気持ち、被災地も復興、被災地復興したら日本全国嬉しい、と三方良しです。

気仙沼に是非お越し下さい!

昨日から

車がプリウスになった。

もちろんお借りしているもの。

燃費いいとは聞いていたが、今まで乗っていたハイエースと比べて圧倒的!というか話にならない。

昨日、宮城県白石から陸前高田に行き、今もうすぐ白石で南下中。

往復300キロかな?

ガソリンの目盛り一個減っただけ!

ハイエースならガソリン入れないと。しかも8000円分。

これは助かる!

これは本当助かる。

凄い技術やなぁ。

航空機のエンジンをハイブリッドにしたらえーのに。

2011年11月25日 (金)

まだストーブありません!

気仙沼の仮設住宅や在宅の方々でまだ暖房器具が行き届いていない地域があります。

昨夜の気温は0度になったところもあり、だいぶ寒いっす。

陸前高田雪積もってたり。
これで暖房器具がないのはきついっす。

電気ストーブあと30台あれば!

把握している方々には暖まっていただけます。

もしご支援頂けますと大変有り難いです!

連絡先はgammon@kitanet.ne.jp

富山まで!

皆様のご支援いつも本当にありがとうございます!

何卒よろしくお願い申し上げます!

安積サービスエリア

安積サービスエリア
安積サービスエリア
安積サービスエリア
やっぱりまたすぐ眠くなる。

安積サービスエリアでまた爆睡。

しかし朝焼けは綺麗や。

神様からの贈り物。

今日も一日はじまりました!

大谷パーキングにて

またまた爆睡。

頭スッキリ!

でも油断なく安全に休み休み。

有楽町でのミーティング終了

有楽町でご縁を頂いた実業家の方々とミーティング。
もちろん被災地復興に関して。

いろいろと勉強させられるところがあった。

しまった。

時間が・・。

今から東北へ。

ちょっとさすがに休み休み行こう。

2011年11月24日 (木)

日本再生のカギは日銀法改正にあり

という題のシンポジウムに参加。

衆議院第一議員会館にて。
鳩山元総理、安倍元総理、渡辺みんなの党代表、あと元内閣府官僚、元経済企画庁審議官、教授陣、金子民主党議員(デフレ脱却議員連盟事務局長)、元日銀メンバー、経済評論家、そういえば馬渕国交大臣も参加。

ポイントとしてはデフレ経済なのに何故日銀は緊縮財政で、しかも財務省は何故増税路線なのか?

そんなことやってたら経済瀕死状態になるのわかってるのに、日銀も金融緩和せず財務省の人事権限におののき、財務省はどっかで私利私欲に走ってるからこんな経済になってるんやでーって話。

失政繰り返してる白川総裁をクビにする権限をしっかり政治家が持たないとあきませんって話で日銀法改正しましょうという話でした。

政治家の方々は日銀法改正やります!って言っちゃってましたけど、ほんまかいな?

やって日銀の頭代えて、日銀がお金大量発行(アメリカ短期証券の買い取り)して市中にお金回して、経済回して自然増収するんやったらえーけど。

なんか口だけで実行ほんまにするんかなぁという感じ。

やって欲しいけどね。

期待を裏切られ続けるとなかなか期待はしづらい。

でも有意義な会だった。

やっぱり日銀と財務省が国のクビ絞めているということが明確になったわけで。
増税と緊縮財政は国民に負担かけるだけじゃなくて、国滅ぼす諸悪の根源ということで。

今増税を正当化する奴ら、テレビ局含め私利私欲なんですよ〜。

国民騙して、一部がアホみたいに金もらう仕組み。

これが今の日本ですよ〜てことが、良くわかりました。

石巻市役所訪問

今日は朝一から石巻市役所訪問。

亀山市長と関連部署との全体ミーティング。

石巻の医療特区構想を市と共に描いていくことに。

スピード良く推進しなければ。

先ずは今仮設にいる方達の健康と安全を。

また将来のビジョンを描いていかないと。

青写真はもう既にある。

あとは調整しながらの組織運営と推進体制の構図。

これからす。

被災地復興はこれからす。

2011年11月23日 (水)

紅葉の東北自動車

紅葉の東北自動車
紅葉の東北自動車
今のシーズン東北自動車道は紅葉真っ盛り!

サービスエリアでソフトクリームも良いす!

僕は今日は山形道に入ったのでラフランスソフトをペロリ。

サービスエリア毎に名物ソフトがあるので是非東北に遊びに来てください!

被災地を訪問して頂けると尚嬉しい限り!

被災地でお金使ってくれるともう肩たたきしちゃいますよ!

肩たたき代十円は頂きますがo(^-^)o

エッヘッヘ\^o^/

【物資】石巻、陸前高田ニーズ

いまだ経済的困窮状態からまだまだ基本的な生活用品が揃えられない方々がいます。

また物理的な条件も悪く、冬支度がされていないところもあります。

もしお力添え頂ける方がいらっしゃいましたら富山までご連絡下さい。

gammon@kitanet.ne.jp

本当に皆様のご支援で数多くの方々が助かっています。

厚く御礼申し上げます!

以下物資情報転載いたします。

石巻と陸前高田での必要物資がありますのでご連絡させていただきます。

●石巻鹿妻のIさん
・敷布団二組(中古でも綺麗な状態であれば可能)

⇒Iさん宅は一階浸水、いま自宅で生活していらっしゃいますが、敷布団がなく、こたつ布団を二枚に折って敷いて寝ている状態です。
すでに寒さ厳しくなっておりこのまま冬を越すのは大変ですのでどうかよろしくお願いいたします。


●陸前高田Kさん
・こたつ布団一組(中古可能)

⇒仮設で一人暮らし、こたつはあるがこたつ布団がない状態です。足が不自由なため、足が冷えると体全体の健康状態悪化につながりますのでどうぞよろしくお願いいたします。

以上二件、ご協力お願いいたしますっ!!

山形大学付属病院

石巻のおばあちゃんの旦那さんが入院している病院。
土日が山と言われていたけど間に合えてよかった。

おじちゃんは無口な人だけど笑うと素敵な笑顔を振り撒いてくれる人。

ICU病棟で体切られて管だらけになっていた。

意識もない。

ひたすらお声掛けしたけど反応はなかった。

おばちゃんは気丈に振る舞っていたけど心配事が山のようにある。

話聞くしか出来なかった。
出来ることは少ないけど、何かのご縁。

やれることはやって行こうと思う。

山羊?

山羊?
山羊?
山形に向かう途中、一関で山羊?が草食うてた。

ムシャムシャムシャムシャ。

だいたいにして山羊なんかどうかもわからん。

モコモコモコモコしとる。
お顔とおけつがこっち向いてハイポーズ。

グラビアアイドルですわ。
しばらくして山に向かってドタドタ走って逃げて行った。

野生やねんな。

山羊?何あれ?

北海道受け入れ協議会 ( 仮称)設立のご報告

北海道からの報告。

今回の東日本大震災の被災者受け入れのために、北海道で協議会が立ち上がりました。

当団体LOTSも参加し、被災者支援をお手伝いさせて頂きます。

以下報告メール転載いたします。

北海道で、被災地支援に関わる団体の協力体制構築、情報の一元化を図り、北海道受け入れ協議会(仮称)が設立されました。

設立会議には、LOTS北海道受け入れ支援分科会のUとNが参加し、LOTSの活動概要を紹介させていただきました。

この設立会議が、北海道シェアNo.1の北海道新聞に掲載されましたので、ご報告します。
(添付ファイルご参照)

以上、ご報告です。
en.pdfをダウンロード

2011年11月22日 (火)

大船渡で

薬局閉店後、いつも陸前高田でお世話になっている方と一緒にご飯を食べた。

被災地の復興には生業が必要と強くお話されていた。
都市計画を作る人達にはつぶさに町を歩いてまわって欲しい。

町がどんな状況か、歴史的に今までどんな道を歩んで来たのか、教訓を踏まえた展望はどうあるべきか。

表面的ではいけない。

最低でも向こう20〜30年どうしていくかも含め長期ビジョンが必要だ。

そこからの逆算。

復興理念が大事になる。

そんな話をして、その方を送り、陸前高田の宿に。

さすがに体くたくたや。

眠いのか、風呂入りたいのか、何したいのかわからん状態。

先ずは荷物整理して、コーヒー飲んで落ち着こう。

・・・。何かこんなネタ昔やったような。

それから風呂かな。

今日は祝日前やで混んどる。

シャワー一本しかないから取り合いになるんよなぁ〜。

無言の戦いやから困る。

あー疲れた。

もう寝よかな。

大船渡到着

道の選択間違えたこともあり、東京から11時間かかってしまった。

しまった。

秋ふかし

秋ふかし
秋ふかし
今朝パラパラと雪がちらついていた。

雪化粧している山々も出てきた。

何故かまだ北上中。

どうしても国見パーキングで眠くて爆睡。

気付けば朝。

しまった。

もうついてるはずやのにまだ仙台通過したところ。

いかん。

予定が・・。

2011年11月21日 (月)

東京一時滞在

6時に東京に入り、半蔵門に構えた事務所でミーティング。

団体運営と組織編成についてミーティング。

やっていることが多岐に渡るため、組織をディビジョン化。

ディビジョン化したら人足らんようになった。

てか元々被災地全域カバーしてるから仕方ない。

てなことで有志常時募集です。

被災地復興に一役買って出ようという方、連携出来る団体さま企業さま、是非お力添えよろしくお願い申し上げます!

ただ一つだけ理念がございまして・・。

全ては被災者中心で被災地中心の行動規準なのです。
「これをやれば助成金出るよ」、

とか、

「それは非効率だからやめとこう」

とか、

「うちのメリットにならない」

とか、

そういうのどーでも良くて。

重要なことやし、考えなあかんことやけど、決断する材料には微塵もならなくて。

要はいたってシンプル。

やることが被災者のためになっているか、被災地の復興に役立つか。

それだけで動くか動かないかを判断しとります!

ですから自らの願望や私利私欲を捨てるどころか、かなり自己負担せなあかん場合も出て来ます。

今まではメンバーの方々にとても負担大で、足向けて寝れない状態で、メンバーが東西南北にいるから、足折りたたんで隠して寝てました。

これからは出来るだけ資金捻出出来るような仕組みを作って行こうということになったので、参加されるメンバーには少しは足代プラスお茶代は出せるような運営体質に変えて行きます。
まだまだ不備だらけですが、たくさんの優秀な人材の宝庫と自負しています。

素晴らしい方々に恵まれました。

是非被災地復興と最終的には日本再生にお力添えよろしくお願い申し上げます!
半蔵門の後は北区滝野川会館に移動して全体ミーティング。

活動報告と今後の方向性を話した。

今後は活動報告を公開もいきますのでお気軽にミーティングにもどなたでも参加出来るようにしようかと。
ミーティング終了後、家で荷物まとめ、また今東北自動車道。

僕の住所は東北自動車道。
間違いない。一番いる時間長いところ。

明日は大船渡へ。

また安達太良で眠くなったりして。

元気だ状プロジェクト

先日、大阪大学で講演した時に被災地支援を一生懸命頑張っている学生さんに出会いました。

年賀状が書けない被災された方が「元気ですよ〜」とみんなに知らせるための「元気だ状」を考えて被災地にお届けするプロジェクトを立ち上げたようです!

