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2011年12月

2011年12月31日 (土)

2011年を振り返って

2011年も今日で終わり。

3月11日の東日本大震災で人生観がひっくり返った。 生きていくための本気のスイッチが入ったと言っても過言ではない。

たくさんの事があった。

トラックいっぱいに荷物を詰め込んで、支援物資をゲリラ的に必要としている人達に必要な物をお届けすることをモットーに。

ツイッターから繋がったヘリコプターでの物資輸送支援。 石巻網地島への支援では奇跡が起こった。

ボランティアを東京で集め、ボランティアバスを毎週末走らせ被災地にボランティアを送り込んだ。

たくさんの方々に船の手配などもしていただいた。

政治家の方々からお声もかかり、自衛隊への入浴要請などもすることができた。

芸人の繋がりで数多くのお笑いイベントも行い、よしもとあおぞら花月なども数多くの避難所に来ていただき、たくさんの笑顔を逆にいただいた。

薬局を作り、被災地でお薬をお届けできるようにし、物資センターを作り被災地全域に物資をコーディネートした。

被災地市町村と国の情報連携が機能しておらず、声を届け、温度差を解消しようと被災地と永田町を奔走した。

復興構想案などを提言し、復興特区も提言し続けた。

復興商店街を支援し、病院や民宿の再建にも支援をした。

福島の保育園児への安全なお水の供給もしてきた。

メディアで被災地の情報が風化しないよう呼びかけてきた。

被災地と東京にある自宅との往復は実に102回。 走行距離18万㎞を超える。

全て被災地復興のため、またそれが日本の再建のためと必死に走った。

一芸人がたくさんの人達に文句言われながら、たくさんの人達にお力添えを受け、たくさんの人達のお役にたったと思う。

本当にお力添えいただいた方々には感謝のしようがない。 物資を送って下さった方々、支援金で支えて下さった方々、共に動いて走ってくれた同志、情報収集と拡散を常にし続けてくれたメンバー、人を繋いでいただいた方々。 

みんな自腹切って、私利私欲なしに被災地のために動いて下さった。

本当に心からの感謝。

ありがとうございます!

でも・・・・。

全く3月11日から状況は変わっていないという事実。 どちらかと言うと混迷感は増大。 

来年は着実に復興を形にしていくことに尽力していかないと。

必ず、この被災地良くしていって、地方の小さな街を復興させるモデルにして、日本の地方行政や経済の自立を促していく力にしていきますよ。

来年は被災地復興の実りから、日本が牽引されていくように。

精一杯頑張っていきますので、来年も皆様のお力添え何卒よろしくお願い申し上げます。

良いお年をお迎え下さい!

被災地の現状

2011年大晦日。

僕の知っている12月末の被災地の現状をお伝えしたい。

とある仮設住宅では、高齢者で独居している方が8割を占める。

仮設住宅は抽選での入居。 被災地市町村が「平等」という大義らしい旗を掲げてとった政策。 現実そんなことやったらコミュニティーがなくなり、コミュニティーを作るのに時間がかかり、被災者の精神的負担が増大することは最初からわかっていたが、右へ習えと事なかれ主義でその方針をとってきた。 

阪神大震災の教訓は一切活かされなかった。

結果、コミュニティーがなく、独居高齢者は仮設住宅で引きこもることに。

孤独死、自殺も多発。 地震、津波、火事、原発からの放射能、地盤沈下、行政の混乱に加え、支え合うコミュニティーが存在しない。

家族を失い、職を失い、支援もなく、車もなく、買い物もできない人達に、支え合うコミュニティーがなければどうなるのか? 孤独死や自殺はそういうところから生まれる。

このような環境にさらされている人達が実に多い。

震災発生から9ヶ月半以上が過ぎ、まだこんなブログ書いているのが実情。

被災地市町村の瓦礫は集積されたが、放射性物質を含む瓦礫に関しては移動ができない。 福島から遠く離れた岩手県でも4000ベクレルの放射性物質の瓦礫の山が積まれているところがある。

新基準で3000ベクレルまでは燃やしたりしていいと、国が判断。 アホです。

理由は「そうしないと進まないから」。 健康被害は考えない国。 

仮設住宅の暮らしは、カビが生えている環境で、シックハウス症候群で咳き込んで寝られない被災者が実に多い。 仮設住宅に移り住むまではそんなことなかったのに。

1棟500万円の予算を受けて立派な仮設住宅を本来は建てることができるはずなのに、中抜きと口利きとリベートなどで、お粗末な仮設住宅はたくさんある。 

一部の業者は儲かった。

被災者は二次的に長期的な災害を被った。

繋ぎ部分をシーリングを使わずにセロテープを貼っだけの建物がたくさんある。

秘技「セロテープ工法」だ。 先進国日本の被災地の家はセロテープが隙間に貼られている。

衝撃と驚愕の事実。

仮設住宅に住めるのはたったの2年。 法律で決まっている。

でも、移転先はまったく決まっていない。 公営住宅ももたもたしているが、それよりも高台移転と地盤沈下した土地の処理が決まっていない。

もし、あなたの土地が地震と津波の被害にあって、地盤沈下してしまい、そこに建物をもう建ててはいけないとなったらどうだろう。 その土地は売れなくなる。

二束三文の土地。

資産価値は一気に目減りする。

職を失い収入がないにもかかわらず、資産が一瞬にしてなくなる。

高台移転の高台の土地の確保ができない。 

およそ1年半後には仮設住宅をでなければならないが、どこに住めばいいのか全く不透明。

家を建てるにしろ、高台移転にしろ、公営住宅にしろ、全て新たにお金はかかる。費用概算一人あたり約三千万円。

生きるのを諦めろってか?
被災者にその費用を面倒を見ると国は一切約束していない。 被災地市町村も策はない。 というか、臭い物に蓋で考えていない。 進まない。

この環境では、例え手元にお金があったとしても、不安で使えない。 

でも、支援は打ち切られる。 社会の風潮は「支援はもういいでしょう。」的な・・・。

被災者の健康状態も悪化している。

元々医師不足の地域。 お医者さん一人あたり診られる患者数には限界がある。

被災後、避難所での食事は粗末なもので、健康へのことなどは考えられていなかった。

炭水化物中心の食事と、極度の運動不足に陥った方々はほとんど。

仮設住宅への移住に伴い、支援は打ち切り。 買い物も行けない環境の中、健康状態は悪くなっていく。 
健康だった方が、要支援者になり、要支援者が要介護者へと移り変わる。

なのに医療施設は十分ではない。 第一、アクセスが大変。 車を運転できない高齢者は本当にたくさんいる。 なので病院にさえ行く気がしない。

万が一の時の救急病院がない町も少なくない。

介護や看護も、既存の枠内では、訪問を主体とできず、必要な方に必要な医療サービスを提供できていないのが現実だ。

追い打ちをかけるように、ここぞとばかりに金儲けで精神科と診療内科が入り薬漬けにしていき、生活保護者が急増する。

あかん。人としてあかん。
でもそれが正義を振りかざす世の中。

何よりも、行政が司る復興計画が実に実態に即していない。 絵に描いた餅。 
国交省のURなどが復興計画で図面をかくが、そこには産業再生、経済再生、雇用創出の柱が全くない。 
まぁURにそんな力元々ないし、問題だらけやのにここぞとばかりに予算貰えたからやっているだけ。

使命感はない。

「どうやって復興していくのか?」 

「どんな町作りをしていくのか?」 

「どんな理念で町を向こう100年栄える町にしていくのか?」

だれもそんな指針は出していない。

被災地市町村では津波被害で亡くなられた職員も多い。 手一杯であることも確か。

でも、幹の部分が進まないのは大きな問題。

国がリーダーシップを取るわけでもなく、あくまでも「被災地から提言を待つ」のアホの一つ覚え。

被災地からは「国は何もやってくれない」と意思疎通が欠けている。

結果として、9ヶ月間半、復興ビジョンが存在しないのだ。

お偉い教授陣がボランティアで「復興協議会」もどきのものを立ち上げ、何とか尽力するが、すべて動機は「名を上げたい」の私利私欲。

それは、そんな人達が描いた復興計画を見れば一目瞭然。 被災地の実態に即していないどころか、被災者目線がそもそも欠けている。

復興計画に携わっている、とある教授に聞いたことがある。 「結局復興計画じゃなくて、予算もぎ取るための書類整理だよ。」と。 

向こう30年、せめて向こう10年どうするのか?という問いに答えられる復興計画は一切無い。 残念だが。

業務に携わる人達が本気で被災地をどう復興するべきかを考えたらこんなことにはならないということが多すぎる。 結局、足かけの期間、名を上げるため、などの私利私欲と保身が本気の復興計画として表れてこない原因だ。

とある被災地では復興ではなく「利権」が優先され、一部の利権団体がどう利権を維持するかという私欲だけで事が進んでいるケースもある。

それはもう既に、瓦礫撤去、仮設住宅建設、除染活動で嫌というほど見てきた。

また、被災地では視野の狭いというか、ケツの穴の小さい産業が多く、今の自分の暮らしをどのように楽して暮らしていくか、中央からのばらまきのお金をどれだけふんだくるかしか考えていない団体も多い。 

本来子ども達の世代や後生の世代を考えると、外からの知恵や力を借り、共存共栄しながら切磋琢磨して産業を大きくしていけば良いのに、「自分の取り分が少なくなるのではないか」という、器の小さい考え方に固執して外から参入する物を排他的に扱うことも根強くある。

これでは復興しない。 今のままでは絶対ない。

第3次補正予算や特区法案が通ったし、復興庁もできるよと人々は言う。

でも、その予算と特区を有効活用し、被災地を復興に繋げられる人材がいるのかと言えば甚だ疑問だらけだ。

ましてや復興庁なんて、今頃できたらはっきりいって確実に邪魔になる。 間違いない。

ただでさえ、市町村、県、国で情報の誤差があるのに、それを復興庁ワンストップでやってくれるんやったらえーけど、調整するどころか、ややこしい構図になって、結局県の申請無しには何もできなくなっているし、もうむちゃくちゃな省庁になるでこれ。 

それに増して、原発問題。 

政府は、原発問題は終息と宣言したが、世界各国は「日本もともとアホやけど、マジやばいな、マジでか?マジで言うてんのか?アホどころかアホアホアホアホでとんでもないで!」と報道している。 

冷温停止は単なる一工程。 放射性物質の垂れ流しと、放射線量の高さが許容範囲でないままの終息宣言。 

世界は言う。 「日本人は何故暴動を起こさないのか?」

その問いに対して僕はこう答える。 「だって原発の問題は福島の問題とすり替えられていて、自分の問題と思っていないからでしょうね」と。

東京でも敏感にというか過敏にならないといけない大きな問題。 過敏でちょうどいい。

にも関わらず、無関心。

「考えてもしょうがないでしょ。」や「国が大丈夫って言ったら大丈夫なんじゃないの?」と思っている。
主体性なき民族。

前ならえの徹底。

赤信号みんなで渡れば怖くないの精神。

間違っていることは見て見ぬふり。

「みんな」がどうかを気にして正しいことが見えなくなる。

このような国民性を利用してか、国は、放射能に対して、国民の安全を考えて行動したことはない。 4月初旬にいきなり法律を改正し、パニックが起きないよう、そして人口流出が起きないように、安全被曝線量の高さの上限をいきなり大幅どころか世界が進じられないレベルにまで引き上げた。 それは東電や役人や官僚や政治家が自分の責任にならないようにと、国民の健康を考えずに行った措置。

水素爆発があった時にメルトダウンとメルトスルーしていたこともわかっていたのに、その時には情報を隠蔽。 3月中旬にメルトスルーが発表されていたらどうだっただろう。

関東からも人は西へ移ったと思う。 日本国中が放射能におびえ、放射能の知識をもっと高めたはずだ。 

ところが、7月になってはじめてメルトダウンを政府が発表。 3月中旬に既になっていたと・・・・。

うっそ〜。 うっそやろ。 そんな重大なこと何で隠蔽してたん? そんな国だ。

信用なんて本当にできない。

僕はメルトスルーの話が明らかになったとき、日本国中で暴動が起きると思った。
 
何故なら、自分の生死に関わる情報がずっと隠蔽され、約半年後にさらっと言われるだけなんてあり得ないからだ。 でも次の日からはそのニュース流れてなかった。 そして日本中でさらっと気にもとめることなく受けながされた。

え? 日本中びっくりしたんちゃう?って思ったけど、誰も関心を持っていなかった。 被災地以外の場所ではもう通常の日常しかない。 放射性物質の危険性を誰も話さない。 既に風化が始まっている。

福島のとある街では健康被害が出てきている話も聞く。 不安におびえ、子ども達にたいしても安全責任を果たせず、自暴自棄になっている親御さん達も大勢いる。

新しい産業はない。 産業の再生はどこの被災地にも予感すらしない。 動いていない。

もちろん小手先レベルはあるが、町の復興に繋がる産業政策はない。

復興の兆しよりも、人口流出、少子高齢化への拍車、医療不足、産業壊滅、完全失業、などの被災の悪化が目についてしゃーない。

これが被災地の現状。

忘れてはならないと思う。 復興しなかったらどうなるのか? 被災地はもちろんのこと、いずれにせよ被災地を税金で支えていく日本人全員が大変になる。 

震災は自然災害が起こした。 でもそれがあったのは火事も含めると3〜4日。

あとは人災。 これだけ復興を遅くしたのは、日本人一人一人が公益よりも私利私欲を優先するようになってしまっていることと、自分の身近なこと以外は無関心で許されるようになっている社会を作ってきてしまったことが原因だ。

無関心社会。 

何でも、「あ、興味ない〜」のその無関心さが被災地復興と日本再建にたちはだかる大きな壁。

全ての現象は自分に関わる問題として、全てに好奇心を持って取り組む人達が増えれば、被災地は復興し、日本は再生されていくはずだ。

そうなるように。そうなっていくように来年は非力ながらも全力で取り組んでいこうと思う。

たくさんの同志、たくさんの支援者がいるのも事実。
心ある日本人はたくさんいる。

まだ間に合う。みんなで取り組めば。

2011年12月29日 (木)

BBC生放送終了

BBC生放送終了
BBC生放送終了
ううっ。

今日は意見を述べる側ではなく、仕切る側として任命されてしまったため、全然被災地の深い状況を伝えられなかった。

次々に出てくるカンペに焦った。

まいった。

でもコメンテーターの話は伝わったからそれで良いのかな。

そういう役割やし。

不完全燃焼!

聴いていただいた皆様申し訳ございませんでした!

精進いたします!

BBC生放送終了

ううっ。

今日は意見を述べる側ではなく、仕切る側として任命されてしまったため、全然被災地の深い状況を伝えられなかった。

次々に出てくるカンペに焦った。

まいった。

でもコメンテーターの話は伝わったからそれで良いのかな。

そういう役割やし。

不完全燃焼!