素晴らしいことなので掲載します。

興味を持たれた方、是非お力添えよろしくお願い申し上げます。

以下、詳細です。

こんにちは。
私は立命館大学三回生の宮原朝美と申します。


今回、関西の学生たちが行っている復興支援活動
「元気だ状プロジェクト」についての紹介をさせていただきたいと思います。

「元気だ状」とは、年賀状の代わりとして使っていただく

「元気、感謝」の気持ちがデザインされたはがきのことです。


今年は震災のため「明けましておめでとう」といった年賀状は送りにくいですが
東北では、例年のように手紙を交わすことで、離れた人とのつながりを大事にしたい、

手紙を送りたいし受け取りたい、という思いが強いことが分かりました。

また、思いを伝えたい相手に手紙を送り、心の内を吐き出すことが精神面での復興につながると考えました。

私たちは元気だ状を東北の方に使っていただくために、被災地以外での応援金を募っております。
そのために被災地以外の方々にご協力して頂きたいことは、

② 応援金(一口5000円〜)を頂く

②はがきを買って頂く(原価を引いた料金を応援金に充てさせて頂きます)

といった二点です。

このプロジェクトは皆さまからの温かいご支援で成り立っており、

応援金を基金としてはがきを製作しております。

また、はがき代や送料、手数料も応援金を基金として補っております。

そして、いただいたお金は、私たちが責任を持って東北に届けます。

私たちは全力でこのプロジェクトをやり抜きます。

ですので、皆様の温かいご協力、どうぞ宜しくお願いいたします!!

プロジェクトのHPです⇒ http://www.genkidajo.com/

元気だ状のお問い合わせはこちら

株式会社にっこう社(関西でご協力いただいている企業)
tel: 06-6242-0001
Mail:project@mail.genkidajo.com

安達太良パーキングで

どうしても眠かったので寝ちゃった。

ううっ。

紅葉の東北

紅葉の東北
まぁどこもかしこも紅葉綺麗す!

観光で被災地沿岸部の宿でも見つけて観光に来て下さい。

東北にはえーとこいっぱいあります!

出来るだけ沿岸部で!

東松島

久しぶりに東松島市へ。

良く物資をお届けしていたところ。

避難所の閉鎖とともに僕がなかなか行けていなかったが、久しぶりに来ると道の悪さが目につく。

地盤沈下が著しいのが改めてわかる。

沿岸を見ていないのでわからないが、ここも高台移転した方がいいのだろうけど、高台があまりない。

防潮堤の整備が最大の防災の鍵になると思われるが、隣接した市と共同しないと圧力が他市町にかかる。

航空自衛隊があるぐらいやから航空機産業でも持って来ないと。

被災地は甚大な地域にまたがる。

東日本大震災。

文字通り東日本やねん。

人々の感心が薄れる意味がわからん。

よっぽど自分中心の世の中に成り下がった証拠やな。
今から南下。

一路東京へ。

基本遠いとか、しんどいとか、金かかるとか、そんなことに阻害されてるようでは復興せーへん。

枠を超えた復興するためには自分が常識の枠からはみ出さんと。

石巻はこれから

石巻はこれから
石巻はこれから
石巻はこれから
石巻は瓦礫の撤去率が32パーセント。

まだまだ半壊家屋や全壊だが躯体が残っている建物の解体による瓦礫が撤去どころか解体もされていない状況。

先日電話のあったおばあちゃんの家に訪問。

山形の病院にいると言っていたが、ひょっとしたらと思い立ち寄るが、いなかった。

周りにあった建物は全て解体され、リフォームした家だけがポツンとある。

物寂しいたたずまいだ。

残っている周りの建物は津波の痕跡が今も痛々しい。
何とかせななぁ。

せっかく来たので立ち寄ってみていなくて残念だったが、おばちゃんが一人取り残される不安感は何か感じ取れた。

復興構想や政策も大事やけど、今生きてる人達はもっと大事やで。

石巻訪問

いろいろと撮影を終えた後、石巻市役所訪問。

今後の復興政策について復興対策室と協議。

お互いの理解を深め有意義な協議となった。

今後頻繁に話し合って行くことに。

これからです。

那須高原サービスエリアにて

獅子座流星群を観測しようとしたら雨がぱらついて来た。

しかし埼玉からずっと強風。

油断したら車線変わるぐらいハンドル取られる。

安全運転で。

獅子座流星群見たい!

書類まとめてプリントアウト。

荷物まとめて車に積み込み出発。

現在東北自動車道北上中。
佐野サービスエリアで給油完了。

だいぶ晴れて来た。

今日こそ獅子座流星群見れるかなぁ。

2011年11月20日 (日)

銀座の喫茶店にて

銀座の喫茶店にて
前説終了後、有楽町に降り立った。

「うわぁー」と声出るようなクリスマスイルミネーション。

普段東京にいたらあまり気にならないのだろうけど。
でも被災地も満天の星空という自然のイルミネーションがある。

どこもかしこも綺麗なもんや。

有楽町から銀座の界隈へ。
賑やかなもんで。

そこにあるとある喫茶店でミーティング。

先日丸の内でお会いした方々が紹介してくれた人脈。
そうそうたるメンバー。

全て被災地支援に繋がる有力な方々。

恐れ多いが本当素晴らしい方々でお力お貸ししてくれることに。

支援活動に弾みがつきそうだ。

これからこれから。

頑張っていきますよ〜!

今から家に戻って資料作成。

準備して東北向かわないと。

気仙沼医療施設ニーズリスト

気仙沼の医療施設(病院)がまだ回復しておらず、支援が必要な状況です。

もし医療関係者や支援団体の方々がご覧になられていたら、是非下記までご連絡頂ければ幸いです。もちろん個人的ご支援もとても有り難いです!

気仙沼の医療体制を少しでも回復出来るように何卒よろしくお願い申し上げます!

看護師応募、物資提供、猪苗代病院あて寄付金受付ともにAMDAが窓口にもなれますので、HP載せておきます。情報は同時共有しています。


問い合わせ時の担当はプロジェクトオフィサー大政さん、大政さんの海外派遣時は事務局員谷さんになります。

http://amda.or.jp/articlelist/index.php?page=article&storyid=199


ちなみに資金提供とインフルエンザ診察設備(マイクロバス等)が一番有り難いようです。

以下必要ニーズです。


<緊急>
・入院ベッド15台
・10人乗り程度のマイクロバスまたはプレハブ(→インフルエンザ診察用。敷地内に固定置きです)

・看護師4名 常勤採用

<その他>
・ 除湿機能付き空気清浄機
・歩行器 4台
・自動吸引器 1台
・掃除機(家庭用) 1台
・傘たて(1m×40cmくらい) 2
・テレビ(待合室用のため32インチくらい以上・地デジ対応) 2台 医療用品ではありませんが、あると大変助かります。

皆様のお力添え何卒よろしくお願い申し上げます!

ご不明な点やご質問等ございましたら、富山までご連絡下さい。

gammon@kitanet.ne.jp

無限大ホール前説

無限大ホール前説
今日は無限大で前説。

渋谷に一日張り付き。

芸人とお客さんのいる空間にいると元気出る!

一本の電話

昨日久々に心身共にゆっくりし、子供達ともワイワイ。

随分充電出来たなぁと思っていると一本の電話。

石巻で被災され、半壊家屋でライフライン復旧までにかなりの時間がかかり、行政支援もほぼなく、それでも地域のためにと僕らが活動初期の頃から笑顔で物資をお配りし続けて来たおばあちゃん。

最近立ち寄れてなくて、顔でも見たいなぁと思っていた矢先の電話だったので声が弾んだ。

「おばちゃん!元気すか!?」とかかって来た電話にテンション高く出た。

相手の声はない。

「もしもし?富山ですけど?石巻のおばちゃんですよね?」

と携帯登録しているので、誰だかわかる。

「富山さん、ちょっと声聞けば元気になるかなぁと思ってね・・。」とかすれた元気のない声。

話を聞くと、旦那さんが入院して、体中管を通され、機械を入れられ、毎日3000CCの輸血をして、顔や手足が腫れ上がり、お医者さんから「週末が山」との余命宣告を受けたらしい。

おばあちゃんの身寄りは、お兄さんを津波で亡くされ、一人だけ82才のお兄さんが石巻の離島網地島にいる。

半壊家屋のリフォーム代金に700万円かかったばかり。

「これから旦那にも健康で働いてもらわないと!」と76才になる旦那さんに言っていたのを、つい二ヶ月前に聞いていたところだ。

その旦那さんも週末が山だと。

おばちゃんも75才。

これからどうしていったらいいのか、今現在どうしたらいいのか。

不安で押し潰されそうで、「富山さんに電話したら少しは元気もらえるかなって思って電話したんです。」と。

その状況聞いても元気づけることも出来なかった。

「とりあえず、後先のことは僕も一緒に考えて行動するんで、今は旦那さんのことを思って寄り添ってあげて下さい!あとはおばちゃんがちゃんとご飯食べて寝て下さいね!」としか言えなかった。

せっかく津波に浸かりながらも命からがら助かった。
僕らは、せっかく助かった命これ以上人災や支援不足で、失うことはさせたらあかんと立ち上がった団体。
結論、力不足。

もちろん人の寿命かもしれないし、僕らは医師団でもない。

でも状況は良くわかっている。

しばらくライフラインがなく、寒さに凍え、支援物資も来ず、ご飯さえろくに食べれず、半年もの間布団もなかった。

後悔しないように活動してきたはずやのに、「もっと出来たはず」と思う。

非力やけどもっと出来たと思う。

僕が思いつくだけで同じような境遇の方々たくさん顔が思い浮かぶ。

原点回帰。

まだまだ困ってらっしゃる被災者の方々は五万といます。

頑張らないとなぁ。

2011年11月19日 (土)

球根植え

球根植え
球根植え
球根植え
球根植え
球根植え
来年の春に花を咲かせようとLOTS球根部が陸前高田と石巻で球根を植えて来ました。

球根を被災者の方々と一緒に植えることを通じて傾聴しながらボランティア活動をするという内容です。

活動報告以下に転載いたします。

参加者5名一台で出発⇒

12日(土)

陸前高田とうごう薬局にてお昼から活動。

Aさんご提供のシャベル丸×2がとても重宝しました!