聴いていただいた皆様申し訳ございませんでした!

ライブ終了

ライブ終了
今年最後のライブ。

お客さんがあったかかったような。

楽屋は芸人でごった返し。
このエネルギーもっかい被災地に届けなあきまへん。

夜が明けてしまった

ネタ合わせ終了。

BBCから依頼された情報をまとめてメールのやり取り。

結構膨大な量やな。

気付いたら7時半て・・。
仮眠せな。

多分5秒で寝れる自信ある。

仕事納め

今日は仕事納めと巷ではなっているが、特に気にすることもなく。

役所で書類取りに行ったらたらい回しにされ縦割り行政にいらついた一日だった。

6時からミーティング。

来年何やって行くかなど具体的に整理して、望年会に8時から参加した。

メンバーと会うのはやはり嬉しく、同志として9ヶ月間走り回ったのが走馬灯のように頭を過ぎった。

しかしながら話のメインはこれからのことばかり。

被災地はこれからが復興なので雇用創出をメインとしていく話ばかりをした。

忘年会終了後そそくさと自宅に帰り、パソコンとにらめっこしながらイギリスからの電話に応対。

明日のBBCの準備をした。
ただ今ジョナサンでネタ合わせ中。

なかなか年末にならない。

2011年12月28日 (水)

ギネスに挑戦

明日、渋谷無限大ホールで24時間よしもとの芸人が2分半のネタを繋いで行くというギネスブックに挑戦するお祭りをやります。

1時〜3時の間のどこかに出ます!

お時間あれば是非お立ち寄り下さい!

2011年12月27日 (火)

世界デビュー

29日20時生放送でBBCに出ます。

紹介して下さった方々ありがとうございます!

フリートークのMCで被災地の状況を世界に発信します。

ベスト尽くします!

MBSインタビュー

よしもと新宿本社にてMBSの番組インタビュー終了。
出来たら、年末特番に出たい。

どうかなぁ。

家のベランダ

家に戻りベランダに出るとお供え物が。

良くみると、サンタクロースへの手紙だ。

「サンタさんへ。プレゼントありがとう。来年もよろしくおねがいします。天夢(あゆむ)↓食べてください。日本名物のみかん。」と書かれている。

プレゼントありがとうとタメ口なのもいらっとするが、来年のプレゼントをおねだりして敬語に変わっているのも腹が立つ。

みかんをお供え物にするセンスが和というか、昭和というか。

サンタクロースにお供え物をする子供を生まれて初めて見た。

天夢は小学校五年生。

幼稚園児だと可愛いのだが、小学校五年生ともなると先が思いやられる。

参議院議員会館訪問

藤田財務副大臣と昼食をとりながら被災地復興についてお話させていただいた。
公務が激務の中、お時間を頂き有り難い話。

一時間半に及ぶ会談。

具体的な話を具体的にどう進めて行くのかが見えたのは大きな収穫。

また国への提言に対してもいろいろとお力添え頂けると。

来年は具体的に推進していく。

ただ行政のスピードだと間に合わないのも事実。

先ずは自分が主体的に動くことから始め、行政とは密に連携を図り推進していこうと思う。

東京に戻り

資料をやっと作成し終えた。

しばし仮眠を〜。

12月17、19 日ワカメ工場再建

メンバーからの活動報告です。

南三陸町漁業再生支援です!

以下転載いたします。

【活動報告】

12月17、18日ワカメ加工場第ニ期工事の為、南三陸町入りしてきました。

今回は、少人数で1台に乗り合わせての移動でしたが、福島県辺りから猛吹雪、スタッドレスに助けられました。

早朝、パリパリの道を走破し「民宿やすらぎ」に到着して仮眠。9時半より作業開始。凍てつく単管パイプ組み立て、15時に資材が足りなくなった為登米市に買い出しに行き1日目終了。

2日目も同じく9時半より作業開始。午前中で予定したところまで進んだので終了としました。

外周仕上がり約100平米の広さがあり、思っていた以上にのでかさに…

次回は1月7〜9日に予定。ここからは、地元漁師さん達も合流しての協同作業になります。

引き続きLOTS災害支援団の後援のもと「さとうみプロジェクト」南三陸町に展開していきます。

皆さん応援宜しくお願いします。

やべっ

やべっ
やべっ
やべっ
ふぶき!ふぶいとる福島!
あー。前がぁー!

車線が見えないどころか雪で前が見えない〜!

ぐぁ〜。

よこかぜのとっぷぅ〜。

ぴゅーぴゅー。

なんじゃこりゃ。

前がぁ〜。

2011年12月26日 (月)

陸前高田と大船渡の往復

実に一日何往復もする陸前高田と大船渡。

どっちかでじっとしとけや!と自分にツッコミを入れるが仕方ない。

陸前高田の薬局でミーティング終わった後、大船渡に行き従業員とミーティング。

薬局の課題を洗い出す。

改善点があるということはもっと良くなっていく証拠。

患者さんの期待に応え、期待を上回る薬局を作っていきたいもんだ。

そのミーティングが終わった後、陸前高田へ。

仮設住宅に仲間が集合。

小さな仮設住宅のいつもお世話になっているおばちゃんのところにみんなパンパンに入って寄り添ってご飯食べてた。

アホみたいな光景。

被災地支援に入っている人達が被災した方からご飯食べさせてもらっている。

フリとボケが明確過ぎだ。
みんなでワイワイがやがや。

宴も竹縄でおばちゃんにご挨拶。

「今年はね、大変な年だったけど富山さん達のお蔭さまで何千人もの方々とご縁を頂きました。ありがとうございました。」と深々と頭を下げられた。

いつも叱られてばかりいるけど、この時ばかりは僕も顔がほころんだ。

来年もよろしくお願い申し上げます!と僕も頭を深々と下げ、その場を去った。
旅館に荷物を運び終え、出発。

今日は多少の雪は残るが比較的走りやすい。

ループ橋で一瞬スキーのエッジが効かないみたいになったがその後スムーズ。

現在、陸前高田から一関に向かう途中。

東京までは長い道のりだ。

陸前高田の薬局にて

被災者用復興住宅建設の打ち合わせ。

木材は地場の気仙地区の木材を使い林業再生の計画も担う。

また中尊寺を建立した気仙大工を登用し、日本技術の伝承も行う。

目的は雇用創出と安くて長持ちで安全で健康にも良く、明るく暮らせる住宅を被災者に提供すること。

結局は住宅など被災者は自立して建てなくてはならなくなる。

支払いなども被災者に負担にならない金融商品を作り出す。

行政より早く民間で動いて、最終的に行政の後押しのお力添えを頂いて街を復興させていこうと。

全ての面で実現可能。

年明けに着手していこうと。

同時進行で被災者が休まる場所の提供をしていく。

今年中に構想を練り上げ来月からスタートしていく予定。

動くスピードが復興への命。

先ずは僕から。

アホしかできひん。

朝から

銀行、郵便局、取引先をまわり、支払いを済ませ、年末のご挨拶。

全て大船渡なので大船渡中を駆け回り、陸前高田に向かう。

年末は忙しい。

師走やね。

名古屋からのプロジェクト

東北の支援を熱心にされている名古屋在住の方からの告知です。

東北の支援を通じて路上のおっちゃん救済しようというプロジェクトです。

以下転載いたします。

地震、津波の直撃を受けた東北の地域では、徐々にお店や企業が再開しています。

幾多の困難を乗り越え、やっと再開したこれらのお店や会社からお買い物をして、事業を支え、地域経済を回していく復興支援の必要性を痛感しています。

私事で恐縮ですが、震災以前より、野宿者支援のこれまた超後方でお手伝いをしています。

冬は野宿者にとっては凍死と隣り合わせの厳しい季節です。今年は、全国的に支援物資が少なく、一方で不況で野宿せざるを得ない人も増える懸念があり、各支援団体さんは困っていらっしゃいます。

そこで、思いついた浅知恵が「東北のお店で、路上のおっちゃんへの支援物資を買ったどうだろうか」・・・一石二鳥応援大作戦!とばかりに、ブログを作って呼びかけ始めました。

初めて作ったのでひどい代物ですが、現時点で持っている支援情報や東北のお店情報を載せております。

データベースとしてご活用頂き、東北のお店と路上のおっちゃんの応援にご協力のほどよろしくお願いします。

掲載されている情報はまだまだ少ないので、「こんなお店もあるよ」などのご意見も頂けると幸いです。
「東北のお店でお買いものして、路上のおっちゃんの越冬を支えましょ♪」:http://tohokuotchan.blog.fc2.com/


助け合いながら、寒い冬を温かく乗り切ることができたらいいなと思っています。

どうぞご一緒に応援よろしくお願いいたします。

大槌町にて

大槌町の民宿に今日はお邪魔した。

1月から本格的に始動するらしく4日から予約が入っているらしい。

3月からずっと支援させていただいた。

色んな思いが交錯するらしい。

発災当初、瓦礫を掃除していたおじちゃんに僕が声をかけたのが始まり。

その時「下着か何か持ってたら有り難いなぁ」と言われ、一箱だけ下着があったのでそれをお渡ししたのがきっかけ。

それ依頼ずっと支援を続けて来た。

ようやく津波を被った民宿も新年から営業再開するまでになった。

建て直しの費用など膨大に費用がかかったと思う。

でも「あと十年頑張れる」と奥さんも力強く語っていた。

奥さんも発災当初の話をし始めた。

消防団の息子さんが「みんなを避難させる」と言って消防車ごと津波に飲み込まれるのを目の当たりにしてから、もしかしたらどこかで助かっているかもしれないとずっと願っていたそうだ。

だから避難してからもずっとガソリンは使わなかったと。

当初ガソリンが入手困難だったが、みんな買い物とかのために乗れる車を使っていたが、おじちゃんも奥さんも決してガソリンは使わなかったと。

「もしかしたら、どこかにいるんじゃないかと思って。その時すぐに駆け付けられるように。どんなに遠くても。」と。

涙を流して哀しみを語られた。

おじちゃんが話をすり替えるように「富山さんの支援のお蔭さま本当助かったよ。ありがとう。野菜や果物は今でもなかなか手に入りにくいから本当助かるんだよ。すぐになくなるんだよ。すぐになくなるんだよ。」と。

バナナもお米もお野菜もみんなに行き渡るように切ったり分けたりしてみんなに配ったそうで。

150世帯だからすぐになくなる。

野菜や果物は有り難いと。
奥さんが「みんな家を建て直したり仮設住宅をでていく時にお金がかかるから、正直今お金を使えないのが実情なんだよね」と。

「みんな言えないけどみんなそうなんだよ」と。

地震と津波と火事とその後の光なき「復興」。

現実問題仕事もない。

漁業は諦めていく人ばかり。

被災した土地や高台移転先の土地もなにもかも決まっていない。

人口は流出する一方。

不安材料が支配的な中、今の生活費の捻出は将来の不安を加速する。

奥さんが言う。

「みんなここにいる人達は大変な思いをしていると思います。」と。

確かに大槌町は一番大変な地域と言える。

生活物資の困窮が長かった。

おじちゃんは男だから「でも自分で立ち上がるしかないんだ」と酒を飲みながら力強く語りだした。

震災太りして物乞いやるんじゃなく、自立再建が必要なんだと熱く語る。

大変な環境の中、何とかしようとするおじちゃんの心意気はエネルギーを感じる。

あと十年頑張らないとと言う言葉の裏に残されたご子息のためにがんばろうとする親の愛情を強く感じた。
この環境の中で命懸けて必死に立ち上がろうとする姿。

65才の新たな挑戦。

僕なんか屁みたいなもんやと非力さを感じた。

僕も頑張らないと。

と心に誓った。

おじちゃんから生きるエネルギーをもらい、生きる意味などを教えてもらった気がする。

最高のクリスマスプレゼントを頂いた。

あ、ちなみに大槌町にも天然記念物のニホンカモシカいました!

平然と積もる雪道の国道を横切りやがる。

本当低速走行でないと避けられない。

要注意です!

2011年12月25日 (日)

釜石のクリスマスイルミネーション

釜石のクリスマスイルミネーション
釜石のクリスマスイルミネーション
釜石のクリスマスイルミネーション
釜石のクリスマスイルミネーション
釜石のクリスマスイルミネーション
釜石のとある石材店。

被災して半壊したにも関わらず、目一杯のクリスマスイルミネーション。

被災地に光をと、たくさんのボランティアでイルミネーションをつけた。

今まで色んなイルミネーション見て来たけどここは最高ですね。

プーさんのぬいぐるみの前に「絆」の一文字。

きずな。

今年の文字だがもっと強く深く広がりを見せて行きたいもんだ。

気仙沼南町復興商店街オープン

気仙沼南町復興商店街オープン
気仙沼南町復興商店街オープン
気仙沼南町復興商店街オープン
気仙沼南町復興商店街オープン
気仙沼南町復興商店街オープン
気仙沼南町復興商店街オープン
気仙沼南町復興商店街オープン
気仙沼南町復興商店街オープン
気仙沼南町復興商店街オープン
昨日から気仙沼南町復興商店街がオープンした。

52店舗が入る大型仮設商店街。

支援して来たので何故か感動!

支援を一生懸命やってきたのはうちのメンバーなんですけど、感情的に勝手に便乗しちゃいました。

復興商店街立ち上げに尽力されてきた坂本さんと一枚写真を撮ったけど逆光で坂本さん光り輝き過ぎ。

復興商店街の未来が明るく光り輝くように!

気仙沼港から徒歩で行ける距離で市役所から至近距離なので気仙沼にお立ち寄りの際は是非!

寿司屋も飲み屋も盛り沢山ですよ〜!

是非是非是非是非!

爪痕残る気仙沼

爪痕残る気仙沼
爪痕残る気仙沼
爪痕残る気仙沼
爪痕残る気仙沼
気仙沼鹿折地区。

復興計画には入っているが、鹿折に上がった巨大船はずっと物議を交わしている。

撤去して綺麗にするのか。
住民からは船が自分の家を潰したから見たくもないという意見もある。

一方で街の観光資源として残し、後世に津波の恐ろしさを語り継ぐモニュメントにしていくのか。

気仙沼全体の将来を考えると残すのが良いのだ。

観光で飯も食える。そこに住んで行く子供達がね。

これも漁業と同じ。

今の子供達が大人になった時にどんな街にするべきなのか。

街全体や後世のことを考えると答えは出る。

それが実行されないのが今の日本かも。

クリスマス

クリスマス
クリスマス
クリスマス
今日はクリスマス。

クリスマスに岩手県にいるとは今まで想像もつかなかったが、今いる。

自分の作った薬局は今日も忙しく動いている。

従業員には頭が下がる。

あまりいても邪魔になるので気仙沼に向かう。

陸前高田と気仙沼を結ぶ気仙大橋が陥落して橋がない時に薬局を作ったので、まわりみちの迂回路を通るのが癖になっている。

震災発生後すぐに支援に来た人達は必ず通った道だからわかると思うが、今は通行量も少なく道がカチカチに凍って雪化粧になっている。

哀愁漂いすぎ。

気仙沼までもうすぐだ。

宮城県三陸道つるっつる

宮城県三陸道つるっつる
宮城県三陸道つるっつる
東北自動車道ユキ-スリップ注意のサインを見て仙台南から迂回して三陸道北上。

迂回の選択は間違いか。

登米からつるっつる!