ありがとうございます!

Oさんから指示を頂き、薬局の一等地に花壇を作り、チューリップの球根をお日様マークで植えました。
Mさん、Aさん、球根ありがとうございます!

ご提供頂いた皆様ありがとうございます!

今回も木片や大きな石などで耕しが大変でしたが、男性陣のおかげでなんとかやることができました。ありがとうございます!

夕方から、とうごう薬局⇒竹駒小の仮設へヒーター一台をお届けし、陸高・高田町の西和野仮設28戸へ、お米5kgを各①ずつお届けし、越喜来の杉下仮設へヒーター一台お届けにあがりました。

その後、仮設住宅で、美味しいご飯をご馳走になり、前回は聞けなかったお話をたくさん聞くことができました。

○13日

スコップ×2、クワ×1を部長が購入し、激しい山道を越え、牡鹿半島へ。

石巻市鮎川浜の仮設にて。

別の仮設に住んでいるH君(小①)とお母さんと、仮設の元気な元気なお姉さま方と、優しいおじいちゃんとワイワイしながら、花壇と各部屋のプランターへ球根植えをしました!

お話を頂いた公民館でお会いした社協の方に、仮設の方がめちゃくちゃ楽しみにされてたみたいですよ。と伺い、球根部一同とても嬉しくなりました。

ここの仮設のおばあちゃんや、おじいちゃんに球根は大人気!!

部屋のプランターでも植えたい!と、いくつか欲しい!という声がありました。

お姉さま方のパワーが炸裂しましたが、なんやかんや言いながら、みんなで植える作業をとても楽しんでくださったようです。

牡鹿半島は初めて見ましたが、リアス式な半島だけにまだ瓦礫がそのままだったりします。

そして震災後、あれだけいたボランティアがまた少なくなってるのが見て分かりました。

来てみないとわからないし、物資も直接お届けする体験もしないとわからないことがあると、今回も思い知らされました。

12月はもっとたくさんの方と球根植えをしたいと切望致します。

皆様、お声掛けよろしくお願い致します。

2011年11月18日 (金)

気仙沼暖房器具急募!

気仙沼のサービスの行き届かない小さな仮設と半壊住宅の方々が暖房器具がなくて困っています。

もし送れる方がいらっしゃいましたら富山までご連絡下さい。

gammon@kitanet.ne.jp

何卒よろしくお願い申し上げます!

<ニーズ>
石油ストーブ40台 (新品のみ)
布団40セット(新品がよいです)

配布対象は自宅避難の方と8世帯等の支援の行き届かない小さな仮設です。

エハラマサヒロ結婚式

エハラマサヒロ結婚式
エハラマサヒロ結婚式
エハラマサヒロ結婚式
エハラマサヒロ結婚式
今日はエハラマサヒロの結婚式にお呼ばれ。

江原とは同期。

めでたいもんや。

うちの相方がやたらと「みんな一緒に撮ったるから並びーや」と後輩芸人つかまえて声かけていたが、後輩芸人の少年少女に、

「みんな友達の方々優先でいーので私達はいーですよ。」と言われていた。

うちの相方は

「ほなちょっと撮って!」

と後輩にカメラを渡し、自分と江原夫妻と写真を撮っていた。

自分が撮りたいだけやん!
最初からそう言えや!とおもいながら見てると、度胸がないのか、江原夫妻の間に入ってではなく、江原夫妻をバックに勝手に撮っとる。

とんでもない野郎だ。

多分blogで自分の写真載せていることだろう。

しかし、江原の子供めっちゃ可愛い。

美人や。

江原に似なくてよかった!
あ、同じテーブルにあのルーキーズやろくでなしBluesを描いた森田先生がいる。

とても穏和な良い人。

江原の人柄やな。

結婚式はおめでたい。

末永くご多幸あれ!

南三陸町ワカメ再生プロジェクト

LOTSメンバーの金藤が代表を務める「さとうみプロジェクト」で古本を使った復興支援プロジェクトを応援して頂けないかと話しがありました。この趣旨に賛同しLOTSも協力して南三陸町の復興のお手伝いが出来ればと思います。皆さんの温かいお気持ち宜しくお願いします。

「古本で被災地復興第1弾!!ワカメ加工場再建プロジェクト始動。」

南三陸町歌津寄木地区の漁師さん達が連日ワカメの芽付けをされています。2月頃から収穫が始まります。

しかし、震災により、集荷兼加工場として使われていた建物が被災し使用不可能で大変困っていらっしゃるとの事です。

そこで、さとうみプロジェクトでは、皆さんのご自宅に眠っている古本を送って頂き、資金に替えワカメ加工場を再建するプロジェクトを始動します!!

この再建する加工場は、震災で流された集会所後地に建てる予定です。もちろん加工場としても使用されますが、今後地域のコミュニティー広場としてイベント等も開催する予定です。(1月上棟式餅つき、5月お祭り予定)
また、このワカメ加工場兼コミュニティー広場は、さとうみプロジェクトのメンバーと地元漁師さん達との協働作業によって建設していく事になりました。

これを読んで頂いている皆さん!!

ほんの少しだけ私たちに時間を分けて下さい。その少しの時間で、漁師さん達の復興の第一歩を応援して頂けないでしょうか。何卒宜しくお願い申し上げます。

尚、この「古本で被災地復興プロジェクト」活動はLOTS災害支援団の後援のもと執り行っていきます。

さとうみプロジェクト代表 金藤克也

募集詳細

☆送付先
〒216-0022
神奈川県川崎市宮前区平1-2-46-B105
電話044-873-7457
さとうみプロジェクト事務局宛て

☆募集期間
第1期締切11月30日

今回のワカメ加工場兼コミュニティー広場再建工程は12月初旬〜1月末を予定しております。

今後、古本による被災地復興支援プロジェクトを継続していく予定ですので随時募集致します。子供たちの為のイベント、コミュニティー再生の為の支援等、順次企画、活動報告致しますので応援宜しくお願いします。

獅子座流星群

今日夜中から今朝にかけて流星が見られるかもしれないという情報が入ったので、2時頃には見ようかなと、東北自動車道から良く見えるスポットを探した。

しかし、どこのサービスエリアも明かりがあるから真っ暗なとこないかなぁ?と点々とパーキングエリアとサービスエリアに止まってはベストスポットを探した。

でもパーキングエリアやサービスエリアはやっぱり星を見るには明るい。

高速道路脇にある非常時に停車するところに停車してみた。

おっ、結構綺麗に見える。
と喜ぶのもつかの間、トラックがビュンビュン走って来るので違うところに移動しようと。

また走らせた。

どこもかしこも駄目。

しゃーない、多少明かりがあってもえーかと思い、福島の国見から結局埼玉の羽生まで時間かけて来てしまった!

車を停め、少しでも暗い場所と思い停車。

さぁ夜空を見上げてみよう!

満天の星空!とおもいきやく・く・曇っとる・・。

ついさっきまで、パーキングエリア、サービスエリア点々としてた時はめちゃくちゃ綺麗な星空やったのに、埼玉では曇ってるやんけ!

マジか!?

ちょっとだけ雲が流れるか待ってみようと横になったが最後爆睡。

東京まであと一時間かからないところで爆睡て。

んで今にいたる。

埼玉川口から首都高鹿浜まで10キロ40分の渋滞。
ついてなさすぎ。

現在首都高停車中。

とんでもない一日になりそうや。

2011年11月17日 (木)

国見サービスエリア

国見サービスエリア
お腹がすいたので久しぶりに国見サービスエリアでおそば食べ食べ。

しかし誰もおらん・・。

半年前はところせましとごった返してたのに。

調理人の兄ちゃんとやたら目が合う。

気まずい・・。

石巻清水田浜

石巻清水田浜
大槌町から石巻牡鹿半島へ。

昨夜詰め込んだ暖房器具を牡鹿半島の清水田浜にお届け。

寒い冬にまだ暖房器具がなく、大変とのことで急遽お届け。

最近うちのメンバーが僕には僕のやるべきことがあるから!と、なかなか物資運搬お届けにありつけなかったが、久々にお届け。

やっぱり東北の方々は礼儀正しいなぁ。

最後見えなくなるまで手を振ってくれていた。

週末にはドカンと別便でお届けしていただける方がいるので一先ず安心。

しかし満天の星空。

キラキラキラキラや。

と星見ようとしてたら鹿が目の前に!

心臓止まるかと思った。

ドキドキドキドキや。

牡と牝でおりよる。

草食いデートか。

しかし牡鹿半島は進んでない。

ここの復興にスマートグリッドどう関連するんやろ?
港の回復とニーズにあった船の手配。

地盤沈下した土地と高台の土地の交換。

漁業の再建。

これ真っ向からやるだけっしょ?

出来ることは全部やっていきましょう。

大槌町訪問

大槌町訪問
大槌町訪問
大槌町訪問
大槌町役場訪問。

復興局と協議。

様々な事項について話し合い。

しかし大槌町役場には人足りない。

復興構想は住民主体となるが、取り纏めと実行は大変。

いずれにしろ今までもそうだが支援には入る町。

大槌町いいとこやし。

いろいろと携わっていきましょう。

高台移転

今日も旅館にいろんなおじいちゃん達がやってくる。
温泉に浸かるのが目的だ。
「ボランティアかい?」と声をかけられる。

いろいろと話ははずむ。

そこでいつも高台移転の話が出る。

被災地の住民の方々はやはり津波がかぶってしかも地盤沈下したとこには住めないと言う。

当たり前のことだ。

大惨事だったのだから。

市や町が高台移転の方針を明確にして、土地の交換などを推進していくのは誰もが考えるしかるべき政策。
ところがどこの被災地市町村も当初は「高台移転」を前提に考えていたが、今となっては高台移転は徹底されていない。

市町村の復興構想と名のついた図面は高台移転を想定せず、地盤沈下した部分を若干かさ上げしたものに過ぎず、次の津波が来たときの安全は確保されていない。

住民の安全の確保は図面でも構想ビジョンでも想定されていないのだ。

どうせ高台移転も中途半端、土地の交換も示されない。

だったら元いた土地に建物建てて再建していった方が良い。どうせ安全は担保されないから。

という考え方が支配的になって来ている。

これでは町はてんでんばらばらの町の再建になり、方針やビジョンや構想などへったくれもない。

復興にならない。

被災地全域で言えること。
このままでは真の復興を遂げることはない。

復興構想は住民の安全と住民の生活をどうするかが最優先事項。

土地の問題、高台移転、雇用創出の難題にどこもまだ対応出来ていない。

ただ、解決策はある。やり方も十分選択肢豊富にある。

実行出来るイメージもある。

てなことで、必要とされる被災地市町村には貢献していこうと思う。

陸前高田に戻り

物資を車に今のうちに積み込み完了。

外はもうさむさむや。

寒いのいややなぁ。

2011年11月16日 (水)

大船渡の薬局で

またまた書類作成。

陸前高田でじっとしとけや!と思うのだが、銀行口座の開設が大船渡でないといけない。

大船渡の薬局閉めてゴミ出し。

今から陸前高田に戻って資料整理。

今気付いたけど、いつ休日あるんや?