スタッドレスタイヤやのにめちゃくちゃ足取られる。

延々とアイスバーン。

スキーやったらマジで股裂けてます。

とんでもない低速走行。

どのみち冬の東北は気をつけて走行しないと。

あ、タヌキや。

寒ないんかな。

モコモコモコモコ歩きやがって。

タヌキ日常見かけるて凄いな。

たまに天然記念物のニホンカモシカおるし。

キツネもおるし。

オオカミとか熊とかタンチョウとかゴマアザラシとかシロクマとかクリオネとか出てきたらいいのに。

嬉しいお知らせ

いつもご支援頂いているKさんからメールが届きました。

こちらが有り難いのに、感謝されてしまいました。

こうやってたくさんの方々の支援の輪が広がるだけでなく綱がって、東北を復興させていきたいなと思いました!

以下メール転載いたします。


Kです。
富山さん毎日お疲れさまです。
今日は嬉しいお知らせが…
Yさんと初めて現地に伺った時、とうごう薬局から頂いた仮設住宅のリストから六ヶ所を回らせて頂きました。

その中の愛宕下仮設住宅の方々と交流が続いています。

先月伺った時に野菜や餅米、餅つき機を持って行きました。

今日、仮設の代表の方から電話をもらいました。

陸前高田市の社会福祉協議会の協力があり、昨日餅つきをしたそうです。

NHKの取材も受けたそうです。

受話器の向こうから聞こえた代表の方の声は何時もと違い弾んでました。

ちょうどクリスマスプレゼントにと割烹着やフリース等を送ったばかりだったので話も弾みました。

富山さんのブログから色んな方々と知り合い、色んな場所に行かせて頂き、その都度沢山の元気を頂いてます。

私の力は僅かですが、これからも現地の皆さんを応援させて頂きます。

昨日も金華山で素敵な人達と出会えました。

出会えた全ての人達に感謝です!
ありがとうございます。


本当有り難いお話です!

石巻牡鹿へクリスマスプレゼント

石巻牡鹿へクリスマスプレゼント
石巻牡鹿へクリスマスプレゼント
石巻牡鹿半島鮎川浜の漁業再生に向けてプレハブを運ぶ高根沢町の有志達がプレハブ積み込み完了し出発!

クリスマスプレゼントに大根百本も乗せました。

25日午後に鮎川に着きます。

最高のクリスマスプレゼントです!

NHKラジオ

メンバーの一人がNHKラジオに出演します。

石巻牡鹿の漁業再生に多大な貢献をされています!

是非ご拝聴あれ!

・インターネットの絆で被災地に船を〜ラジオ深夜便
・明日へのことば 「インターネットの絆で被災地に船を」
 ゲスト:松野みえこさん(「牡鹿の海を未来へプロジェクト」代表)
・放送日時:12月27日(火)午前4時台(26日(月)深夜)

9月半ば、津波で家も船も失った宮城県牡鹿半島鮎川の漁師のもとに、1隻の漁船が、ボランティアの人たちによって無償提供されました。この支援活動を展開したのが、松野みえこさんです。

松野さんの郷里・宮城県牡鹿半島鮎川浜(石巻市)は、ワカメとギンザケの養殖が盛んな漁師町。今回の津波で鮎川浜の漁師たちは、船も、自宅も、根こそぎ持って行かれ、壊滅状態になりました。そうした被害状況を知り、松野さんが取った行動が、インターネットによる情報収集と支援の呼びかけでした。
松野さんは、震災直後から数多くの生活支援物資をツイッターで呼びかけ、集まった品々を郷里へ送り続けています。

番組では、「IT時代の新しい絆」について、松野さんにお話しいただきます。

※上記テキストが書かれたリンク先は以下。
松野さん、そして漁師のみなさんの笑顔の写真もありますよ!
http://www.nhk.or.jp/r1-blog/050/104512.html

****

支援、もっと集まりますように!

皆様からの温かい支援物資に感謝

皆様から温かい支援物資をいただいております。 本当にありがとうございます。

石田様からお水を陸前高田市に送っていただきました。 まだまだお水で困っていらっしゃる方々、特に福島では安全なお水の確保は必要です。 本当にありがとうございます。

松野さまから気仙沼に食器を送っていただきました。 復興商店街今日立ち上がりましたが、本当に立ち上がったのも皆様の温かいお力添えがあってのことです。
 本当にありがとうございます。

竹島さまから菓子皿、お盆、タオル、財布、帽子を陸前高田用に送っていただきました。 必要な仮設住宅の方々にお配りさせていただきました。 ありがとうございます!

ヨシダさまから冷蔵庫、書類ケースを大船渡に送っていただきました。 ヨシダさまはいつもニーズを確認して、早急な対応をいただいています。 本当に数多くのご支援ありがとうございます。

小野尾さまからお野菜、手袋、七五三用千歳飴を陸前高田に送っていただきました。 七五三用に必要なものをお気づきになられ、自らご支援を申し出ていただきました。 本当にありがとうございます。

佐々木さんのお母様からプリンター、調味料、ホカロンなどを石巻にお送りいただきました。 必要なものを送っていただき、本当にありがとうございます。 
心より感謝申し上げます。

飯田さまがお野菜を石巻にお届けしていただきました。 いつもいつも運搬していただき、頭が下がります。 心より感謝申し上げます。 ありがとうございます。

本村さまがお水を韓国から入手し、郡山のセンターにお届けしていただきました。
 大量すぎるぐらいの大量のお水です。 パレット輸送です。 このお水のお陰様で福島の保育園児のお水が安定確保できました。 しばらくの間ですが、本当に感謝申し上げます。 ありがとうございます。

ヨシダさまが郡山市の倉庫を手配いただきました。 本当に多大なご貢献感謝申し上げます。 ありがとうございます。

Save Iwateさまもお水の仲介のご協力いただきました。 いつもいつも被災地支援に奔走され頭が下がります。 これからもよろしくお願い申し上げます。 ありがとうございます。

郡司さまと「あったかストーブプロジェクト」の平島さんのご協力で大量のストーブを安価にご提供いただきました。 宮城県全域、特に石巻市、山元町、気仙沼市、及び陸前高田市にお届けいただきました。 お届けは半端なく大変だったと思われます。 本当にありがとうございました。

ヨシダさまがいつものようにとうごう薬局にお立ち寄りいただき、ストーブとホットカーペットを気仙沼、南三陸、石巻にお届けいただきました。 いつもフットワーク軽く助けていただきまして本当にありがとうございます。 感謝しきれないです。

楽天たすけあいさんを通じて募集をしていたストーブが大量のストーブの量にもかかわらず、皆様のお力添えによりたった10時間で完売いたしました。 みなさま本当にありがとうございました。 これによって暖房器具が届いた仮設住宅は全くもって少なくありません。 本当に皆様の温かいご支援ありがとうございます。 心より感謝申し上げます。

あおしずさまから子供用スキーウェアを陸前高田宛に送っていただきました。 防寒着としてこれぐらいのものでなければ越冬できないぐらい寒いです。 本当にありがとうございました!

石狩市役所(市民の皆様)のお力添えにより、石狩思いやりの心届けたい様から生理用品、カイロ、ラジオ、尿取りパッド、ペット用砂など福島市、いわき市、石巻市、南三陸町、気仙沼市、仙台市宛に送っていただきました。 酒井様のご尽力の賜でした。 本当に北海道の皆様には温かいご支援を継続的にいただいています。 本当にありがとうございます!

ロカさまからミネラルウォーターを陸前高田宛に送っていただきました。 お水のご支援は本当に毎日消費するものですのでとっても有り難いです。 本当にありがとうございます。

以下文化放送をお聴きになられた方々が暖房器具を陸前高田とうごう薬局宛に送っていただきました。

加藤様からホットカーペット、
松田様からホットカーペット、
牧さまからホットカーペット、
大竹さまから石油ストーブ、
匿名さまから石油ストーブ、
有賀さまからホットカーペット、
沼本さまからホットカーペット、
長谷部さまから石油ストーブ、
久世さまからファンヒーター、
岩見さまからホットカーペット、

を送っていただきました。 まだまだ他にもいらっしゃるようなのですが、お名前が特定できず、本当に申し訳ございません。 ただ、本当に皆様のお力添えの積み重ねで被災地支援は成り立っております。 心より感謝申し上げます。

茨城県匿名の方がホットカーペット、石油ストーブ、ファンヒーター、オイルヒーター、電気ストーブ、首振りヒーターを陸前高田とうごう薬局宛にお届けしていただきました。 文化放送の力は絶大です。 本当にありがとうございます。

かわかみさまからカレー皿、スプーンを大槌町用に送っていただきました。 仮設住宅に移り、食器がなかったことから本当に有り難いご支援です。 心から感謝申し上げます。

福岡さまが気仙沼の食器とスプーンをピックアップし、埼玉からお水をピックアップして陸前高田に届けていただきました。 また、お米を陸前高田の仮設住宅と大槌町宛にお届けいただきました。 また、球根を植えていただき、ご協力いただきました。 本当にタイトなスケジュールであれこれやって欲しいとお願いしたにもかかわらず、快く引き受けてくださり心から感謝申し上げます。 いつもありがとうございます。

川崎さまからおむつを陸前高田に送っていただきました。 清水様が保管をし、福岡さまが運んでいただきました。 皆様の温かいご支援の連携心より感謝申し上げます。 ありがとうございます。

ヨシダさまからチェーンソー、草刈り器を陸前高田に送っていただきました。 
ガレキーホルダーの作業場などを効率よく整備できることになりました。 いつも高額なご支援心から感謝申し上げます。 恩返しできるように頑張っていきます。 ありがとうございます。

恩田様の手配で愛媛の劇団未来演劇Kプロジェクト阿部さんから鏡台とソファーを気仙沼に送っていただきました。 復興商店街への貢献心から感謝申し上げます。

金藤さまが陸前高田とうごう薬局に集積している暖房器具を大量に南三陸町に運んでいただきました。 必要箇所への配布心より感謝申し上げます。 ありがとうございます。

伊藤さまからLEDライトを陸前高田宛に送っていただきました。 暗くなっている仮設住宅宛に配布いたしました。 本当にブログへの呼びかけにご対応いただき、心より感謝申し上げます。 ありがとうございます。

楽天からセラミックヒーターが陸前高田に届きました。 本当に軽くて場所を取らない暖房器具。 とっても有り難いです。 仮設住宅は収納スペースがないため、場所を取らないものはとても有り難いです。 ありがとうございます。

清水さまからパイプチェアーを陸前高田あてに送っていただきました。 清水様からはいつもご支援いただきありがとうございます。 感謝申し上げます。

小林様からソーラーライトを陸前高田宛に送っていただきました。 これも必要な仮設住宅にお配りさせていただきました。 心より感謝申し上げます。 ありがとうございます。

飯田さまから衣類、日用品を南三陸町に、防寒着、ひざかけ、レンジ用湯たんぽ、マスク、スポンジ、赤外線ヒーターなどを南相馬市宛に送っていただきました。

 本当に必要な物資支援をありがとうございます。 心より感謝申し上げます。

高坂さまから炊き出し用プラスチック器、おはしなどを陸前高田宛に送っていただきました。 ありがとうございます! 炊き出しに使いました。 本当に重宝しました。 ありがとうございました。

鈴木様から日用消耗品やお皿などを陸前高田宛に送っていただきました。 必要な所に配布しました。 ありがとうございます。 感謝申し上げます。

かわかみさまから衣類を南三陸町に送っていただきました。 本当に継続的なご支援いつもありがとうございます。

いぐべジャパンの高橋さまから衣類を南三陸町宛に送っていただきました。 本当に必要なご支援ありがとうございます。

アデラジャパンさまから衣類を南三陸町宛に送っていただきました。 本当にありがとうございます。 感謝申し上げます。

いぐべジャパンさまの物資を金藤さんと千葉さんが2トントラックでピックアップし、南三陸町宛にお届けいただきました。 本当に物資の出し入れ、配送は大変な作業ですが、いつも本当にありがとうございます。

飯田さまがお野菜を大槌町、陸前高田、石巻、南三陸町にお届けいただきました。
継続的な献身的なご支援本当に頭が下がります。 いつもありがとうございます。

森川さんと恩田さんの手配でユニクロさまより男性用冬服、女性用下着、男性用下着、女性用靴下、男性用靴下などを南三陸町宛にお届けいただきました。 本当にありがとうございます。 感謝感謝です。

片岡さまからお米、餅米、お野菜、餅つき器を陸前高田宛に送っていただきました。 本当に助かります。 ありがとうございます。 いつも感謝です。

石原さまから歯ブラシセットを南三陸町宛に送っていただきました。 いつもニーズのマッチングありがとうございます。 感謝です。

まだまだたくさんのご支援をいただいています。 約2ヶ月前までの情報をまとめております。

本当に皆様に幸あれです!

心から感謝申し上げます。

良いクリスマスをお過ごし下さい。

メリークリスマス!!!

2011年12月24日 (土)

【 12月 28 日】望年会

忘年会告知です!

どなたでも是非!

以下転載いたします!

皆様

お疲れ様です。

発災から9ヶ月、皆様の並々ならぬ支援活動のお陰で多くの被災者の方々を継続して支える事が出来ております。

そこで、9ヶ月間の振り返りと顔合わせを兼ねて12月28日に望年会(“忘れる”ではなく、“望み”の意を込めて)を企画しましたので、是非とも皆様にはご参加頂きたいと思っております。


【詳細】

◆日時
12月28日(水)
20:00〜22:30

◆場所
SideWest
↓ ↓
http://www.sidewest.com/access/mobile.html
(池袋駅北口から徒歩7分です!)

◆会費
お一人様\3,000-
※立食です。
※軽食が付きます。
※そして飲み放題です。
ご参加頂ける方は27日(火)の昼12:00までに
中津さんまでご連絡をお願い致します。

中津さん
nice_mbitai_25@docomo.ne.jp

みなさまからの温かいご支援

いつもたくさんの方々にご支援をいただき、被災地の支援活動が成り立っています。 

復興のためには、行政との連携や復興するための事業再生、雇用促進、医療再生などが必要ですが、今直面してお困りの足りない物資支援も継続してやってきています。

本当にみなさまの支えがなければ実現できないことでした。

心から感謝申し上げます。 

大阪府堺市役所さまよりお水、ウェットティッシュ、生理用品、ポリタンク、子供用オムツ、タオルなど大量にトラックでいわき市と陸前高田に送っていただきました。 倉庫がパンパンになるほどの量でした。 本当にありがとうございました。 いただいた物資は石巻市、気仙沼市、仙台市、南相馬市、南三陸町にも配布していただきました。 本当にありがとうございました。

いなみさまから女性服、ダウン、セーターなどを南三陸町に送っていただきました。 まだ、冬服を募集していた時に早急なご対応をいただき、本当にありがとうございます。

かわかみさまよりストーブとポンプ並びに冬服を南三陸町宛に送っていただきました。 南三陸町の冬対策は遅れている部分もあり、本当に助かりました。 ありがとうございました!

かわかみさまのご友人の方からもストーブを大量に南三陸町宛に送っていただきました。 大量のご支援、現地ではなかなか調達が困難であったために本当に助かりました。 心から感謝申し上げます。

伊藤さんの手配により、大阪から喪服、ブラ付きキャミソール、女性用下着大量、シルバー保温シート、ホットカーペット、あったかシーツ、バスケット、便座カバー、電気ストーブ、毛布、衣類など大量の物資を南三陸町に送っていただきました。 本当にありがとうございます。 感謝感謝です。

江隅さまより靴下と下着を南三陸町に送っていただきました。 仮設住宅に移りなかなか買い物ができない所でしたのでとっても助かりました! ありがとうございます。

かわかみさまの手配で前田さま?よりストーブを石巻に送っていただきました。
 かわかみさまの呼びかけには本当に頭が下がります。 いつもありがとうございます。

ヨシダさんがストーブを12台南三陸町に送っていただきました。 ヨシダさんはいつも本当に大量のご支援をしていただいており、頭が下がります。 自らの運転で配布もされ、栃木の英雄です。 ありがとうございます。 ヨシダさんは南三陸町配布後、陸前高田のとうごう薬局にお越しいただき、お水をピックアップして大船渡、石巻、いわき市の必要箇所にお届けいただきました。 もう本当感謝の気持ちでいっぱいです。 ありがとうございます。

木村さんの手配で中村さまよりストーブを17台陸前高田にお届けいただきました。
 山元町や住田町にも配布し、大変喜ばれております。 本当にありがとうございます。 木村さんいつもありがとうございます。

飯田様からビーフンを大槌町に送っていただきました。 まだまだ経済的困窮から食材を経済的に負担することが厳しい環境の中、このようなご支援をしていただき、本当に感謝しております。 心から感謝申し上げます。

小林さまから家の中で着るダウンジャケットを陸前高田に送っていただきました。
 とっても軽く、高齢者の方々にめちゃくちゃ喜ばれています。 本当にありがとうございます。 

石田さまからお水を大量に陸前高田に送っていただきました。 必要箇所にお届けしております。 本当にありがとうございます。

木村さんの手配で内田さまよりオイルヒーターとお水を陸前高田に送っていただきました。 既に必要な仮設住宅への配布は完了しています。 本当にありがとうございます。 冬が越せるのはこのようなご支援のお陰様です。 ありがとうございます。

眞坂さまよりビールを陸前高田宛に送っていただきました。 なかなか支援物資としては送られない代物ですが、お酒のような嗜好品は非常に有り難いです。 
とても重宝しました。 本当にありがとうございます。

木村さまがとうごう薬局に立ち寄り、毎回物資を配布していただいています。 お水を仙台と石巻市の必要な箇所にお届けいただきました。 いつもいつも本当にありがとうございます。

松田さまが毛布とホットカーペットを陸前高田に送っていただきました。 冬対策本当に必要なものばかりでしたので、とっても有り難いです。 感謝感謝です。

池本さまからストーブを南三陸町に送っていただきました。宮城県の暖房器具対策の遅れからストーブがないところが多かったため、一日でも早く暖房器具をと呼びかけ、すぐにご対応され本当に助かりました。 心から感謝申し上げます。

村山さまからお米、サツマイモなどの根菜、缶詰、レトルト、冬物などを陸前高田に送っていただきました。 本当にありがとうございます! 食料は本当に未だに有り難い代物です。 ありがとうございます。

よしさまからハーフケットとブランケットを陸前高田に送っていただきました。 冬対策足りない物ばかりの状況でこのようなご支援いただけたこと本当に感謝しております。 ありがとうございます。

木村様から石油ファンヒーターと電気毛布を南三陸町にお届けいただきました。 本当木村さんには感謝しています。 ありがとうございます。

プロント一同様から石巻にホットカーペット大量のご支援をいただきました。 プロント一同様には多大なご支援をいつもしていただいております。 あり得ないぐらいのご支援本当に頭が下がります。 感謝申し上げます。

片岡さまから馬鈴薯、米、かぼちゃ、タマネギ、梨、ねぎ、サツマイモ、米、椎茸、野菜、花の種、ナス、大根、餅米、ニラ、青菜、キャベツ、りんご、にんじん、ショウガ、ポップコーン、などその他大量の物資をヨシダさんと共に陸前高田にお届けいただきました。 本当に片岡さんとヨシダさんコンビには頭が下がります。 ありがとうございます。

ヨシダさんの手配により益子の有名な陶芸家の方より湯呑みを陸前高田に送っていただきました。 本当に有り難い代物です。 感謝感謝感謝感謝です。 ありがとうございます!

鈴木さまから調味料とお皿を南三陸町宛に送っていただきました。 本当に必要なものばかり、ありがとうございます。

西村さまからストーブを陸前高田に送っていただきました。 ストーブは陸前高田から気仙沼にお届けいたしました。 本当にありがとうございました!

ロート製薬さまから洗眼薬を陸前高田にお届けいただきました。 ロート製薬さまとは様々な分野で今後も支援に携わることが決まっています。 本当にいつもありがとうございます。

川上さまからストーブを気仙沼宛に送っていただきました。 気仙沼でのストーブの需要は大量で、本当に有り難いです。 まだまだ実は足りていない地区もあり、本当に感謝しております。 ありがとうございます。

森川さまのご紹介で株式会社トヨトミさまからストーブを大量に気仙沼にご支援いただきました。 本当に有り難いご支援です。 心より感謝申し上げます。

古森さまから湯たんぽを陸前高田に送っていただきました。 英語塾といい、毎週の物資支援といい、継続的なご支援本当にいつもありがとうございます。

北野さまから湯たんぽゆたぽんを陸前高田宛に送っていただきました。 北野様もいつも継続的にご支援していただいています。 本当にありがとうございます。

ニトリさまから布団セットを大量に石巻に送っていただきました。 このような企業支援は本当に有り難いです。 仮設住宅に移ってから布団がないって本当あり得ない感覚なんですが、これが今の日本行政の補償なわけで。 本当に布団セットは有り難いご支援です。

飯田さまから布団を石巻に送っていただきました。 布団は生活に最低限必要なもので。 本当にありがとうございます!

鈴木さんの手配で、愛知県からオムツを大量に石巻に送っていただきました。 本当に有り難いです。 ありがとうございました!

折登さまから新米を大量に陸前高田に送っていただきました。 新米が取れず、今年は新米を皆あきらめていたところ、新米を口にすることができると、本当にみなさま喜ばれていました。 本当にありがとうございます。

Tomato0123さまからお水を陸前高田に送っていただきました。 水道管に問題があり、お水が飲めないお水もまだ地区によってはございます。 本当にお水のご支援有り難いです。 感謝申し上げます。

沼田さまから球根を陸前高田宛に送っていただきました。 球根を植える活動を通じて、仮設住宅の方々とのコミュニケーションを作り、また来春に花が咲く町を作ることをやろうというプロジェクトにご賛同いただき、本当にありがとうございます。 感謝感謝です。

飯田さまからお野菜を石巻に送っていただきました。 野菜は食の基本で、東北の方々は野菜メインの食生活です。 本当にありがとうございます。

ヨシダさまからストーブ50台を追加で陸前高田、石巻、大槌町宛に送っていただきました。 もう本当にすごいご支援。 有り難くて有り難くて。 ヨシダさんのお力尋常でないので、本当に頭が下がります。 感謝仕切れないです。

「石狩思いやりの心届けたい」さんとトモノテさんからストーブを大量に陸前高田と石巻に送っていただきました。 冬対策をはじめた段階での大量支援本当に有り難かったです。 心より感謝申し上げます。

SAVE Iwateさまよりお水を大量にご支援いただき、福島に運び込みました。  福島の保育園児へのお水の支援のお水です。 本当にありがとうございます。 向こう三ヶ月分のお水の支援は確保できています。 ありがとうございました!

愛知県からオムツ、生理用品を大槌町、南三陸町、陸前高田に送っていただきました。 度重なるご支援本当に頭が下がります。 ありがとうございます。

石狩市役所さまから尿取りパッドを南三陸町宛に送っていただきました。 「石狩の思いやりの心届けたい」のみなさまのご尽力の賜です。 本当にありがとうございます。

すがわらさまからパンスト、クーピー、歯磨きセット、お菓子を陸前高田宛に送っていただきました。 なかなか支援物資の観点から抜け落ちる代物。 本当に喜ばれています。 ありがとうございました!

山田さまから電気カーペットを陸前高田宛に送っていただきました。 くにまるジャパンのリスナーだそうで、本当すぐにご対応いただきました。 心より感謝申し上げます。

長内さまからホットカーペットを陸前高田に送っていただきました。 必要な仮設住宅にお届けいたしました。 本当にありがとうございます。 感謝感謝です。

森さまからストーブを陸前高田宛に送っていただきました。 冬対策のために必要仮設住宅にお届けしています。 本当にありがとうございます!

まだまだ書ききれないぐらいのご支援があるのですが、今日まとめられるだけ後ほどまたまとめます。 

みなさまの温かいご支援本当にありがとうございます。

これからもみんなで頑張っていこうと思います。

心から厚く御礼申し上げます。

ありがとうございました!!

【水】南相馬市活動報告

メンバーの活動報告です。
南相馬市の乳幼児のためのお水お届け活動。

本当有り難いです。

以下活動報告転載いたします。

お疲れ様です。Kです。

【南相馬市】
本日、須賀川倉庫より水40ケース。NPOMEXさんトラックに360ケース搬出。南相馬市は、高速降りてから2時間はかかりますね。
途中飯舘村近辺は2マイクロシーベルトありました。

南相馬市に13時半についてNPOMEXさんと今後の南相馬市での水支援連携についてミーティング。

別途情報
☆相馬市の玉野地区。孤立しており、水、食料が必要との事。

4マイクロシーベルト!、井戸水を使用。

☆飯舘村見守り隊、マスク、カイロ、防寒着、500ミリリットル水等必要。

NPOMEXさんに直送し届けて頂く事に。

2時過ぎに南相馬市立総合病院に水を搬入。前回Mさんが保管していた水を積みに行き再度病院に搬入。

合計80ケース。小児科の先生、看護婦さんに大変喜んで頂きました。次回搬入は1月に…。

4時半撤収。

今帰路です。
さぁーイヴに間に合うか!
必要物資もしお力添え頂けるようであればgammon@kitanet.ne.jp富山までご連絡下さい!

皆様いつもありがとうございます!

被災地支援のためのチャリティーコンサート

被災地支援のためにチャリティーコンサートがあります。

少しでもお正月からエンターテイメントを楽しんで頂いて被災地支援をして頂けたらと。

もし、興味関心のある方がいらっしゃれば、優待券を贈らせてください!^^*
連絡先はgammon@kitanet.ne.jp富山まで!

どうぞよろしくお願いします!

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1月8日(日) 東京よみうりホール(1100名収容)にて、前川裕美「震災チャリティーコンサート」が開かれます!

共演者として、北斗の拳:ラオウ役、アラレちゃん:のり巻きせんべい役の「内海賢二」さん。

ドラえもん:しずかちゃん役、サザエさん:ワカメちゃん役の野村道子さんによる朗読劇も行われます!

詳細は下記HPまでどうぞ!

http://www.rokin-ikiiki.com/news_1/10.html

http://www.rokin-ikiiki.com/upload_files/pdf/10%E5%91%A8%E5%B9%B4%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%88%EF%BC%86%E6%9C%97%E8%AA%AD%E5%8A%87%E3%83%81%E3%83%A9%E3%82%B72.pdf

ありがとうございました!

赤鼻のトナカイ

昨日TBSに行って帰ってきてから体調がっつりがた落ち。

鼻水が右側から水のように滴り落ちる。

昨日も今日もご飯がっつり食べて栄養剤がっつり飲んだ。

お蔭さまで何とか動けるがまだまだ鼻水は出っ放し。
今日はクリスマスイヴ。

子供達を連れてどこにも行けず仕舞い。

プレゼントはあらかじめ嫁さんが用意していた。

有り難い話や。

いつもなら本当はサンタクロースが家にやって来る。
僕がタバコすいに外に出ると、どうやらサンタクロースがやって来るという法則をうちの子供達は知っている。

今年はサンタクロースの用意が出来ていない。

嫁さんが機転を効かし、外に手紙を置き、子供達にプレゼントのありかのヒントを与え宝探しゲームが家の中で繰り広げられる仕組みを考案。

三男の和夢(なごむ6才)が「トト早くタバコ吸いに行ってよー。サンタさん来ないでしょ!」と言ったので僕が外に出ると、一緒に外に出た和夢はすかさず玄関口に置いてあった手紙を見つけた。

「サンタクロースからの手紙だよー!」とでかい声でお兄ちゃん達に言い付けた。

三人のだんご兄弟達は家の中にあるプレゼントを探し回る。

見つかったら予想通り「あったー!」と人生最大の声量でプレゼントの袋を開けめちゃくちゃ喜んでいた。
ささやかな幸せ。

子供達が喜ぶ姿は嬉しいもんだ。

結局サンタクロースは来ずだが鼻をかみすぎた僕の鼻は赤くなっていた。

今年は神様が「たまにはトナカイやってみたら」と仕組んだのかもしれない。

ケーキ食べ終え、荷物を積み終わった。

今日は長距離運転だからと思い薬は飲まずにいたのだが、いざハンドルを握ると鼻水が止んだ。

やっぱり気合いの問題かも。

現在首都高北上中。

明日出来たらオープンした気仙沼復興商店街と再生する民宿に立ち寄りたい。

大槌町の民宿には呼ばれているので必ず行くけど。

そういえばクリスマスやな。

ささやかな幸せが被災地でもいっぱいありますように。

2011年12月23日 (金)

東京到着

東京到着
東京到着!

この写メでは全然見えないかもやけど富士山くっきり首都高から見えます!

陸前高田から那須高原までずっと雪でしたが関東地方に入ると晴れ!