まぁ元々小学校から休日のない生活。

特に欲しいとも思わないけど。

ただゆっくり時間持って考えるのは必要かなぁと。

まぁ言うてられへん現実。
ウルトラCは今からです!

陸前高田の薬局にて

書類作成。

ボランティアの方々と少しお話した後、大船渡の薬局へ。

今日もバタバタしとる。

朝から

朝から
朝から
おじいちゃん二人が気仙沼から旅館にやってきた。

旅館のご主人と友達らしく、「二週間ぶりにやってきたぞ!」と大きな声。

ここの旅館は被災者にお風呂を無料解放しているので、たくさんのおじいちゃんおばあちゃんがやってくる。

僕の顔見るなり、第一声が「おりも孫さ亡くしてな、高田に買い物さ来てたんだ」と。

いきなり津波でお孫さん亡くされた話に言葉が出なかった。

「そうですかぁ。大変な思いされたんですね」と少し間を置いて返答。

それからは津波がやってきた時の話、今の生活、今後は何も期待せずただ生きてるだけで幸せという話。

ボランティアで来てくれてありがとうなとただただ頭を下げられる始末。

今、陸前高田に一面に広がる津波の痕跡を見ながら考えさせられる。

まだまだボランティア必要な時期であることは変わりない。

光も見えてない現実なのに、都市部ではどんどん忘れ去られていく。

いかん。

このままではいかん。

何とかせなと焦りが募るが、非力な自分に歯痒さを感じるばかりで。

一歩一歩進しかないなぁ。
今日もがんばろ。

ミーティング終了

陸前高田に戻りミーティング。

僕らがやってきたことは常に被災者中心。

そのために今必要なことは、生活困窮の救済、仮設住宅のサービス向上、町のサービス不足の補填。

また同時に必要なのは、仮設から出たときにどこに住むのか?

土地はどうなるのか?

仕事はどうなるのか?

この町に住み続けて子供や孫にもここに住み続けて良いのか?

この基本的な疑問を一日も早く解決すること。

それからの復興構想。

その上での色んな展開。

でも、この根っこの部分に対してあまりどこも取り組んでいないような・・。

根っこの部分は今解決しないと次に進まない。

だからいくらいろいろと町の復興構想を描いても問題が出て必ず元に戻る。

根っこの部分は誰も話をしない。

ん??

違和感満開。

被災者のこと被災地のことどうするのかの観点無しに復興構想を描いてはいけない。

ただ現実はそんな観点無しに復興構想が描かれている。

他国なら暴動起きるでほんま。

何とか根っこの部分取り組めるように、無い知恵絞って体使って頑張るしかない。

単なる被災地復興ではない。

日本の再生に繋がる話やで。

真剣に腹据えてみんなで取り組まなあかんこと。

なんでやろなぁ。

シンプルに被災者と話して、被災地見たらわかる話やのに。

なんでやろなぁ。

あまりにもいろいろと公式に使われている「被災地復興」という言葉が本当の被災地復興にはなっていない。

頑張らな。

2011年11月15日 (火)

石巻にて

石巻にて
色麻町に避難されていた大人物と再会。

昼食をご馳走になった。

石巻の復興において共に手を組んで行くことに。

ウルトラCを起こそうというプロジェクト。

これはやっていきますよ!
その後2時から石巻市復興構想協議会に参加。

大企業手動の復興構想はさすがに先進的ではあるが、被災者の今の生活、被災者の今後の生活の保障、雇用、高台移転、産業などの被災者をどうするかの視点は抜けている。

これを僕らは補わないと。
政治やね政治。

正論よりどことどうやり繰りするか。

こんなプロセス踏むこと自体時間的に非効率。

しかしながら復興は長期的スパン。

やりましょう。

ミーティング終了

あー、ねむねむや。

しかし、どこもかしこも被災地復興本気で取り組まないといかんです。

このままだと平常時対応のままで、いたずらに時間だけが過ぎて行くような。

本気で取り組めば見えて来る。

今何が必要で何をすべきかが。

被災地の復興は生半可なことでは厳しい。

向こう50年、100年を見据えた町作りが必要。

何でどう飯食っていくのか?

日本と世界のバランスは?
世の中の潮流よめるのか?
先ずはビジョン!

今のところどこもかしこもまだ見えない。

もう八ヶ月が過ぎた。

このままで時間が過ぎるのにはとても危機感を感じる。

まだまだ選択肢はある。

ベスト尽くさないと。

2011年11月14日 (月)

大船渡に

荷物を運びしばし肉体労働。

薬局もこれからだ。

あまりにもお腹がすいたのでおいしいと噂で聞いた定食屋を探すが見つからず。
そこで看板があったのでふと立ち寄ると定休日。

くそっ。

またサンドイッチとおにぎりか・・。

震災以降どんなけコンビニのシャキシャキレタスサンド食うてきたか。おにぎりは明太子。

それぞれ80個ずつは間違いなく食べてる。

炭水化物お化けや。

道理でお腹が出て来た。

そんなことおもいながら陸前高田に戻る途中まんぼう亭に出くわす。

入って5分でラストオーダーとまだオーダーしていないのに言われたが、ご飯は美味しかった。

あまり外食出来ていなかったが今日は満足。

普通のご飯がおいしいと感じられるのは有り難い話やで全く。

今から戻ってミーティング。

考えること、やらなあかんことは山盛り。

んー、そろそろ方向転換も考え時かもしれない。

陸前高田市役所訪問

今日は久保田副市長とミーティング。

内閣府から来た改革派で知られる方。

いろいろとお話した結果、産業特区や企業誘致、仮設住宅におけるサービス向上などについて今後話を煮詰めて行くことに。

まだまだ道のりは長いなぁ。

何でも地道にやらな。

陸前高田到着

陸前高田到着
陸前高田到着
陸前高田に到着。

うっすら明るい。

瓦礫越しに見える一本松。
陸前高田の復興の象徴だ。
夜明けにこの景色が見れたのも運のツキ。

真の復興やっていきましょう!

11月24日シンポジウム

11月24日に日銀の金融政策についてのシンポジウムを開催いたします。

デフレ経済と恒久的な円高環境の中、日本全体の経済が窮地に立たされています。

頑張ってるのに給料は上がらない。

被災地のボランティア行きたいけど貧乏暇なし。

被災地では再起をかけて立ち上がろうとする中小企業が、被災地にも関わらず貸し渋りを受けている。

どこに課題あるんでしょうかね?

ずばり金融政策ですよ。

今回のシンポジウムでは今後の金融政策に大きなインパクトを与えるべく、影響力のある超大物政治家に来て頂きます。

参加ご希望の方は担当者山本までご連絡下さい。

yamamoto.japanjin@gmail.com

富山の紹介で連絡していただければ幸いです。

是非ご参加の程よろしくお願い申し上げます。

以下簡単なご案内です。

11月24日に「国家ビジョン研究会」主催で経済・財政・金融問題の超党派シンポジウムが行われます。

テーマは「日本銀行の金融政策」についてで、皆様の生活に大きく関わる内容となっております。

また、スピーチは民主党から鳩山由紀夫元総理大臣、自民党から安倍晋三元総理大臣、みんなの党からは渡辺喜美代表と、錚々たる顔ぶれとなっております。

まず、このような機会は滅多に御座いませんので、
是非ともご参加ください。

参加希望の方は山本まで直接ご連絡をお願い致します。

申込アドレス(山本)
rrrn@jp.bigplanet.com


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「日本再生のカギは日銀法改正にあり〜日銀の金融政策に疑義〜」
2011年11月24日
13時〜17時
衆議院第一議員会館 大会議室
<スピーチ>
鳩山由紀夫(民主党 元内閣総理大臣)
安倍晋三(自民党 元内閣総理大臣)
渡辺喜美(みんなの党 代表) 他


詳細はこちら(国家ビジョン研究会HP)
http://kokka-vision.jp/symposium/20111124.html

署名運動の拡散

この電子署名でどれだけの効果があるのかは分りませんが、福島のお母さんたちが動いています。みんなで後押しお願いします。

これで少しでも内閣が動いてくれるのならば・・・。

http://www.avaaz.org/jp/save_the_fukushima_children_1/?copy

ガレキーホルダー

陸前高田のメンバーの一人が立ち上げたプロジェクト。

被災者雇用を目的としてやってきて着実な成果をあげています。

内容は、陸前高田の瓦礫を使い陸前高田の方々、特に職を失った主婦の方と障がい者の方々が集まる福祉作業所の方を中心に丁寧に一つ一つ手作りで世界で一つだけのキーホルダーを製作しています。

そして売上が直接収入に繋がる企画です。

その名も瓦Re:KEYHOLDER。
皆様のご協力で先月は1個500円の販売価格で3000個以上販売出来ました!

<http://11shokunin.com/blog_g/wp-content/uploads/2011/11/sIMG_0923.jpg>

<http://11shokunin.com/blog_g/wp-content/uploads/2011/11/sIMG_4080.jpg>

11月中旬より全国展開させて行きます。

まずはびっくりドンキーの85店舗がスタートしております。

本当にたくさんの被災者の方々に収入を得て頂きたいので、もし周りで扱えそうなお店をご存知の方いらっしゃいましたらぜひ伝えてみて下さい。

その他メディア関係で取扱って頂く機会も欲しいのでそちらも同時に募集したいです!

もちろん個人的買い取りも嬉しいです!

被災者雇用を国の仕組みや行政の仕組みで加速させることは出来ますが、基本はアントレプレナーが何とかしていく他ありません。

みんなで頑張れたらと思います!

首都高北上

ライブ後、家に戻り息子の中間試験の勉強の仕方を教え、気づいたら寝てしまっていた。

起きたら10時。

やばっ。

急いで書類を整理し、荷物をまとめて、物資を車に積み今出発!