やっぱりあったかいな。

河北新聞

昨日の河北新聞の金華山記事に僕らのメンバーYさんが載りました。

めちゃくちゃ凄い人なんですよo(^-^)o

http://gxc.google.com/gwt/x?q=%E9%87%91%E8%8F%AF%E5%B1%B1+%E3%83%9C%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2&safe=images&client=ms-kddi_blended-jp&start=1&hl=ja&inlang=ja&ei=rlDzToDkMsKmlQWLHQ&ved=0CAQQFjAA&rd=1&u=http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a%3D20111222-00000012-khks-l04

いろんなこと

今日は色んな事があった。
X'masプレゼントの運び屋さん。

陸前高田と大船渡にあるプレゼントを往復して運んだ。

途中、銀行に用事があり立ち寄ったが、いろいろと被災者の事業再建に必要な補助金や助成金が適応される方とそうでない方々がいらっしゃる。

「俺達に出る助成金てねーのかなぁ。」と言われる方々が多数いらっしゃるとのこと。

何とか被災されてどうにもめどが立たない中小零細企業の方々が使いやすいような仕組みを作れないかと現在奔走中ではあるが、まだまだ時間がかかる。

被災地復興と事業の再生にはスピードが第一なのに非力だ。

期間が開くと生活が脅かされるだけでなく、やる気が失せてくる。

そのような事業者は数多く、被災地復興の原動力になるエネルギーが失われている部分も大きい。

僕が財務大臣なら、債権買い取りを行い、支払いを大幅に軽減させ、被災地における信用保証率を現行の80%から100%に引き上げ、緊急輸血措置で被災地に10兆円規模で投入するけどなぁ。

デフォルト率は5%ぐらいのはず。

お金で困る人達が多いのは金融の仕組みの問題。

仕組み変えてマネージメントするのが国や地方行政の役割と責任なんやけどね。
とまぁ色んな事考えながら陸前高田へ。

陸前高田で保育園に配るためのX'masプレゼントの仕分け。

結構時間かかった。

気仙沼にいるメンバーが応援に駆け付けてくれた。

久しぶりに顔みたらやっぱり仲間はいいなぁと実感。
色んな話をした。

その後仮設住宅へ。

いつもお世話になっているおばちゃんが夜9時半にも関わらずご飯を作って待ってくれていた。

おばちゃんは被災して全てを亡くした人の一人。

ご家族も家も息子さんも全て。

服も全て無くなり、なにもかも失った。

震災から9ヶ月経ったけど言えるのは今までの人生経験で苦労した事だけが役に立っていると。

「苦労は勉強以上に勉強になるからたくさん苦労してください!」と言われた。
みんな今苦労している。

「何回も死のうと思った」とおばちゃんは言う。

でも、毎月毎月、おばちゃんの家のところで上がったご遺体の遺族の方々がお花や線香をあげに来る度に、「また来ます」と言われる。
「また来るんだったら私がしっかりしないと」と思って何とか生きて来れましたと。

「人って当たり前に考えたら、人のためなら何とか頑張れるんだよね。」と。

「なのに世の中違うよね。陸前高田に来たたくさんの人々みて来て本当に被災地のために尽くしてくれる人達と、『当たり前』がわからない人達とすぐにわかるね。」と言われた。

わかる気がする。

たくさんの有志が被災地で腹を決めていろいろと頑張っている人達もたくさんいる。

でも被災地に来て何もせずピースサインして写真撮って「私は被災地貢献しています」アピールだけして帰る政治家をはじめ、本当に被災地のために動いているのではなく、私利私欲で来ている輩も数多くいる。

おばちゃんと話して理想の当たり前社会小さな事からやって行きましょう!と話した。

構想だが、薬局の横に当たり前な事当たり前にやる場所提供しようかと。

薬局の裏に畑作って、畑で無農薬で育てた野菜とってきて、そこでみんなで野菜の事理解してみんなで食べて。

親を敬い、子供を愛し、苦労は買ってでもして、みんなで分かち合う。

独居高齢者の方々、淋しく暮らすおじいちゃん。

家族を亡くされた方々。

親を亡くした子供達。

そんな人達と一緒に正しい規律を教えながらあるべき姿で支え合う場所。

理想の追求だが、みんな笑顔になれる場所。

おばちゃんにいろいろと教えてもらいながら、やって行こうかと。

畑と調理器具さえ揃えたら何とでもなるなぁ。

ということで案を練って年明けには実行しよう。

いろいろと話をしていたら12時をこえた。

印鑑を旅館のメンバーに渡し、従業員を大船渡まで送った。

大船渡先程出発。

途中陸前高田でキツネと遭遇。

一匹ずつ二回遭遇。

「フォー」って鳴きよる。

市庁舎越えたあたりからループ橋に行くまでに3匹のタヌキが交通事故で死んでた。

夜道は大変危険。

それでなくても雪やわ路面凍結ひどいわで。

今から無謀な一関越え。

明日のアポイントに間に合うように東京に戻れるのだろうか。

めちゃくちゃゆっくり走っている。

2011年12月22日 (木)

今日も長い一日

今日も長い一日
今日も長い一日
長い一日が終了。

ミーティングが今終わる。
今後の被災地復興をどうしていくかなど具体的な話を一つ一つすりあわせ。

陸前高田の鈴木旅館の四畳半の一室でする話か?と思いながら熱く語り合った。
僕らはみんなに言われる。
「なんでそんなに一生懸命になれるの?」と。

僕らの答えは一致。

何故なら、この被災地を復興させないと日本が再生しないからだ。

被災地は目に見えて被災している。

でも東京や大阪は目に見えない形でこの五年間経済的に壊滅的打撃を受け、とんでもない実害を受けている。

生活保護者の数は何十万人にも増え、何百万社も倒産し、危機的状況の中であるにも関わらず、モラルを失った中央政府が腐った行政で増税のプロパガンダをはり、一時的な私利私欲のために国民全体が苦しめられる構図に全国的になっている。

平時では通常モードの人達は文句言うだけで留まってしまい、何も動かない。

そこに3月11日がやってきた。

被災地ではたくさんの命が犠牲になり、街は壊滅した。

被災地の経済は困窮し続ける。

目に見えて危機的状況。

たくさんの命に報いるためにも、この被災地を日本のモデル地区にしなければならない。

日本再生の大きな鍵が被災地の復興。

「みんなで支えて行こう!」や、「みんなで助け合って行こう!」という本来の日本が持っている強味もここでは発揮出来る。

被災地が地方都市再生のモデルになれば全国各地の疲弊した地方都市に前例として手本を見せることが出来る。

大阪の橋下市長には疲弊した大型都市の再生モデルを作って頂きたい。

僕らは小さな地方都市の再生モデルを作り上げる。

それは確実に未来の日本再生に結び付く。

てな大それた話を無精髭はやしながら寝癖満開の髪で四畳半の部屋であーだこーだ。

アホですわ。

気が付くと雪。

夜道アイスクリームを買い出しにコンビニに車を走らせるが、真っ暗な上、前見えないぐらいの雪。

文字通りホワイトクリスマスになりそう。

明日は保育園にクリスマスプレゼント配り。

まだまだまだまだ頑張れる。

しかし雪凄いなぁ。

2011年12月21日 (水)

えっちらおっちら

月曜日からそうだが朝から電話がなりやまずいつもお昼になる。

バッテリー切れが著しい。
気付いたらメールの山。

しかし陸前高田と大船渡の往復は多分僕一番してるんちゃうかな。

あ、東京との往復もかな。
誰か東京と被災地を101回以上往復してる人いたら教えて下さい。

今日電話があり、石巻市の医療福祉再生協議会に参加することになりました。

重大な責務果たして行きます!

患者中心、被災者中心の医療再生。

出来るように頑張ります。

1月パネルディスカッション参加!

1月7日に友人の紹介でパネルディスカッションに参加することになりました。
被災地の現状をお伝えいたしますので是非足をお運び下さい。

何卒よろしくお願い申し上げます。

以下詳細です!

日時:2012年1月7日(土)13:30開場 14:00開演

場所:武蔵野プレイス
JR武蔵境駅南口 徒歩1分 http:// www.musashino.or.jp/place.ht ml
会費:500円
※収益は諸経費を除く全額を東日本大震災の支援金としてハーティネットとうわに寄付します。

作品:『2011年3月18日』
監督:アニアス・ワイルダー/日本/2011/日本語、英語/34分
内容:3.11、岩手県釜石の沿岸部を襲った津波、行方不明の友人を探す旅。


当日は監督であるアニアス・ワイルダーさん
主演の小原ナオ子さんもご来場予定です!

上映後はパネルディスカッションを行います。
パネリストは澤田由佳子さんと富山泰庸さんです。
以下は当日お配りするリーフレットに載せる紹介文です。

■澤田由佳子さん
澤田由佳子さんは3.11の津波で被災された釜石市民です。
監督夫妻とは非常に親しい友達で、大好きなお酒を飲む仲間です。
映像でもご覧いただいたとおり、お父様が行方不明となりましたが、3週間後にご遺体で発見されました。
ご自宅が全壊するなど、被災者でありながら、釜石市職員として今日までその復興に取り組まれて来ました。
多くの思いが過る中、市職員として、同時に個人として、これまでの支援受入れ及び復興活動について、
また、現在の被災者の気持ちに触れていただき、今、何が必要とされているのかを考えたいと思います。

■富山泰庸さん 特定非営利活動法人ロッツ代表
LOTS災害支援プロジェクトは、東北地方(一般に被災地と呼ばれる地域)を中心に活動しています。
東北で暮らす人たちがほんの少しでも元気になれるように、復興に向かう東北をほんの少しでも応援できるように
現地の意思に寄り添いながら現地の人たちや他の支援団体と協力し合いながら、活動を続けています。
物資支援をはじめとし、地域支援やイベント活動を通して被災地の方々の生きる日々の元気と楽しむをサポートしています。
http://lots-ss.jp/action/

上映会ではNGOチーム3ミニッツの『笑顔の展覧会』(Tシャツ型画用紙に応援メッセージを描き展示する)
に参加させていただけることになりました。今回お寄せいただくメッセージは、
2012年3月11日に被災沿岸部約20カ所を結んで開催される『三陸・笑顔の展覧会』に展示いただける予定です。
http://t3m.jp/

その他、協力団体のパネル展示やパンフレット配布をはじめ
寒い中ご来場いただける方にあったかくなってほしいという気持ちから
メンバーであり「ぎゅっとGOOD ACTION」の名付け親しばっちプロデュースによる
風評被害で売れなくなったリンゴジュースを温めて提供する「ほっとリンゴ」サーブもございます。
(数に限りがございます)

また、会場の収容人数を考え、せっかく来てくれる方にゆっくりゆったりとご覧いただきたいという気持ちから
プライオリティーシーティング(事前予約優先)でご案内したいと思います。
もちろん空席があれば当日でも観覧可能です。

ご来場がお決まりの方は、お名前(フルネーム)と人数、連絡先を
以下のメールアドレスまでお送りください。いただいたメールアドレスへ整理番号お送りいたします。
当日は受付でお名前と整理番号をお知らせください。
gyutto_good_action@yahoo.co.jp

今回は全部手作りの会になります。
お見苦しい点や拙い部分など多々あるかと思いますが、はじめのはじめの一歩です。

どうかよろしくお願いします。

田中裕子

【物資】石巻旅館備品資金募集と呼び掛け協力求!

皆様にはいつもお力添え頂き感謝しています。

現在石巻で旅館が再開しようとしています。

あともう少しのお力添えで再開出来ます。

詳細は以下メンバーからのメールを転載いたしますのでご確認下さい。

本当にいつもありがとうございます。

メール転載内容。

石巻湾近くの旅館があと少しで、再開できます。

一度は再開を諦めた旅館ですが、ボランティアの方のお力添えや皆さんの協力であと少しまできました。

もし可能であれば以下物資お力添えお願い申し上げます!
カーペット8畳用三枚
カーテン一間分×12枚
カーペットもカーテンもクリーニング【ホームでよいです。】済であれば中古可です。

また、テレビを12部屋分必要です。こちらは知り合いに見積もりをとりましたら、19inchが一番安く、国内メーカーでないと長持しないとアドバイスを貰いました。

こちらの購入資金
2万×12台分=24万をどうにか集めたいとおもいます!【送料、税込み】です。

これが揃えば、サッシの修理完了で再開ができます。
どうか、皆さん呼び掛けのご協力をお願いいたします。


振り込み先口座は

郵便口座
記号10070
番号99662021
オシカノウミヲミライヘプロジェクト

郵貯銀行
店番(支店名)008(ゼロゼロハチ)
口座番号 9966202
オシカノウミヲミライヘプロジェクト

宛てです。一円からで大丈夫です。これが揃うと完全に不安がなくなります!ご協力お願いいたします。

旅館のこれまでは

http://ameblo.jp/saramama2010/entry-11105689086.html
に記載してあります。


物資お力添え頂ける方は富山までご連絡下さい!

gammon@kitanet.ne.jp

皆様いつも本当にありがとうございます!

【気仙沼】子供集会所みなみまちc adoccoお披露目会報告と商店街オープンのお知らせとまだまだ募集

気仙沼の南町復興商店街いよいよ開店間近です!
 
クリスマスイヴに是非訪れてみて下さい!
 
いろいろと告知させて頂きます!
 
以下、気仙沼復興商店街をずっとサポートしているメンバーからのメールです。
転載いたします。
 
18日(日)は、子供集会所【みなみまちcadocco】お披露目会が無事終了いたしました。
 
気仙沼小と南気仙沼小の合同ブラスバンドの演奏や八幡太鼓の他、クラフトなどもあり、子供達が思っていたよりもたくさん集まり、笑顔をいっぱい見せてくれました。
 
復興商店街の大人たちが、遊び場をなくした子供達のためにと、商店街と同時進行で計画していたスペースです。
 
商店街オープンのクリスマスには横浜の小さな男の子がサンタクロースにお願いしてくれたプレゼントも配られる予定。
 
横浜の小さな男の子がサンタクロースになったわけで。
 
新年からも凧揚げやギター体験教室などのイベントも目白押し。
 
閉じこもりがちになる寒い冬だけど、ぜひ親子で人々に会いに外に足を運ぶきっかけになってくれればと願います。
 
続いて、4日後にオープンを控えた気仙沼復興商店街。
 
毎日打ち合わせと準備でみなさん大忙しの日々を過ごされています。
 
LOTSからイベント用に、イベント広場用のテーブルと椅子のセットを20セット送らさせていただいてます。訪れる人々の憩いの場になればと思います。
 
 
野菜を売りたいおばちゃまたちのための5.5m×2.6mサイズのコンテナは引き続き探します。
 
おばちゃまたち、とりあえず風の吹き抜けるテントでお店開始です。
 
 
オープニングイベントのボランティアや人の手配は整ったそうです。
 
前夜に東工大の学生さん達によるクリスマスツリーとイルミネーションの設置もあり。
 
東大生、猪苗代病院ボランティア以来、毎週商店街のために手をかしてくださいました。
 
今日お願いしたいのは、オープニングイベントの特派員。
 
お願いするのは、写真と数人へのインタビュー!
 