荷物積むのもプロ級になったもんだ。

山道走っても荷物はくずれない。

しかし着くの朝やな(*_*)

2011年11月13日 (日)

陸前高田英語教室

陸前高田のとうごう薬局にて英語教室をやっています。

東京から世界的コンサルティング会社社長の古森さんが来てやって下さっています。

被災地の子供達が世界に通用するための術を、英語というツールを通じて教えてくれます。

是非大人でも社会人でも学生さんでもご参加下さい。

「Komo's 英語音読会」@とうごう薬局

住所-岩手県陸前高田市竹駒町細根沢2-4

12月3日(土)
■ 08:00〜12:00 教科書等音読コース
■ 13:00〜14:30 NIKKEI WEEKLY音読コース
■ 15:00〜17:00 教室開放(音読の自習にお使い下さい)
■ 17:00〜18:30 イントロダクション(新規の方のみ)

12月4日(日)
■ 09:00〜11:00 教科書等音読コース*

問い合わせはとうごう薬局まで。

0192532230

ライブ中

ライブ中
とりあえずネタ終了。

楽屋は比較的おとなしい。
みんなネタ終わりで疲れとんねんやろなぁ。

しかしキャラ濃い人間ばかり。

自分のキャラ磨かないと、と何か反省。

本日のお笑いライブ

本日11月13日のお笑いライブに出演いたします。
渋谷ばちーんんんHOPライブ

場所-渋谷ヨシモト無限大ホール

時間-11時45分開場、12時開演、14時終演

チケット-前売り1000円、当日1200円

見に来れる方置きチケ(1000円)出来ます。

富山までご連絡下さい!

今日は新ネタでがんばります!

2011年11月12日 (土)

ゆりかもめ新橋駅

ゆりかもめ新橋駅
ゆりかもめ新橋駅にあるコンビニにペプシピンクが売っていたので思わず買ってしまった。

めちゃうまい(*^-゜)v

さんまさん忘年会のオーディション

お台場でオーディション。
今回はバカウケしました。
受かるといいなぁ。

ライブ終了

うーん。感触イマイチ。

明日も同じ時間同じ場所でのライブ。

次の新ネタで勝負かけよう。

今からお台場へ。

さんまさんの番組オーディション。

とにかくメディアには出ておきたいところ。

なかなかなかなかやなぁ。

震災から8ヶ月が過ぎて

震災から8ヶ月が過ぎた。

東京でももう報道がなくなり、多分年末と1年経った3月で報道はもうしなくなるだろう。

昨日、出版関係の方々に話を聞いたが、震災関係の出版物はもう出さないようにと通達が来ているそうだ。

出版物とは本であり、10年後も記録として読めるものなのに、出版物自体が週刊誌になっとること自体、正しいことをやることよりも金金の世の中になっていることがモラル基準を大きく下げていることになっている。

被災地の現状をできるだけ伝えたいという思いがあるが基本メディアではNG。 メディアではなく恐らく視聴者が求めていないのだ。
もしくは報道規制かもしれない。 ただでさえ、原発で世界の世論が注目しているのに、宮城県や岩手県まで経済困窮事態や進まない町の復興や、仮設住宅の不憫さなどを伝えると、ひびの入った政権がそれこそ崩壊するのに拍車がかかる。

東京では「ボランティアには行きたいが、役に立つのか?」。 

あるいは「もう復旧して大丈夫でしょう?」と、時が経っているのでもう大丈夫に違いないと思いたい願望が支配的。 何故なら今目の前にあることでみんな精一杯だからだ。

現状を報告しよう。

先月から変わったことと言えば、朝晩の寒さが厳しくなった。 あと、ボランティアの数が激減している。

仮設住宅の被災者も、もう支援物資を要請することはあまりにも申し訳ない。 
でも、現状は厳しくなるばかり。

変わっていないことは、がれきの持って行く場所がないので、被災した建物を倒壊してがれき処理を行うことが出来ない。 山積みのがれき集積所は山積みになったまま。

福島県では除染作業ができない。 なぜなら除染作業をやると廃棄物が出るからだ。

廃棄物の集積所が決まっていない。 だからやらない。

町の復興は?

復興とは、生きた産業が復活し、住んでいる住民が仕があり、所得を得て、市
場が生まれ、税金を払え、そして町の活力が生まれること。

町の復興は今のところどこの被災地にもない。 申し訳ないが、まだまだその光さえも見えない。

漁業の復興は港湾整備や地盤沈下などの問題で時間がかかるのもそうだが、高台移転を前提に考える被災地では、どこに住んで、どのように港で仕事をするのか、町構想そのものが漁業の復興と密接に関わる。 そのビジョンが描けていない。

船さえあれば、何とか漁はできる。

たくさんの船の寄贈があるが、実は土地土地によって漁が異なるため、他県の船をせっかくもらっても「使えない」船がほとんど。

組合の上層部は何とか自分たち優先で船を手配できたりするが、末端の漁師達は何の情報もなく、途方にくれている。

漁業をあきらめた人達も多い。

農業の復興も兆しが見えない。 農業従事者はただでさえ、狭い土地でコストがかかり、年収レベルでも150万円ぐらいの農家が多い。

後継ぎもいない。

「いっそのことやめよう」と腹をくくるばかり。

先行きが見えず、就職をあきらめ、生活保護者がバンバン増え、それに慣れてくると、働かなくても最低限のお金がもらえるため、働くのを探すのをやめる。パチンコばかり。でも精神的に病む。家庭内DV激増中。

だいたいにして就労層が仕事を探したくてもインターネットのインフラが壊滅的で、ネットに繋がらない仮設住宅ばかり。 電話回線でできるが、ケーブル接続はできない。

ここに総務省は予算を出さない。

町の復興構想は国交省関連のコンサルティング会社が描いてきたもの。

地面に線を引き、産業誘致の場所、農地、漁港、堤防、防潮堤、高速道路などなどの建設図面が描かれている。

これは建設の図面であるが、これが「復興構想」と称した形となり、住民に説明会を開いている。

ところが、被災地の状況を理解した図面ではない。 もちろん、住民との意見調整を行った図面でもない。 一番問題なのは、「復興構想」ではない。 

何故なら、どの産業で、どのように飯を食っていくのか、町をどうしたいのかが見えないからだ。

簡単に言うとビジョンがない。

ビジョン無き復興。

誰がビジョンを描くべきなのか?

それは住民、地方自治体、国などが一緒になって知恵を絞ってやるべきだが、全く連携は取れていない。

誰も、どこも復興ビジョンはないのだ。

また、この地面に線だけの「復興構想」の一人歩きにより、肝心の本来の復興構想が遅くなっている。 地面に線だけの「復興構想」は建設関連業界の話であり、被災地に経済効果をもたらさないだけでなく、この「建設構想」を「復興構想」と言っているもんやから、それで振り回されて、肝心肝要の「被災者の今の生活」がないがしろにされている。

どうあるべきか?

あくまでも理想論かもしれないが、最低限こうあるべきかと思う内容を記してみる。

1. 復興ビジョンに生業を入れましょう。 被災地の市町村は何で生き抜いていくのか? 

2. 被災地の人口流出が著しいことから、「元に戻す」というのは、町が元通りにならないということを意味するため、「元に戻す」のではなく、「新しい町を創り上げる」という考え方に180度転換するべきである。

3. 人口を増やすためには、魅力ある町にしなければならない。 もちろん景観もそうだが、そこには日本経済を牽引する産業が来なければならないし、起こしていかなければならない。 また、地元に合った産業選びでなければならない。

4. 可能性のある産業としては:

1)農業:但し、大規模農業であり、単なる稲刈りや野菜作りだけでなく、食品製造加工から、流通販売、レストラン経営まで捉えた6次産業化ができる特区として扱う。 また、植物工場などの導入を先駆的に行う。 また、農業を高齢者の健康保持のための産業として見ても良い。 年金をもらいながら、プラスアルファで所得が得られるような仕組みでも良い。 また、仮設住宅に隣接させ、一時的にも「交流の場」として使い、仮設住宅の方々の「食」には困らない形をいち早く創り上げる。

2)漁業:これもまた6次産業化が必要である。 売り先マーケットの開拓を早急に組み立て、魚が東京や名古屋、大阪の市場などと直結する仕組みを作る。 
喫緊の課題として、全国に使用していない船と、被災地の実用に合う船のマッチング制度を設けなければならない。 国がやるべき事かもしれない。

3)林業:日本の森林は放っておくと枯れていく。 ちゃんとメンテナンスするためにも林業の再生は必要。 また、森林資源を加工し、家造りの産業と連携させ、またデザイン産業や技術産業との合体を行い、誰でも安く家を建てられるような金融商品を用意し、日本全国だけでなくアジア市場を狙った一大木工産業を形成するべき。

4)医療:日本では遅れを取っている健康産業を積極的に取り入れ、高齢化社会を健康にするためにはどうすれば良いかの問いにひたすら純粋に答えを見いだし、産業を育成していく。 そのためには特区が必要。 健康保険制度を病気になってからではなく、健康を維持するために使えたら産業は大きくなる。 医療・看護・介護産業は、少子高齢化に拍車がかかっているお隣の中国の巨大市場を当初から念頭に置き、今のうちにサービス力を高めておくための措置が必要。 必ず生きていける町になるはず。

5)航空機産業: 地盤沈下した港に水上飛行機が離発着できる空港として建設をする。 水揚げした魚を産地直送で大都市圏に直送できる形を取れる。 そうすれば、航空機産業も活発化する。 アジア市場をターゲットとした航空機輸出に拍車がかかる。

6)観光産業: 世界から観光客を呼び寄せる。 そのためには英語や中国語を話せる日本人の育成が必要。 外国語の教育水準を徹底的に上げる。 また、新しい町は「津波や自然災害に強い町」と当たり前のフレーズだが、真剣に考え、「世界遺産登録」を目指すべきである。 そうでないと人は来ない。 町のカラー、建物の整備と建築基準など、バラバラじゃだめ。 見て一目で「美しい」町並みでなければならない。 景観を損ねる建設物(コンセプトも全くない防潮堤や堤防や意味のないコンクリート道路など)は見直しをかけ、景観と住みやすさをバランス良くとった町作りが必要。

とまぁいろいろこれだけじゃないがいっぱいあるけど、基本、町の「成長戦略」無しに復興はあり得ない。 今この「成長戦略」がない。 まぁ、国にもないんやけど・・・。 会社なら、「うちの会社何の事業やるか?」がないまま進んどる。 あるのは会社の建物の設計図だけ。 そんな会社いらんで。

まだまだ重要なのが今の生活をどうするかということへの対応。

以下の対応が必要とされる。

1)町の成長戦略を取り入れた「復興構想」を一日も早く示すべき。 どの方向で町が復興するのかが見えないと何したらいいかわからない。

2)経済活動が戻ってくるまでの間、ボランティア団体の連携を促し、情報のプラットフォームを作り、必要物資、困っているニーズなどをまとめ上げ、ボランティアと行政の連携室で対応していく必要性がある。 そのためには「町の仮設住宅及び在宅避難者の方々に対する一律のサービス」をどうするかまとめ上げ、決める必要性があり、決めた事項に取り組んでいかなければならない。

3)高齢者・要支援者・要介護者などの生活弱者に対してのサービスは徹底させる。 あらゆる対策を優先的に取る。

4)これからの子ども達への教育環境をいち早く整備する。 仮設プレハブでも良いので寺子屋制やボランティアを活用し、遊び学びの繰り返しをする。 特に子ども達の悩み相談は早急に対応するべき。 ここは第三者の介入が好ましい。

5)被災者雇用促進のための事業案を出し、完全雇用までを計画的に考え、期日を決め、雇用をいつまでにどのようにして回復していくのか、真剣にあの手この手使って実行する。 ここには専任の部署が必要になる。 

6)障壁解消部署の設置。 どこでも住民同士の対立があり、経済発展を大きな視野で見られない閉鎖的かつ排他的な産業団体がある。 ここに対して、復興の妨げとなるものに関しては、徹底的に話し合いを進める部署を設立する必要がある。

前向きな時に横やりがたくさん入るのは問題。 これを問題処理していく部署。

7)これら全てを今の被災地の人員体制で実行するのは厳しいので、人員補給もしくは徹底した外注を行うべき。 人員補給も外注も全て対応する人材は「被災地復興に躍起になる人材」でなければならない。 あくまで理想だが。

8)被災地、県、国との調整を随時行う部署の設置が必要。 情報連携は復興の大きな鍵になる。

9)入ってくる企業、あるいは復興構想を描くコンサルティング会社には、被災地をつぶさに見てもらい、先ずは最低一人500人の被災者と会話するべき。 
温度差を先ず調整してからでないと描くビジョンにずれしか生じない。

これらを全て同時にやってはじめて「復興」というミラクルは起こるはず。

強烈なリーダーシップも必要となる。

また、たくさんの人手が必要となる。 当然、ボランティアはただ単にボランティアだけではなく、町おこしに関わっていく視点でのNGO的な発想あるいはアントレプレナーの要素が必要になる。

被災地でも「外から来た人」とか阻害的になっていはいけない。 

「融合」は必要であり、新しい創造には不可欠である。

日本全国の人達が東北にチャンスありと思ってくれたら良い。 日本再生の大きな機会でもある。

逆にこれ出来なかったら・・・・。 財政はとんでもないことになり、つけは全て僕らの子供達の世代にまわる。イコール僕らが高齢化した時には誰も支えてくれないという時代の到来。
自業自得にならないように、みんなでがんばっぺしです。
狭い視野、狭い考え方、自分さえ良ければの私利私欲は復興の妨げにしかならない。

利権捨てて、全体を考え、長期的スパンで意見出し合わなあかん。

日本全体で一丸となって復興に取り組むべし。

八ヶ月。もうみんなで取り組んでいいっしょ。

お笑いライブ告知

本日11月12日12時〜吉本渋谷無限大ホールにてお笑いライブがあり出演いたします。

置きチケ出来ますのでもし来れる方がいたら是非ご連絡下さい!

渋谷ばちーんんんHOP

場所-渋谷無限大ホール

開場-11時45分
開演-12時

チケット代-前売り1000円
当日-1200円

置きチケは1000円です。

gammon@kitanet.ne.jp

よろしくお願いします!

2011年11月11日 (金)

東京丸の内にて

被災地復興のミーティング。

先ずは被災者の住宅をほぼ金銭的負担無しに建てられるようなプロジェクトをやっていこうと話し合い。

実現可能。

また、林業で被災地を牽引していくための構想協議。
あとは団体の組織の在り方と、広報機能の強化など、多岐に渡って話し合った。
確かにうちの団体何やってるかこのblogでしかわからんというのは大問題。

ちゃんとせな。

ネタ合わせ終了

さ、さすがに眠い・・。

世の中で眠さに勝るものってあるかな。

眠いの我慢するのと比べて上回る我慢。

ないんちゃうかなぁ。

あ、排泄の欲求が勝るかな。

2011年11月10日 (木)

東京竹橋にて

被災地復興の会議。

こんなに被災地復興を真剣に考えるお偉いさん達がいるもんだ。

でも構想云々よりも調整と実行の方が大変。

いろいろやらなあきまへん。

しかしおねむ満開。

手足が熱くなっとる。

何才になっても体の原理は赤ちゃんと一緒やねんなぁ。

福島大渋滞

福島大渋滞
朝もそやったけど福島は大渋滞。

道路工事でえらいこっちゃ(*_*)

やっぱり夜行き来した方がいい。

石巻市役所訪問

石巻市役所訪問。

町の復興構想多岐に渡って話し合い。

2時間話した。

宿題だらけや。

今から即東京に。

とんでもない往復往復往。
間に合うかなぁ。

東北自動車道北上中

いざ石巻へ。

しかし僕は東北自動車道に住んでると言っても過言ではない。

多分3月以来一番長い時間を東北自動車道で過ごしているような。

参ったなしかし。

東京に急遽戻る

急遽東京に戻る。

今日、女川町、石巻と一緒にまわったメンバーと一緒に東京に急遽戻った。

違う車をピックアップしに狛江に立ち寄った。 今、家に戻る。

資料の作成及びプリントアウト。 結構時間かかる。

とんぼ返りで石巻に戻ろうと思っていたが、あまりにも眠いのでここで小休止。

3時間後出発しよう。

今日は、二重ローン相談窓口開設のための重要なミーティングが東京であったが、東京着が遅かったため、僕が参加できなかった。

急遽他のメンバーに行ってもらうことに。

申し訳ない限りで。

明日の石巻も急遽決まったことなので、本当は石巻で滞在する予定だったが、東京に戻った方が色々と都合良いので、一旦戻ることにした。

家に戻るともう既に眠い。

まだ若干作業は残る・・・。

2011年11月 9日 (水)

石巻にて

漁師と話し合い。

前にも書いたことがあるが、船さえあれば何とかなると。

漁業の復興の肝だと。

しかしながら、使える船は集まって来ない。

未だ漁業復興なんて見えない。

船を発注するのに時間がかかるし、先行投資は莫大。
やる気を無くす人達が増えていると。

早く手を打たないと、被災地全域は漁業の復興が経済復興の鍵なので、取り返しのつかないことになる。

まぁやらんといかんすね。

女川町役場訪問

女川町役場訪問
女川町役場訪問。

町長と復興のことで話し合い。

その後、担当課と話し合い。

3時間も話した。

いろいろと進展しくことに。

これからです!

昨夜

昨夜
旅館に戻りお風呂に入ろうと思い、着替えて少し休んだら、気づいたら朝6時。
ひょえ〜!

急いで朝から風呂に入り支度して出発。

今日はたくさん寝れたのでだいぶ頭すっきり。

陸前高田の町を眺める。

今は何もないが、前より良くなる新しい町がこれから始まる。

これからこれから。

2011年11月 8日 (火)

大船渡にて

薬局に行きお手伝い。

まぁ役に立たないので、子供達と遊ぶというかあやすぐらい。

かえって邪魔になる部分も。

閉店後、従業員の引っ越し手伝い。

肉体労働に従事。

しかしバタバタバタバタ。
今から帰ってミーティングせな。

後輩と先輩

後輩と先輩
今日は後輩が薬局に来てくれた。

気仙沼、陸前高田、大船渡、大槌町と物資を持って行ってもらい、いろいろと手伝ってもらった。

かなりこき使ったので申し訳なかったが、めっちゃ笑顔で頑張ってくれて有り難かった。

大船渡の店舗に移動。

新聞記事を見つけた。

先日先輩がやった英語塾。
記事になっとる。

有り難いなぁ。

陸前高田市庁舎訪問

陸前高田市庁舎訪問
陸前高田市庁舎訪問。

市長と副市長と面会。

復興構想と実行の部分を協議。

その後、陸前高田市震災復興計画検討委員会に参加。
だいぶ見えてきた。

あとは推進のみ。

暖房器具ご支援ありがとうございます!

日々暖房器具のご支援が全国から集まって来ています。

皆様本当にありがとうございます!

緊急に暖房器具が必要な箇所は大筋めどがつきました!

皆様のおかげさまです!

文字通り温かいご支援心から感謝申し上げます。

暖房器具の呼びかけは一旦終了いたします。

本当にありがとうございました!

既に様々なご報告はしていますが、以下ご報告です。
加藤様、サンナビコーポレーション様、松田様、牧様、有賀様、沼本様、岩見様、茨城県の匿名希望様、ホットカーペットのご提供ありがとうございました。
南三陸町などの仮設住宅にお住まいの方にお届けさせていただきます。

大竹様、岡島様、匿名希望様、長谷部様、吉田様、久世様、西田様、茨城県の匿名希望様、いぐべJAPAN様、石油ストーブ、ファンヒーター等のご提供ありがとうございました。
陸前高田市、大槌町、気仙沼、石巻市の自宅避難の方や営業再開を目指す民宿、お店などへ提供させていただきました。

皆様本当にありがとうございます!

2011年11月 7日 (月)

今朝は

おかんに起こされ早く出て行って欲しそうなそぶり。

聞いたら絵画教室に行くとやらで、8時半には家出て鍵を閉めたいらしい。

親父に線香をあげ、おかんと一緒に家を出た。

家の前でおかんと別れ、東京に向かった。

新幹線はいい。ずっと仕事が出来る。

名古屋を過ぎたあたりから一冊の本を読んだ。

3月から頭が被災地しかないのだが、やはり読む本も被災地がらみ。

東京駅到着時には読み終えた。結構速読能力高いのかも。

家に戻ると風邪をひいてる三男がいた。幼稚園児の癖におしゃべりだ。

ずっと喋ってやがる。

ずっとしゃべっているので屁をこいてやった。

「とと、臭い!おならの臭いがする。僕鼻がいいんだから!」と、しゃべりながら隙を見て、こいた屁にまでいちいちツッコミを入れてくる。

この生意気な奴め。

ひとときの休息も束の間、一橋へ。

都市計画の先生と、様々な先生方と意見交換。

素晴らしい方々に出会えた。 皆、私利私欲ではなく、本気で被災地復興に力を注いでくれる。 とっても有り難い。

都市構想は現在の地図書きや地面をどうするだけにとどまっている。 これは国交省主導だから仕方がない。

しかし、復興構想とは、そこに住む人達がどのように生きるのか、生活安全面からの観点と、何をもって生業とするのかの産業構想が必要だ。 

それがあっての地面の線引き。 これはどこの被災地もやっていない。

農業の製造業化、漁業の再建、林業の6次産業化、医療特区構想、がれき処理のエネルギー化、エネルギー資源開拓のことまで多岐に渡って産業の話をし、それを町の復興構想に取り入れる手法で進んでいくことで合意。

魅力ある町へ。 実現するには様々な障壁があるが、必ずたくさんの方々の力で実行し、達成できるように事を運ばなければ。

今のままでは被災地の復興構想は復興構想ではない。 何で飯を食っていくのかが見えない。

これを解決し、町の特色を生かし、世界に知名度あがる町をたくさん作ればいい。

簡単に言うが容易ではない。 んなことわかっとる。 

でも誰かがやらなあかんのです。 誰かが取りまとめなあかんのです。

やることは盛りだくさん。

会議終了後、家に戻り、バカ息子三人と20分ぐらいたわむれた。

荷物をまとめて、車に積み、今から出発。

いざ、東北へ。

2011年11月 6日 (日)

古巣大阪谷町九丁目

多少変わった風景もあるが、立地のせいかあまり混んでない近鉄デパートを見ると心が和む。

相も変わらず、私立高校の男子は寝癖だらけだ。

歩いている女子はカジュアル。

お、新歌舞伎座キラキラしてるやん!