LOTSを通して商店街をご支援くださった方々にお礼も兼ねて報告できれば、と考えています。
 
気仙沼南町復興商店街の宣伝させて頂きます!
 
日本一大きなの仮設商店街、地域の人々が地域の人々のために街をおこした商店街です。(実はその非営利事業運営の例、あまり多くないんです)。
 
気仙沼南町の熱い思いに打たれて、今や支援者や団体は全国各地…どころか世界のいたるところから、なのですが。
 
LOTSで気にかけてくださった皆さんひとりひとりも、ご縁があった大事な人の一人です。
 
これから仮設店舗生活が続く2年半とその先まで、長い目での応援よろしくお願いします。
 
12月24日(土)
9:30   オープニングプレゼント(先着100名)
10:00   開会(八幡太鼓、弁天連)
10:30   開会あいさつ 村上会長
     来賓あいさつ(小野寺五典議員、菅原市長、中小機構他)
11:00   開会宣言(テープカット)
     カトリック幼稚園による風船飛ばし
11:30   ファイト新聞レプリカ授与(cadocco)
13:30・・・・・・・・・ 安田智彦&ビッグバンド
15:00   お店紹介
16:30   ゴンザ&フレンズ(ゴスペル)
17:00   東工大猿渡研究室 映像上映 19時まで
特設テント
13:00〜15:30 フライパンダによる巨大カステラ作り
12月25日(日)
10:00   オープニングプレゼント
11:00   SCK45(気仙沼版AKB…とでもいいましょうか…)
     子供向けイベント屋台 〜15時 
11:30   シャカリキ
12:00   お店紹介
13:00   フォークソングライブ
     オープニングプレゼント2
16:00   会場閉鎖(予定)
特設テント
13:00〜15:30 フライパンダによる巨大カステラ作り
今日はここまで。
 
皆さんクリスマスは気仙沼へ是非!
 

2011年12月20日 (火)

さむっ

さむっ
こら道も凍るわ。

計算ミス

計算ミス
しまった。

一関が雪という情報が入ったので仙台南から石巻抜けて南三陸町を通り沿岸部を走るようにルートを遠回りさせた。

が、しかーっし!

南三陸町路面アホみたいに凍結してる。

うっすら凍結て一番滑りやすいやんけ!

でも僕はオモシロ芸人。

滑らない運転方法を知っている。

単なる安全運転ですが。

いやー、安全な方行ったら滑るとき多いんやけどなぁー(*_*)

そう言えばタイムショック

そう言えばタイムショック
先々週そういえばタイムショックの収録があった。

blogにアップしたものと思っていたけど何故か未送信ボックスに。

収録は年末特番だけあってとんでもない一流芸能人ばかり。

クイズがどうだったかはオンエアを見て頂くとして、収録中気付いたことがある。

自分が回答する番の時、一番アップになる時に黒いホコリみたいなのが左の鼻の穴に入っていた。

気づかなかった。

下手したら、アップで鼻毛出てるみたいに映っている可能性がある。

ヤバイ。これはマズイ。

かなり動揺した。

緊張の上動揺。

冷静になろうとする程めちゃくちゃ緊張した。

しかし、有り難かったのが菊川怜さん。

とても優しくいろいろと話しかけて頂いた。

緊張はだいぶ和らいだ。

有り難かったなぁ。

実物テレビよりめっちゃ綺麗す!

菊川怜さんに注目してください!

パックのご飯

今日一人の被災者の方からお電話頂きました。

おばあちゃんなんですが、被災され家のリフォームでローン組んだとたん旦那さんが亡くなられ。

気丈に振る舞ってはおられますが年金受給金額とローン支払いでは採算が合わずで。

家には誰もいなくて全てを失った脱力感から食が進まず・・。

ご飯を一人前で焚くというのもむなしいそうです。

いろいろとお話聞いていたらパックのご飯なら簡単に食べたい時に食べられるとおっしゃっていました。

変なニーズだと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、わずかなきっかけ探って持って行くという口実で元気付けてあげれたらと勝手な僕のわがまます。
実は前から思っていたのですが、独居高齢者は一人分のご飯を作るのはかなりむなしいそうで。

パックのご飯そのものと言うか、「良い口実」でお一人住まいのご高齢者を訪問出来ると思います。

もしお力添え頂ける方がいらっしゃいましたら是非富山までご連絡下さい!

gammon@kitanet.ne.jp

送り先はいつもの通り陸前高田のとうごう薬局なんすけどね。

本当にいつも皆様のご支援で成り立っています!

心より暑く御礼申し上げます。

やっぱり

夜の東北自動車道はあきまへん。

那須高原あたりからちらついてきたけど、福島全域で雪降りよる。

途中ふぶいたりして。

路面は濡れてたり雪うっすらかかってたり路面凍結には最高のコンディション。
舞台でさんざん滑って来たんや。

東北自動車道では滑らないようにせな。

現在福島西。

「走行注意ユキ」のサイン。
制限速度50キロ。

下道か!

2011年12月19日 (月)

被災地復興の特効薬

被災地復興の特効薬
筑波大学名誉教授の宍戸先生と産経新聞金融アナリストの田村先生と会談。

日本再生には積極財政の財政政策を金融政策と両輪で回せば三年で自然増収すると言う理論。

経済学的には教科書通りの当たり前のマクロ経済理論。

日銀がアメリカの短期国債を100兆円規模で市中の銀行から買い、市中の銀行に入った100兆円のキャッシュで国の長期国債を買ってもらう。

短期国債の長期化と言う策。

また経済政策として地域クラスターの開発や健康体を多く作る予防医療産業の拡大や航空機産業の育成やメタンハイドレートの採掘などの天然資源開発をすれば三年で財政が黒字転換する。

この小規模バージョンを被災地でやればいい。

ただ、恐らく産業政策などは実行する役人が鍵になるので壁は大きい。

ならいっそのこと時限立法あるいは特区で法人税無料にしたらいい。

多分それだけであとは無策でも東北被災地は復興する。

とにかく復興の足掛かり何でもやらな。

何もせんと安易に増税路線を不退転の決意で!なんて言うてるどじょうは必ず早くに干からびる。

医療特区

その後被災地医療特区構想のミーティング。

国会議員や省庁や各地域有力者はある程度方向性にコンセンサスを得た。

あとは地方行政と各団体。
時代の潮流と世の中のニーズです。

何人たりとも止めることは出来ないでしょう。

まぁとにかくやります。

ミーティング終了後さっさと荷物まとめて被災地に向け出発。

今週中にやらなあかんこと山盛りですよマジで。

プレーヤーもブレインも全て揃っている。

あとは行政との連携のみ。
しかしここが大変です。

被災地の水産業の復興

非常に重要な議題だ。

被災地復興の鍵中の鍵。

水産業の権威である小松先生と会談。

非常にシンプル。

漁業は国際的に強くしなければならないので、ある程度の自由化は必須。

現状課題に対しての処方箋は明確。

しかし既得権益を持つ漁協が反対する。

漁協は政治的集票力があるため政治家は動けない。

もちろん役所も。

しかし動かなければ漁業は自ずと衰退する。

何故なら後継ぎがいないからだ。

今の漁業復興だけ近視眼的に見ていると主力産業である漁業は衰退の一途をたどる。

自由化をして漁業にビジネスチャンスがあることを周知しないと永続的な漁業の繁栄はなしえない。

実はみんながわかっていること。

誰もやらない。

責任を一手に背負って実行するリーダーがいないからだ。

腹決めて命懸けて復興を考える人のみが正論を普通に言うことが出来る。

逆説的に言うと漁業の復興にメスを真剣に入れていかない漁業従事者は結局「復興」という名を振りかざした利己主義な人であり、腹を決めて漁業復興に着手しない政治家は責任感のない、復興に着手できない、腹の座っていない用無しヘタレだと言える。

東京に戻って

土曜日は会合、日曜日は講演と、準備に翻弄した。

今日もミーティングに次ぐミーティング。

特記すべき事項としては、被災地に食品産業クラスターをおいて産業活性化を狙っていくことを推進していく。

被災地に特化した産業育成と言うよりかは、国家戦略としての産業クラスターの育成。

元法政大学総長の清成先生を中心に進めて行く。

被災地に産業が出来て雇用がどんどん産まれていけばいいなぁ。

2011年12月18日 (日)

大槌町民宿再生支援のお願い

岩手県大槌町は今回の被災で一番壊滅的被害を受けた町です。

その後も町長が津波で亡くなられたのもあって行政は混乱し、町の再建のめどが一切立っていないと言っても過言ではありません。

そんな中、一階部分が全壊になり、素晴らしい砂浜も地盤沈下でなくなってしまったので観光資源もなくなってしまってはいますが、何とか立ち上がろうとしている民宿があります。

少しでもお力添え頂ければ幸いです。

以下ニーズ詳細です。

大槌町の民宿が、いまリフォームをして今年中にはリフォーム終了、来年1月から正式に民宿業再開されます!!

一階全て津波被害があり、
消防士の息子さんが目の前で流されていくのを目の当たりにされながら、まわりの方々と共に頑張ってこられたおじちゃんが、奥様と一緒に再スタートをきられます。

民宿業再開にあたり、必要な調理器具をご協力いただけると有り難いです。

〈ニーズ〉
・厚手の大きな鍋2つ(煮魚等ができる、両手45cm位の大きめのもの)
・大きめまな板3つ
・包丁3つ

まだ揃えられていない器具で、お話の中で汲み取ったニーズです。
ご協力いただけると有り難いです。
よろしくお願いいたします。

2011年12月17日 (土)

東北自動車道路面凍結

岩手の一関も積雪ですが、一関から福島阿武隈までずっと路面は滑りやすいコンディションです。

今日移動される方は本当ご注意下さい!

安全運転で!

雪のループ橋

雪のループ橋
雪のループ橋
陸前高田の名所?の一つループ橋。

すっかり雪化粧。

大船渡で用事済ませて東京に戻る途中。

東京でのアポイントが間に合わない・・。

福島の子供の被曝で初公判

福島の子供の被曝で初公判
47Newsのニュース。

福島県郡山市の児童と生徒14人が低線量地域に疎開を求めた裁判で、福島地裁郡山支部清水裁判長は16日、「生命身体に切迫した危険性があるとは認められない」と申し立てを却下。
子供達が別の場所で安心して教育受けたい言うたんやけど。

清水裁判長、あんたの息子がそう言うたらどうすんねん!?

「生命身体に切迫した危険性があるとは認められない」言うんかな?

どんな大人やねん。

何保身しとんねん。

判例なき判決ちゃんとモラル持ってやらんかい!

何のための法治国家や。

そもそも法律の解釈間違えて勉強しとる。

単なる論理的思考能力の遊びになっとる。

道徳や大儀なき法の解釈は意味ない。

陸前高田仮設住宅にて

陸前高田に戻り、薬局で用事を済ませたあと、仮設住宅に食事に呼ばれた。

仮設住宅でもそうだが市営住宅や被災しなくても職を失った方々が多く、布団がなく日用品さえも買えずにいる人達がいると。

物資を持って行ったら涙を流して感謝された。

震災直後もそうだが、要は情報の入って来ないところほど生活は困窮している。
どこまで情報の根をはれるか。

必要な方に必要な支援を。
個々状況や環境も違うからなかなか難しい。

しかしながら本当に困窮して先が見えず困り果てて希望がもてなくなり、思いつめている人達は少なくない。

なんでこんな状況をメディアはどっこも報道せーへんのや!

微力ながら訴え続けないといけない。

被災地は復興の「ふ」の字もない。

スタートラインにも立てていない。

完全失業。

こんな経済先進国であるかな。

なら東北で、まぁ東京でも名古屋でも大阪でもどこでもいいけど奮起して頑張らんと。

日本人全員が政治も経済も働いてる会社も家族も自分もおもいっきりえー方向に変える努力したら一瞬で良くなる。

むなしいかなそんなことは起きないのだが。

世の常。

足りないのは情報の優先順位つけることと判断する力。

あと責任とる覚悟と行動力。

何もせんと変わらない毎日過ごすということはこの国が沈むのに加担する側にまわるということがわかれば何か動くはずやねんけど。

みんなが全体のこと考えて何すべきかわかって行動したらえーだけ。

保身と私利私欲だけが壁になるが、んなもん取っ払える。

本気やったら。

仮設住宅でご飯食べながら被災地の困窮した暮らしを聞いていたら色んなこと考えてもうた。

でもせちがらいかな、世の中のこと言うてても始まらない。

先ずは自分が変わらないと。

もっとやれることはある。
余力はまだまだある。

ただ被災地復興は並大抵の力では成し遂げれない。

非力感満開になるが目の前のこと一歩ずつ。

復興に繋がると信じてやっていくしかないですわ。

うわっ雪降ってる。

滑りやすい路面を超安全運転しながら未だに陸前高田から大船渡へ向かう。

しょうもない忘れ物や。

名刺やからなかったら困るで、これまた取りに行かないとあかん。

しばらくしたらまた陸前高田。

マジ何しとんねん。

2011年12月16日 (金)

クリスマスツリー

クリスマスツリー
陸前高田の仮設住宅脇にクリスマスツリー。

東京や大阪にあるめちゃくちゃ綺麗にデコレーションされたクリスマスツリーとは違って手作り感満載。

でもこのクリスマスツリー見るだけで人の思いやりや温かさが伝わって来る。

被災地にあるクリスマスツリーはどこもかしこも世界一だと思う。

【人員急募】石巻金華山復旧作業お手伝い急募

ボランティア大募集!

もしお力お貸し頂けるなら是非お願いします!

初詣は一年を気持ち良くスタート出来る最初の行事です!