横のハイハイタウンは昭和の雰囲気。なんやハイハイタウンて。意味が未だにわからない。

庶民の町大阪がちょっと背伸びした感のある町。

おばはん全員がに股で歩いてる。

変わらないところは変わらない。

ホッとするなぁ。

あ、たった今おかんから電話。

さっき行く言うたばっかりやのに「今どこにおんのん?」

多分あと5分たって到着してなかったらまたかけて来よるで。

せっかち丸出しや。

今は愛郷の念はまだあるけど、おかんに会うたら5分で腹立つんやろなぁ。

明日親父の墓参りしとかな。

講演終了

今講演終了。

未来ある学生さんに復興の一躍を担って頂こうと一生懸命話したつもりやけど、どうやったかなぁ。

被災地の復興はいずれにしても若い活力の注入が必要。

全く新しい発想で作り上げていかないといけない部分もある。

今日本を新しく再生出来る場所。

それが東北。

元通りに戻すことを希望する方々もいるが、人口流出もあり、元通りに戻すベクトルでは元にも戻らない。
今ある問題を解決していけば、必ず良くなる。

世界の潮流を見て、被災地を復興すれば日本再生の起爆剤になる。

実現していくのに若い力が必要。

特に関西人の行動力は借りたい。推進する力はある。
関西のトップの学生達が五年後、十年後、国を牽引していってくれたら。

枠を飛び越えるのが好きな民族関西人。

ある意味常識外れだが、今常識外れしか求められていない時代や。

言っておくが、道端でうんもしながら歩くとかの常識外れという意味ではない。

緊急告知!

本日14時〜大阪大学にて講演いたします。

多分豊中あたりだと思います。

大阪大学
共通教育C101
「復興カフェ」にて

参加費無料

阪大が学祭やっているようなので、是非足運んでみてください!

よろ〜。

魔の蓮田サービスエリア

必ずここで眠くなる。

こないだここで爆睡してもた。

東京まであとちょっとやけど遠い。

陸前高田必要物資

陸前高田の広田地区仮設住宅で、設計の問題か、街灯のあかりが行き届かない棟が複数あり、日が暮れると真っ暗になってしまいます。

見回りはされているのですが、不審者が多発していて、防犯のためにも簡易的なもので良いので庭につけるようなランタンみたいなものがあれば助かります!

LEDでもいいのかな。

何しかあかりが必要なのでお力添え頂ける方是非富山までご連絡下さい!

gammon@kitanet.ne.jp

皆様のお力添え本当感謝申し上げます!

いつもありがとうございます!

2011年11月 5日 (土)

やばい

旅館帰って荷物まとめるつもりが寝てしまった。

明日朝一で大阪行かなあかんのにまだ陸前高田て。

雨も降っとるし、安全運転で行こう。

しかし道に蛙跳ねすぎや。
よけんの大変やねん!

英語塾午後の部

英語塾午後の部終了。

薬局スタッフも受講した。
医療は国際的にならんといかんし。

終わった直後、ストーブ35台到着。運んで来て頂いた郡司さんにいろいろと町の状況を説明。今頃街中をまわっているところかな。

その後薬局の上の野菜畑に。

仮設住宅の方々の仕事用と自分の自給自足用にと大家さんが土地を無料で貸している。

仮設住宅に農園があるだけでみなさん生き生きしている。

笑いが絶えないコミュニティー。

これは成功事例だ。

義務付け必要と強烈に言いたい。

あとは明るいリーダー。

明るい人がリーダーであればコミュニティーは円滑に再生される。

結局笑いの力は重要やね!

塾終了後

陸前高田の今の町の復興構想で住民が反対している話を聞いた。

まぁ仕方ない。まだ市として確固たる構想が練り上がっていないのだ。

何とか早くしないとです。
ストーブを広田地区の仮設用に仕分けしてトラックに積み、その後仮設でお昼をご馳走になった。

いやぁ毎日有り難い。

英語塾スタート

英語塾スタート
陸前高田の中高生向け英語塾スタート!

大学院の先輩である古森さんが講師で。

英語塾だけど勉強のやり方人生の歩み方の話だ。

僕が役に立った。

朝から

目覚めの朝風呂。

陸前高田で生まれ育ったおじいちゃんと一緒。

旅館に毎朝来ているそうだ。

何故か何を話しているのか自然にわかるようになっている。

今までは方言がわからなく、半分以上「そうですよね〜」と笑顔で適当な返事するのが精一杯だったが、今では相当理解できる。

耳慣れが先だな。

次は話せるようになりたいもんだ。

大船渡にて

薬局の用事を済ませ陸前高田の薬局に戻り、陸前高田の町の復興構想の話し合い。

市民の声もたくさん聞いた。

生きた町作り。

そこに住む人達に勝手が良く、仕事がしやすい環境でないと。

薬局に理学療法士の方々が来ていたので、少しお話をし、仮設住宅にご飯をお呼ばれしたので一緒に行くことに。

いつもご飯を作ってくれていてとても有り難い。

今日はご馳走だった。

有り難い限り。

英語塾をやって頂く古森さんが合流しバトンタッチ。
入れ代わりで仮設を出て、旅館に戻りミーティング。
ミーティングが今終了。

やらなあかんことはテンコ盛り。

2011年11月 4日 (金)

陸前高田とうごう薬局にて

陸前高田とうごう薬局にて
市庁舎訪問後、薬局へ。

既にいつも多大なお力添えをしていただいているヨシダさんが薬局にいた。

ちょうどストーブ14台が佐川急便で到着したので、物質を仕分けしてヨシダさんはすぐに気仙沼、南三陸町へと向かった。

スーパーヒーローだ。

その後すぐに首都大学東京の理学療法士と看護師の卵の学生さん達が到着。

古森さんを紹介し、様々なボランティア活動をするために二部隊に分かれて活動開始して頂いた。

僕は今から大船渡の薬局へ。

今日も慌ただしく一日が始まっている。

朝から

朝から
白鳥みたいなんおるで。

川で釣りしとる。

白鷺かな?鶴か?

んな事考えながら、仮市庁舎到着。

陸前高田で中高生向けに英語塾をやっていく古森さんと合流。

久保田副市長と面会。

副市長のバックアップを得て英語塾をやっていくことに。

陸前高田の子供達に無限の可能性と夢を与える環境をこれから作っていけたら。

陸前高田到着!

今日は沿岸通ってきたから鹿はいなかった。

冬は積雪量の少ない沿岸通るこのルートが良いかも。

警視庁に物申す!

南三陸町通過中、警視庁の警察官に止められた。

時間ない中、無意味に東京のナンバープレートやからって止められるのもちょっと嫌やけど、それはしゃあない。

お仕事やし。

いろいろと話聞いてたら機動隊の人達。

浪江町とかに派遣されてたとか。

「マスクはちゃんとしてたんですか?」と聞くと、

「いえ、してないです」と。
おいおい!

聞くと警察官の兄ちゃん20代やん!

まだまだ新陳代謝しとるで!

20代の若者が被災地の復旧復興のために来とるんよ。

ちゃんと放射能の知識持たせて、安全対策とれや!

マスク無しで若者が浪江町に入るってことは飛んで火に入る夏の虫。

歌舞伎町で若い女子が全裸で歩くのと同じ。

・・・。例えが悪いか。

いずれにせよ、とんでもないことや。

国のために働いとる若者にしっかり教育せんかい!

健康害してからどう責任とるねん!

マスクは絶対!内部被ばくだけは避けさせたって!

安全守る部署が自ら危険な目にあってどないすんねん!

警視庁長官!責任とれるか!?

人の命に対してずさんな管理はいかん。

頼むわ。

被災者の心のケア注意事項!

知り合いからのお知らせ。
特に被災地では、肩凝りさえもうつ病の兆候として精神科に行けとか馬鹿げたキャンペーンやってるけど、ほな僕も行かないといかんね。

ある意味病気かもしれんけど、心の病はコミュニケーションでカバーが基本。

精神科は心の病を頭の脳みその病気にすり替えて大量投薬して、患者さんは薬浸けから抜け出せなくなっているのを僕はたくさん見てきた。

安易な投薬はあかんで!大量投薬なんてもっての他!
気をつけて下さい。

明日テレビ見て下さいな!
以下、頑張ってる友達からのメールです。

去る10月26日、当会は衆議院第二議員会館で勉強会を開催しました。

メンタルヘルス対策の重要性が叫ばれる中、精神科への早期受診が唯一の解決策であるかのように受診促進事業が進められています。ところが、それが逆に国民のメンタルヘルスを悪化させているという実態はほとんど知られていません。勉強会では、最新の情報を基に、この問題を提起しました。

当会の長年に渡る働きかけや、理解を示していただいた皆様のご協力の結果、ようやくこの問題が世間に知られるようになってまいりました。

多くの動きがありましたが、その一つとして、明日11月4日、フジテレビの朝の情報番組「とくダネ!」において、精神医療問題に切り込む画期的な特集が放送されることになりました。是非番組をご覧になり、気軽な精神科受診がもたらす思わぬ落とし穴についてご理解いただければと思います。放送時間は午前9時過ぎ頃になります。

また、当会は10月29日に新作ドキュメンタリーを発表しました。精神医療の診断基準そのものが抱える致命的な問題について焦点を当てた力作です。労働安全衛生法の改正として、労働者へのメンタルヘルス検査を義務付けるという法案が浮上する中、そのようなスクリーニング検査の問題を明らかにする非常にタイムリーなドキュメンタリーです。

リリースしたばかりですが、メンタルヘルス検査の義務化がもたらし得る深刻な被害を防ぐため、特別に全編を無料オンラインで見ることができるようにしました。是非こちらもご覧下さい。
http://jp.cchr.org/videos/diagnostic-statistical-manual.html

これから、メンタルヘルス義務化に向けて国会への法案提出や審議が行われていくことになりますが、厚生労働省や国会議員に対し、なぜこれが問題であるのか理解をもたらせる必要があります。多くの方面から声が集まれば、法案の修正に向けて動かすことも可能となります。皆様方からも声を上げていただければ幸いです。

今後ともよろしくお願いします。

那須高原サービスエリア

那須高原サービスエリア
トイレ休憩とガソリンで那須高原サービスエリアに立ち寄る。

何やら改装工事。

除染も含まれているのかも?