皆様のお力添え何卒よろしくお願い申し上げます。

以下詳細です。

【金華山初詣には間に合わせるぞ大作戦!!】←勝手にネーミング。

以下大急募!!です

★日時12/19.20.21(平日です)。
★募集人員:沢山。
★仕切り:大原浜災害対策本部に拠点を置く、「絆プロジェクト」。
★作業:金華山参道の仮復旧工事及び黄金山神社内事務作業&炊き出し。
★工事作業の他に初詣までに準備するものの手伝い及び作業員&在中者用炊き出しです。女性や年配者用の作業もあります。

現地に泊になります。できましたら寝袋を持参ください。

室内での宿泊です。

★連絡先:一旦担当松野が受けて、担当とつなぎます(寝袋の有無の確認もありますので)。
 
mieko_matsuno@yahoo.co.jp

連絡の取りやすい連絡先と時間と人員を明記ください。

★これに伴い、以下の物資のご協力もお願いしたいです。

1:寝袋(洗濯済ならば中古可)x10。

2:レトルトカレーやインスタント麺&カップラーメン。

カップスープ等各100食位。

用途-寝袋は寝袋を持参できないが、手伝いに来たいボランティアの方用。

食品は、これから黄金山神社に正月まで常駐する現地の方用。

離島の為、生鮮食品等購入が難しく保存の利くものが大量に必要の為。

こちらの物資の送り先は、

宮城県石巻市大原浜16
大原浜災害対策本部 
奥田気付け

090-2918-5915

★また、三連休のお手伝いも可能の方がいましたらこちらもあわせてご連絡ください。

金華山は牡鹿の皆の守り神で、心のよりどころです。
初詣にいけるかいけないか?は、心の中でとても重要なものとなります。

また、これを期に金華山への渡航が、鮎川からできるようになれば、観光桟橋の復旧も急がれるでしょうし小さな町の主産業である、観光の復興の第一歩となります。

皆様何卒よろしくお願い申し上げます!

大船渡

大船渡
大船渡
大船渡
大船渡
大船渡
大船渡に到着。

被災して地盤沈下して冠水区域になっているところ。
そこがプレハブの建設ラッシュ。

商業施設だからいいのかな。

防災の観点から考えてかさ上げは十分とは言えなさそうだがどうなんだろう。

高台移転に伴う土地の交換はどうなっているんだろう?

進む店舗開発。

復興に向かうには良いことなんだろう・・か。

悲劇を二度と起こさないための街づくり。

国も県も市町村もどこもビジョンを掲げることも責任を持ってイニシアチブを取ることもしてこれなかった。

民が立ち上がるしかない時期に来ているのも確か。

どこの被災地も自分の被災した土地はどうなるのか?という復旧復興の根幹部分は置き去りのままで棚上げ状態。

遅れた復興計画、生業のビジョンなき復興計画、被災地の生活再建の目線が抜け落ちた復興計画の代償は大きい。

向こう五年、防潮堤が出来るまでの間、大地震と大津波が来ないことをただただ願うばかりだ。

陸前高田産業振興協議会

今日陸前高田のとうごう薬局に八木澤商店の河野会長、高田自動車学校の田村社長、なつかしい未来想像の町野副社長がお越しになられて、陸前高田の産業振興を共にやって行きましょうというお話を頂いた。

有り難くお受けさせて頂いた。

民間の力主導でやらないと動いていかない部分が多々ある。

先ずは自ら動いていかないとお役に立てない。

色んなお力合わせて復興出来るようにしないと。

優しい気持ち

メンバーから一通のメール。

横浜に住む一人のお子さんがサンタクロースに「クリスマスプレゼントを被災地の子供達に送ってほしい」と願ったそうです。

クリスマスと言えば、年に一回子供が自分のプレゼントを楽しみにするもの。

でも他の人達を幸せにすることを願ったそうです。

日本人のあるべき姿。

美味しいものはみんなと分け合う。

楽しいことはみんなと一緒に。

辛いことは分かち合う。

勉強になりました!

メンバーからのメール転載いたします。

昨日、大船渡と気仙沼にステキなプレゼントが届きました。箱一杯に詰められた小さなおもちゃとお菓子のセットです。

横浜から届いたこの贈り物は、とあるお母さんが送ってくれたものです。でもプレゼントの発案者はなんと3歳の息子さん!

お母さんが「サンタさんに何を頼むの?」と聞いたところ、息子さんが「東北のおともだちにもプレゼントを持って行ってください!ってたのむの」と答えてくれたそうで……それを聞いたお母さんが、その子の夢を叶えるために、今回のプレゼントを用意し、さらに私たちの団体に「お届けをお願いできますか?」とご連絡をくださいました。

連絡を受けた私たちも、早速、子どもたちが集まるスペースを送り先としてお伝えしながら「横浜に心のやさしい子がいることを知ってサンタがとてもよろこんでいる、とお子さまに伝えて」とメッセージ。それを聞いた息子さん、ちょっと恥ずかしそうにしながらとても喜んでいたそうです。(彼の中で、お母さんはサンタとメールをしていて、プレゼントはサンタの活動拠点に送ったことになっています)

さらにその後、お母さんから届いたメッセージがこちら。

「本日息子と発送しに行くと、満足感いっぱいの頼もしい笑顔で『あ〜、よかった』と言っていました。この度は、LOTS様のおかげで、息子の成長を感じさせていただくことができました。プレゼントを贈るつもりが、私も息子も少し早いクリスマスプレゼントをもらったような気がしています」

こちらこそ、とても幸せな気持ちをいただきました。対応スタッフだった私もやりとりの間ずっとニコニコしっぱなしでしたし、荷物を受け取った現場スタッフからも「ハッピーな気持ちでいっぱい。必ず子どもたちに届けます!」との声があがっていました。

サンタに夢を託してくれたかわいい息子さんと、その夢をカタチにしてくれた行動力あふれるお母さんに心から感謝です。

ステキな贈り物と心あたたまる物語をありがとうございました!

2011年12月15日 (木)

メンバーからの活動報告

日々いろんな方々が支援活動に尽力しています。

本当に有り難い限りで。

活動報告転載いたします。

物資配達の活動報告

9:00 とうごう薬局開店準備と共に、愛知からのトラック物資搬入の為教室部分の整理。

10時前に「第一回陸前高田市ネットワーク連絡会」に参加。

同 とうごう薬局に愛知からの物資125箱分10トントラックにて搬入
⇒Yさん親子、Nさん、Sさん、Sさんのお知り合い2名、ドライバーのS原さん。

10:10 文化放送「くにまるジャパン」に富山さん生出演、現地からのレポート役で電話出演。

11:30 連絡会終了。連絡会には同市で活動する約70団体が集まり、顔合わせと自己紹介をしてきました。

12:30 唐桑倉庫の搬入に合流。

沢山の方々の応援により、手降ろしで大量の大人用、子供用おむつ、粉ミルク、ブルーシート、布団セット。

ほぼ一時間かけて完了。

14:00 気仙沼市の紫会館に残りの結露取りワイパーを配達。

14:30 気仙沼市切通にストーブ等の残りを配達。

Oさんとミーティング。

五右衛門ヶ原仮設へ私用の物資を配達(知り合いのヘルパーさんのお父様)。

16:00 陸前高田市へ戻る。

倉庫の整理をしつつ、いつもお世話になっている仮設のおばちゃんにごあいさつし南三陸経由で帰路へ。

今回も、物資を運びつつ多くの仮設を回ってきましたが、やはり寒さ対策が宮城では遅れている印象です。
戸倉仮設では、防風対策工事をいまだにやっていました。

また、日陰になる小規模な仮設では窓の結露だけでなく、風除室の天井などにも結露がでてしまい、それらがしたたり落ちて床の木の部分に黴が出てきているところもありました。

街の状況も、南三陸は未だに瓦礫撤去が出来ない地区もあるようです。


気仙沼では道路のかさ上げと舗装が結構進んでいました。フェリー乗り場周辺も舗装されており、冠水か所は無かったと思います。

陸前高田は道路の街灯設地工事でしょうか、薬局前も少し明るくなりました。

あちこちでプレハブの建物が出来ていたり、鈴木旅館側では鉄筋コンクリートの建物が工事中でした。

矢作から気仙町へ向かう川沿いでは浄水施設のようなものができています。

ただ、気仙町へのアクセスはやはりまだ不便ですね。
商店も無い。買い物大変です。

帰路では、道路の温度表示がマイナス2℃まで下がっていました。

路面状況が良かったので無事でしたが、今後はまだまだ気温も下がります。

皆さんも往復の際は早めの出発を心掛けて、夜間の移動はなるべく避けた方が良いでしょう。

以上、簡単ではありますが報告といたします。

首都高北上

ご飯食べて荷物積めて出発。

首都高北上中。

やることは山盛りやけど時間足りないなぁ。

一個ずつ一個ずつ。

着実に進めて行こう。

JOOKYニュース

携帯コンテンツで今日起きるニュースに対してコメントするJOOKYニュースに出演することに。

僕は正面から政治や経済に切り込んで行きます!

1月ぐらいから配信予定。
その都度ご報告いたします!

今新宿からの帰り道。

届いている物資車に積めて出発します!

愛知県からの大量物資到着!!

愛知県からの大量物資到着!!
愛知県からの大量物資到着!!

愛知県から大量の物資が薬局に到着いたしました。
 
通常は行政の理論で一民間団体に一切物資を届けてもらえないのですが、信用して頂き送って頂きました。
有り難いお話です。
 
困っている人達がいると訴えても普通は役所では「立場がある」や「責任を取れない」や「何故その団体に?」などあーだこーだが通常。
様々な「お蔭様」がいらっしゃったはず。
 
頭が下がります。
 
何よりうちのメンバー。
 
交渉から手配から分配先のニーズ聞き取りと集約。
 
現地に行って荷下ろしから配送。
 
みんな自分の仕事は一生懸命やった上での空いた時間を使っての尽力。
 
とんでもない労力。
 
素晴らしい仲間と一緒に支援活動出来ることにこの上ない感謝を申し上げます。
皆様本当にありがとうございます。
 
 
荷物は崩れ落ちてきました!!  
 
4トン車ではなく10トン車でした。
 
 

2011年12月14日 (水)

パーティー参加

パーティー参加
はじめて政治家のパーティーに参加した。

藤田財務副大臣にお呼ばれ。

有り難いお話。

復興大臣、財務大臣、テレビコメンテーター、幹事長、などなど。

せっかくなんで勝手に繋がった。

特に医師会会長はいろいろとお力お貸し頂けると。

本当に素晴らしい機会を頂き有り難いお話だ。

復興にはたくさんの方々の力が必要。

本当にこれからが勝負だ。

神保町にて

勉強会に参加。

アサヒビール中條名誉会長のお話を聴きに行った。

日本は利己主義ではなく利他を徹底しないといけないと。

体に悪い添加物だらけの話から被災地の支援の実情までいろいろと勉強になった。

今被災地に必要なのは夢と希望。

関東大震災では復興計画は三日で出た。

阪神大震災は一ヶ月で出た。

東日本大震災はいまだ出ていない。

とんでもない人災。

ゴールのわからないマラソンはしんどいでしょう。

あとは子供達に夢を。

トップアスリートの方々を連れて行けるように手配出来そうだ。

Eテレ収録終了

Eテレ収録終了
Eテレ(NHK教育)「テストの花道」の収録終了。


さすがNHK。

朝早い。

正月元旦の放送。

あ〜。

有り難いなぁ。

2011年12月13日 (火)

平塚亭のお団子

平塚亭のお団子
平塚亭のお団子
協議の後、平塚亭のお団子を買った。

家のすぐ近く。

最近ドラマで平塚亭のお団子が取り上げられているので、久々に食べたくなった。

前々から思っていた。

ここの団子は本当においしいんだ。

あと、赤飯もかなりおいしいよ。

除染作業

文化放送終了後、進まない除染作業と安全な除染作業とその薬品等について様々協議した。

一番良いものを選定して実行していく必要性がある。

福島はもとより、瓦礫に付着した放射性物質を除染しないと瓦礫を動かす事はできない。

協議の結果、良い体制を構築できそうだ。 

もう少し内容を煮詰めてみよう。

文化放送出演

文化放送に出演。

多くの方々にいつもご支援いただけるきっかけになっている。

本当に文化放送さまさまさまです。

また、いつも長期に渡って、継続的にご支援していただいている方々、本当にありがとうございます。

今日の文化放送では、物資送付先の問い合わせ先がわからなかったかもしれません。

お問い合わせはホームページのhttp://lots-ss.jp/の「お問い合わせ」のフォームに入っていただければ幸いです。 

陸前高田の薬局の電話番号は、物資送付の際に電話番号を書き込むために必要な番号として文化放送さまのページに掲載されていますが、薬局機能としての電話番号ですので問い合わせ番号ではありませんので、ご了承いただければ幸いです。

事前に僕が「問い合わせ先」を明記しておけばよかったのですが、ご迷惑をおかけした方々には大変申し訳ございませんでした。

しかし文化放送では20分もお話させていただきました。

本当にスタッフの方々も親身になってご支援いただいています。

みなさま、本当にありがとうございます。

佐野ラーメン

佐野ラーメン
佐野サービスエリアで佐野ラーメン。

震災当初はどのサービスエリアも何も食べれなかったんやけどなぁ。

ラーメン一杯でも有り難い話。

あ、今日はじめてあったかいの食べるけど、あ、昨日食べてない・・。

しかしおにぎりとサンドイッチの連続はあかん。

無性に草食いたい。

文化放送出演

本日午前10時頃から文化放送に出演します。

もしご都合宜しければ是非!

2011年12月12日 (月)

陸前高田出発

今日は陸前高田と大船渡で用事を済ませ、今出発。

しかし朝から電話なりっぱなし。

着歴が消えるハプニングまで。

かけ直せてない人がいる。
あかんちゃ。

今一関に向かう道中。

ししがみ様(天然記念物のニホンカモシカ)がいた。
やべっ。雪ちらついて来た。

早く山越えないと。

でもお腹もすいてる。

良く考えたら食べてな〜い。

気仙沼で

気仙沼で
気仙沼で
気仙沼で
気仙沼で
気仙沼で
気仙沼で
気仙沼で
気仙沼で
気仙沼で
気仙沼で
朝日を迎え、いろいろとまわったが爪痕はまだまだ当初と変わらない場所が多い。

これが震災発生後9ヶ月。
被災地でないところにいる方に出来ることは、忘れないでいることだと改めて感じた。

忘れていくと・・・。

復興しないんすよ。

南三陸町−4℃

南三陸町−4℃
南三陸町−4℃
南三陸町−4℃
南三陸町−4℃
南三陸町−4℃
南三陸町−4℃
南三陸町をまわる。

全然整備進んでない。

歌津地区は行政の怠慢甚だしい。

見たわかる。

寒すぎて海から湯気上がっとる。

自然の恵みと恐さが両方垣間見える。

9ヶ月目をしのんで。

牡鹿半島

牡鹿半島
牡鹿半島
牡鹿半島
牡鹿半島
牡鹿半島に鹿ただ単に道通っただけで42匹に遭遇。これ同じ道通ってないからかなりおる。

どんなけ道に出て来とんねん。

鮎川浜から女川町まで変な道通ったからかな?