なんて思うが、本当政府の放射性物質や線量の発表数値、特に基準値が信じられないので、いろいろと考え不安に陥るのは僕だけではないはず。

野菜の日本の放射性物質含有基準値は500ベクレル。
チェルノブイリで事故を起こしあらゆるデータを蓄積し経験値に基づいてるウクライナは20ベクレルを基準値としている。

日本は基準値以下なら不検出としているアホな機関もあるぐらい。

人の健康を考えた数値設定ではなく、福島県の農業が困るし、そうなったら票が集まらなくなるから困るという政治家がおるんやね。
あとは福島原発で歴史的犯罪を犯している東電と経済産業省をはじめとする各省庁の天下り先になっている原子力保安委員会など、利権の巣が世の中に未だ「大丈夫だろう神話」を作っている。

水も日本の基準はやばいぐらいアホアホ基準値。

一度「安全です!」と言ってしまった県や市長村は引っ込みがつかず、体裁が悪いので水の支援はお断りするという事なかれ主義の蔓延。

世界の笑い者だ。

被災者の生活向上、被災地の復興は遅れに遅れている。

今政権を初めて取った政党が次期選挙では逆風だと睨み、今のうちに利権構造を作って票を集められる組織を作らないといけない。

その利権構造作りが今回の被災地復興にかこつけて出来るもんやから、利権構造の構想出来上がるまで、復興は進まないわけだ。

しかも今まで政権とってないからどうやって利権構造作ったらえーかもわからず、ぐだぐたしとったわけで。

利権構造作らないと、今まで政権担って来た政党が復興で恩恵もらってしまう構図なんやね。


だから復興はわざと遅らされているとも取れる。

権力持ってる政治家や世の中の自称お偉いさん達にとって、被災者救済や被災地復興はあくまでも建前で、本音は「絶好の利権作りの機会」なわけです。

保身、御身大事、私利私欲、自分自分。

これで大半の世の中動いとるから困るわけで。

しかしながら日本は違うわけで。

先人達が作りあげた共生と利他の国日本は違うわけで。

私欲を捨て、広く社会に貢献することが人の道と教えて来た日本。

最近そんな奴おらんけど、文化遺伝子はきっちり受け継がれるわけで。

日本が明治時代ちょんまげ結ってたオッサンがスーツ着て世界のトップクラスにいきなり踊り出た。

第二次世界大戦後も奇跡を起こし続けて来た。

根本にある日本人の考え方と文化に根付くところが大きい。

被災者中心、被災地復興のみの焦点で、一点の曇りなく支援活動、復興活動やる人間のみが被災地の復興を成し遂げる。

それを証明したりましょう!

この指止まれ!止まったれぃ!

2011年11月 3日 (木)

【物資】大槌町ニーズ

大槌町からのニーズ情報。
もしお力添え頂ける方、富山までご連絡下さい。

gammon@kitanet.ne.jp

食器は新品か洗って綺麗なものをお願いいたします。
着るものも基本綺麗なものでお願いいたします。

以下報告内容転載いたします。

皆様のご支援本当に感謝申し上げます。


お疲れ様です。大槌町での新たなニーズがあがったのでご連絡させていただきます。

徐々に、半壊した家を直して自宅にもどり始めてる方々がいるそうですが、一階が流されてるため食器がないそうで食器があると有り難いそうです。

また、震災後の極寒の環境下で寒さのトラウマがあるらしく、とにかく暖をとれる着物があると安心するとのことで以下のニーズがあがりました。

ご協力いただけると有り難いです。


・ベンチコート
(または代わりになるもの、状態よければ中古でも有り難い)
子供用 150×5
子供用 160×5
男女兼用M×5
男女兼用L×10
男女兼用LL×10

・カレー皿×100
・カレー用スプーン×100
・エナメルバックLサイズ×3

以上です。よろしくお願い申し上げます!

たんのう

参宮橋のオリンピックセンターにて青雲塾終了。

今日は「たんのう」の話を聞いた。

嫌なことがあって怒りかえすのではなく、ただ単に我慢して病気になるのでもなく。

目の前に起きた事象は全て身から出た錆。

真摯に受け止め、反省し、向上していけば良いと。

特に嫌がらせされたり足を引っ張られたときに、自分が過去に同じことを他人にしたと思って、自分をあらためたら良いと。

レベル高い話やで。

仏の境地ですよ。

僕なんか、やられたらすぐにやり返す子供みたいな人間やし。

こないだなんか息子が僕のアイス食べたから、時間差で息子のアイス黙って食べ返したし。

懺悔せなあかんわ。

まだまだ勉強が足りないですな。

スーツから楽チンな格好に着替えて首都高北上中。

今から東北へ。

そういえば今日講演した中西さん言うてたなぁ。「自分自分じゃなくて個は全体に尽くすのが自然の摂理。困ってる人がいたらたすけるのは、こら当たり前だ!」と。

僕は間違ってないって思えた。

PRONTO一同さまからホットカーペット支援

PRONTO一同さまから大量のホットカーペットのご支援を頂いています。

頂いたホットカーペットは全て配り終えたとの報告がありました。

PRONTO一同さまを繋いで頂いた寺田さまありがとうございました!

PRONTO一同さまありがとうございました!

大感謝です。

以下メンバーからの報告転載いたします。


PRONTO一同さまからいただいたホットカーペット、すべて配り終えました。


・南三陸寄木仮設
・女川町
・大船渡
・越喜来
・広田半島
・陸前高田竹駒
・陸前高田細根沢
・障害者施設
・陸前高田下壷
・陸前高田上壷


以上にお住まいの方々にお配りしました。

みなさん本当に喜んでいらっしゃいました。

ありがとうございました。

楽天たすけあいのお米

楽天たすけあいさまからお米を陸前高田に送って頂きました。

メンバーから経済的に厳しい方々、買い物に行けない方々にお配りしたとの報告がありました。

楽天たすけあいさんを活用して頂いた寺田さま、ならびに楽天で支援のためにお米を購入して頂いた方々、本当にありがとうございます!

心より感謝申し上げます。
以下メンバーからの報告転載いたします。


楽天さんからのお米5キロ900こ、17日から9日間毎日受け入れをし、たくさんの方のご協力のもと、全部配り終えることができました。


小友町三日市
小友町柳沢
小友町財当
小友町矢の浦
竹駒町相川
竹駒町沖の沢
竹駒町下壷
竹駒町上壷
竹駒町細根沢
高田町栃ヶ沢
高田町鳴石
高田町太田
高田町松原ホーム
気仙町町裏
矢作町愛宕下
矢作町神明前
横田町久連坪
横田町志田実
横田町狩集
横田町堂の沢
米崎町高畑
米崎町館
米崎町佐野
大船渡町
南三陸町
石巻市

以上の地区の方々にお米をお渡しできました。

お米は、保存食ですし、買い物にいっても徒歩の方は持ち帰りが大変でなかなか買いにくいですし、大変喜ばれました。

物資がこない仮設もたくさんあり、高齢者が多いため重宝されました。

寺田さんありがとうございました!!

ビアノ発表会

ビアノ発表会
ビアノ発表会
ビアノ発表会
息子のピアノ発表会。

三男の息子(6才)はずいぶんと緊張してたみたいだ。

特に失敗なく無事終了。

しばらくして幼稚園児の歌のコーナー。

ピアノ発表会なのに歌を歌うんだなぁ。

しっかり足踏みして「となりのトトロ」の歌を歌っていた。

恥ずかしいのか何故かふてくされて見える。

ただでさえ僕似で目が線みたいな形なんやから、直線の目じゃなくて弓形に笑ってる目にせんといかん。

あとで笑顔の大切さをつたえな・・。

あ・・。え・・?

次はお手玉・・。

お、お手玉のお披露目・・。

バンバン落しながらお手玉のお披露目は進んで行く。
最後は一発ギャグか!?

と期待してたら最後は合唱で締めくくった。

いやぁ、和んだ。

2011年11月 2日 (水)

千駄ヶ谷にて

被災地の医療についてのミーティング。

様々な素晴らしい先生方と様々な意見交換がなされた。

あくまでも被災者及び患者中心。

また被災地医療の再建中心を訴え、その上で医療を充実させるための様々な案を乗せて行く感じに。

高齢者が安心に、かつ幸福度高く暮らせる町作りと医療体制を。

これは日本全体の課題として考え、被災地をモデル地区に。

これからこれから。

これからですよ。被災地復興は。

半蔵門にて

事務所開設の話をするはずが、福島の支援の話ばかりになった。

福島での雇用創出、北海道での受け入れと産業誘致について。

まだまだこれからす!

朝から

東京駅へ。

満員電車に揺られるのも久しぶりと感じながら、超大手商社本社に。

被災地復興のために今何をなすべきか。民間として。ボランティアとして。

などなど。

質問をいろいろとされたので、たくさん話をしてしまった。

今後も被災地を良くしていくためのご提案をすることになった。

民間の力と日本の優良企業が被災地に来たら。

雇用創出もキーワード。

これからですこれから!

さすがにバテた

栃木まで順調に進んで来たが、那須高原辺りからどうやら眠いのではないか?ということを自覚した。

佐野サービスエリアに車を停めたが最後。今にいたる。

今起きた。

頭はだいぶすっきりした。
霧が道路いっぱいに立ち込める中、東北自動車道を南下。

もうすぐ陽が昇る。

今日も快晴だ。

2011年11月 1日 (火)

今日は朝から

薬局開店でてんやわんや。
陸前高田と大船渡を無駄に行ったり来たり。

あと月初やから言うて電話なりすぎ。

久々にテンパった。

従業員の住むところも二部屋確保。

義兄が探して来てくれた。
義兄は一ヶ月はりついて一生懸命僕のいたらないところをカバーしてくれた。

陸前高田でも大船渡でも。
目に見えないところでたくさんたくさん努力してくれた。

頭が下がる。

今日も盛岡から応援にかけつけてくれた方もいる。

業者さんまでいろいろとお手伝い頂いた。

有り難い限り。

北海道からも応援が来た。
めちゃくちゃ忙しかったからわからなかったけど、今になって泣きそうですよ。
有り難いです。

店を閉め、スタッフとご飯食べて、陸前高田に戻り書類修正をした。

今から東京へ。

陸前矢作で早速鹿出た。

たまらんなぁ。

発見が遅れると大事故に繋がる。

あー、まだまだ違う意味で気合い入れな・・・。

すがすがしい朝

すがすがしい朝
すがすがしい朝ってのはこういう朝やね!

朝陽、真っ青な空、澄み切った空気、挨拶しあうボランティアの方々、一面の田舎風景。

今日も一日頑張れます!

陸前高田に戻る

仙台の日帰りも結構しんどいな。

やっぱり鹿がいた。

ケツ向けてやがった。

イタチみたいなんもおった。

この時間必ずいる。

毎回感動やわ。

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