しかし牡鹿半島の道は整備されてなさすぎ。

市役所頼みますほんま。

女川町に着くと港のところは水没していた。

お線香あげてたら北海道警察に尋問された。

まぁそらそうか。

ちょっと話したら理解してくれた。

優しさからか「お疲れでしたらここで寝て行ってもいいですよ!」と言われたが、「ここ道路やし、しかも冠水区域なんで」と丁寧にお断りしておいた。

今から三陸道を北上する。
もう朝になるなぁ。

写真何のこっちゃわからなくてすみません。

石巻

石巻
石巻
石巻
震災9ヶ月。

今年ももうすぐ年末。

blogにアップするかどうか迷いましたが、だいぶ震災のニュースが無くなって来たので一応。

ご縁のある地域全部ではないですが、行ける時にとお線香あげさせてもらっています。

自然災害にどんな意味があるのかは僕には到底知る余地もありませんが、防げる人災に尽力出来るように。

やってることは何にもならない気休めだとは自分ではわかっていますが、僅かでも弔わないといけない気がしてですね・・。

牡鹿半島

鹿がおった。

笛のホイッスルみたいな音は泣き声かな。

暗くて写真撮れなかった。

2011年12月11日 (日)

どこかの国

どこかの国の話。

白くて毛むくじゃらの人達が噂していた。

その国は金で出来ていると。

ほんまかいなとえっちらおっちら。

船で行ってみたら、確かに金は豊かにあるが、それ以上にびっくりしたことがあったらしい。

人材が豊かである。

その国の人達は勤勉で、約束事は命を懸けて守り、礼儀正しく、忠義と恩義に厚く、常に私利より公利が優先され、共生の文化が発達し、子供達への道徳教育を最優先に重んじたらしい。
その国の子供達はたくさんの大人達が「宝物」として扱い、「この国の子供達は世界一幸福な子供達だ」と、白い毛むくじゃらの人達が住む国では称賛を浴びせた。

白い毛むくじゃらの人達が何よりもびっくりしたのは、その素晴らしい国の人々の価値観はお金を最重要視しない。

世の中のためになること。
この大義や名誉が全ての行動基準であり、お金は大事だがそれが最優先ではないという社会があったという。

お金で翻弄される人達が支配している国々はいとも簡単に植民地化された。

ところが、その噂の国はお金では動かなかった。

お金で売国する奴らがいないのだ。

それどころか全員一丸となって苦労して努力してあっという間に強い国になった。

「地球上にこのような国があることを人類として心から誇りに思う」と、かの有名なアインシュタインが言ったとか言わなかったとか。

いずれにしても、その噂の国は後に世界を圧巻し、名実共に世界で幸福度の高い国へと成り上がることになる。

僕はそんな国に生まれたい。

格好いいし、尊敬出来るし、誇りに思える。

その国はどこにあるのだろう?

僕の住んでる国は今めちゃくちゃ大変なことになっとる。

頭のいいとされるお国のお偉いさんは、長い間お金のために売国し、無策を行使し続け、少子高齢化の問題を棚上げし続け、お金の価値をわかることもなく、経済的な投資ではなく浪費とばらまきを続けて来た。

結果巨額の借金と生産能力が低下し続ける経済を作り、心身共に貧困な国へと成り下がって来ている。

道徳の教育を忘れ、数字で人を判断し、それが正しいのかどうかは問わないどころか、判断すら出来なくなった。

この状況下で東日本大震災。

千年に一度の大震災。

未曾有の危機。

当然ながら最優先課題なわけだ。

いろんな意味で。

ところが、この国は「復興」という名の大人の遊びをしやがる。

困ってる人がたくさんいる。

ある仮設住宅では将来に光が見えなくて自ら命を絶たれている。

昨日の話。

日々起きる悲劇の連続。

僕は今も東北自動車道を北上している。

困っている人達がたくさんいるから、こんな自分でも非力ながら出来ることがあるから向かっている。

街は津波で破壊されたままで、たくさんの人達が無職で、たくさんの人達が今まで遭遇しなかった目に見えない地獄の大魔王に怯え不安を抱き生きている。

でも偉い人達は「自分達はやっています」と言うだけで、利権が絡む部分だけ進めて、利権の絡まないところは進めない。

瓦礫撤去、仮設住宅、除染活動・・・。

復興のメインで巨額の利権。

除染活動だけで、とある大手ゼネコンの役員が言っていたが、「受注金額三ヶ月寝かしておけば利子だけで役員100人の給料儲かるんだよワッハッハ」と。

だから下請けへの支払いは伸ばすんやってさ。

困ってる人をだしに私利私欲。

天下りも天下り団体も増えるわ。

血税をあくせく回収し、一部の私腹が肥えていく。

決してみんなのためではない。

現に被災者は困窮したまんま。

次なる被害者は無知蒙昧な働いても報われることのない一般市民へ。

所得税、法人税、固定資産税、相続税、に加えて消費税と復興税の増税。

プラス破綻する年金と保険制度。

とにかくお金はむしり取られて、生活の保障はなくなる。

その変わり一部の人達の私腹は肥える。

でも、僕らの今注目の話題は特に重要なことでもなく、ゲームであり、パチンコであり、テレビドラマであり、K-POPであり、コンパであり、インターネットであーだこーだであり、いい人いないなぁであり、仕事つまんないなぁであり、給料低いなぁであり、あそこのケーキ美味しいであり。

それはそれで問題ないが、東日本大震災はよその国の出来事になっているのは駄目だ。

地下鉄サリン事件の時は、サリンで苦しんで倒れている人達の上をまたいで通り過ぎた人間がたくさんいたという。

「会社に遅れるから」と。

世の中で最も大事な「困っている人が目の前にいたら助ける」ということは、残念ながらこの国では優先されない。

それよりも自分自分だ。

御身大事で近視眼的に私利私欲を追求する人達で溢れ返っとる。

立場があるから無理とか。
通常時ならいいけど非常時に何言うとんねん。そんな立場捨ててしまえと言いたい。

9ヶ月経ってこれか。

「何にも変わってないね!ってか問題山積みのまんまやん!」と被災地を訪れた人達は口々に言う。

僕はこのままなら問題は拡大すると確信を持っている。

このままではいかんのです。

このままでは。

被災地の復興はもはや日本全体の人々の問題。

愚民で復興出来るのか?

いつまで情報統制取られているメディアに流されとんねん。

自分の目開いて、自分の目で確かめて、調べて努力して少しでも変えていかないと。

何も出来ないかもしれないけど、何か出来るかもしれない。

そう思って行動している人達もいる。

とっても少ないけど。

だから可能性は十分ある。
この可能性に人生を懸ける価値は十分にある。

どこかにあった国。

僕らにはお手本があるはず。

今は、まだ種を植える作業。

いつか芽が出てつぼみになる。

今みんなで種植えて、いつか必ず大きな大輪の花咲かせたいもんだ。

その花咲かせるまでは、たくさんしっかり根をはらないと。

地道な小さなこと、困っている方一人一人大切にして、支援して頂いている方々一人一人感謝して、復興に繋がること全てに対して一つ一つ丁寧にやっていくしかない。

たくさんの方々の力合わせて行けたら。

せっかくこの世に生を受けたんです。

面白くなきことを面白く。

ロケ終了

ロケ終了
今日は関西テレビマルコポロリのロケ収録。

隅田川からスカイツリーを見ながらのロケ。

気分は上々。

しかし収録は完全にやらかした。

こないだのタイムショックもそうだが、期待を大きく裏切るとはこのことだ。

クイズ出来ないにしても、メンタルやられてるからトークもアウト。

やばい。

やばいなぁ。

2011年12月10日 (土)

一日中車中

昨夜夜中陸前高田を出発。
あまりの寒さに車のフロントガラスが見えなくなり、しばらく待つことにしたら寝てしまった。

3時頃再度出発したが、路面凍結で道路が危険と判断し、道端に寄せて寝た。

気付いたら朝ってか昼前。
脱水症状だったので水をがぶ飲みして、東京に向かった。

ところどころに渋滞が続きようやく首都高に入るが車停止状態。

やばい。

今日は18時から恩師の講演。

完全に遅刻どころか最後にも間に合わない。

とんでもない。

何しに戻って来たんや〓

あと少しで車中24時間。
昔テレビであったザ・ガマンに出れるで。

しかし腰痛い〜。

今夜皆既月食

みんなで見ましょう!

日本全国で見られます!

もちろん被災地からも。

同じ皆既月食見て繋がってると少しでも思ってくれたらなぁ。

2011年12月 9日 (金)

行ったり来たり

今日は陸前高田と大船渡の行ったり来たりの往復。

とりあえず出す書類は全て提出した。

まだまだ細かい用事、すなわち雑用満載。

まだまだ行ったり来たり。

黒磯あたりで

黒磯あたりで
雪。うっ積もって来はじめてるかな。

世の中の仕組み

今日は朝から物資仕分けをし、一段落して千葉に向かった。

いつもお世話になっているPRONTO一同さまのところに行き、ご挨拶させて頂いた。

ご迷惑をいつもおかけしていることと、いつもご支援頂いていること、本当に頭が下がります。

陸前高田のお醤油とめんつゆをお土産に持参した。

社長に言われた。

「この国の問題は仕組みだよ。僅かな権力者が利権の持続と創造のことしか考えない。まぁ、悪は持続した試しはないから正義貫こう!」と。

短い時間だったが真実をついた言葉。

良く理解して行動しないと。

千葉から帰る最中、首都高で完全に渋滞にはまる。

東京到着が5時になり、書類を整理して王子北とぴあへ。

我が国の由緒正しい家柄の血筋の方と会談。

しばらくこの国の仕組みについてお話されていた。

ほんの一部の階級が利権を持っていて、そのやり繰りに躍起になるので、被災地復興は本当に正義を貫く仕事だね。と。

農業が得意分野らしく、農業復興にお力を貸していただけることに。

たくさんの有志は世の中にはいる。

被災地復興を機に正義貫く人増えたらなぁと。

20時〜北とぴあで講演。
議題が今日聞いた話だったからびっくり。

ちょっと熱く語ってしまった。

講演終了後、家に戻り資料作成。

ようやく準備終了で、今から出発。

東北自動車道北上中。

今日は小雨が降り、気温も低いので安全運転で。

あまり無理せず気楽に。

2011年12月 7日 (水)

同志

神保町で同志と再会。

これからの日本再建に繋がる被災地復興の話。

いやあ。

やらなあかんすね。

同志と話すと奮い立ちます。

単なるアホな二人がファミレスでだべってただけですけどね。

特区構想

神保町にて特区構想会議。
そうそうたるメンバー。

なかなか議論がまとまらない。

あちらをたてればこちらがたたず。

全体見て被災者中心に考え、それが国全体のためになるかどうかだけ考えたら答えが明白だが、人それぞれ立場があるのでしょう。

大変ですわ。

神保町にて

義援金付き寄贈ベンチプロジェクトの話し合い。

うちの団体としてはやる方向で進めましょうと。

コンセプトは、間伐材をリサイクルしてベンチを作り、被災前の写真などをプリントする。

被災地にベンチを置き、被災者に復興の想いをつのらせて頂ければと。

ベンチを置かしてもらう商店街や市町村にも義援金をお渡しする。

お金は個人や法人さまから募り、そのお金がいくらベンチに使われ、いくら義援金になり、どこに寄附されたかなど透明性を高くする仕組み。

とりあえずやっていきましょう。

詳細決まり次第また告知いたします!

参議院議員会館訪問

参議院議員会館を訪問し小西先生と会談。

被災地の特区法案の立案者だ。

様々な分野で力合わせて行きましょう!とお力を貸していただけることに。

非常に有り難いご縁。

まだまだこれからす。

東京到着

結局ご飯は気仙沼が9時頃で閉店ラッシュで一関でぎりぎり食べれた。

し、しかし被災地ではない・・。

まぁ、んなセコいこと言わなくても経済はどっかで繋がっている。

しかも僕の飯代では経済波及効果はない。

気仙沼から一関の道のりは、陸前高田から一関よりも圧倒的に楽だ。

山越えがないから。

そう考えると陸前高田てかなり秘境なのかもしれない。

新幹線で一関から、東北自動車道で一関から、飛行機で花巻から、全て遠い!

こら経済発展考えたら人・モノ・金の流動性が出ない。

長期的展望で航空機産業絶対必要やでこれ。

プラスにしかならん。

市政に委ねるところだが・・。

今日の東北自動車道は雨も降らず渋滞もなく楽に走れた。

東京首都高では雨が降ったような形跡があったが気温高めのため危険性はさほどなかった。

王子インター降りてすぐの家。

東北行き来するには最適な家。

何でここに住んでんねんやろうと十年以上頭過ぎり続けたけど、何となく今なら理由はある。

こじつけもえーとこか・・。

明日も早いから寝ようっと思っても、これまたやることあるんよな。

資料作成資料作成。

2011年12月 6日 (火)

20時閉店の悲劇

さんざんな一日を終え、飲食店に入ろうと陸前高田や気仙沼で探すが、個人商店でやっているような飲食店は全て20時閉店。

大手チェーン店ぐらいはやっているのだが、せっかく来た醍醐味が味わえないのでパスし続けた結果、今だに飲食店に辿り着けず。

いっそのことこのまま帰ろうかとさえ思う。

弱りめに祟りめ。

いっそのことふて寝したい。

非効率な一日

今日は朝から大船渡へ。

印鑑証明書を発行してもらうためだ。

前回も発行してもらおうと行ったとき、機械の不具合で発行してもらえなかった。

通常ものの5分で終わる話。

今度こそはと印鑑証明カードを機械に入れた。

うまくいった。

生年月日を入力して印鑑証明書発行ボタンを押すと「会社登記申請中」と出た。
意味わからん。

会社登記なんてとっくの昔に済ませとる。

係員に聞くと、わからないので水沢まで行ってくれと。

こっちが意味わからん。

水沢まで一時間ちょっとかかるやんけ!

支援で来ているのでごねるわけにもいかない。

渋々水沢へ。

確認したら「あ、情報入力してませんでした、すみません!」とヘラヘラ笑って言いやがった。

ここは水沢。被災していない。

そんな減らず口叩く奴には「こっちは貴重な時間割いて印鑑証明書を、普通は5分で取れるところ往復二時間半来とんじゃ!笑って済ますな!」とピシっと言いたかったが芸人の性が出た。

笑いながらすみませんと言われたこっちの第一声は「勘弁してくださいよ〜!」。

情けない・・。 誰にそしてどこのシチュエーションで媚びとんねん。

自己嫌悪に陥りながら陸前高田に戻り次は商工会へ。
いろいろとプレゼンと自己紹介などを30分ぐらいして感触はよかった。

話を聞いてくれていた人が口を開いた。

「じゃあ明日担当者に言っておきますね!」 と。

嘘やろ!?先言えや!

とも言えず。

僕の言った言葉は「よろしくお願いします!」とはきはきと返答した。

陸前高田の薬局に行き地元の方々と復興構想の話。

これは有意義だった。

その後市役所訪問。

いろいろと課題を持ち帰るが、事前に詳細を常に把握しておかなければならないことを痛感。

結局何も前進まず。

今日の昼間に明日東京でアポイントが入ったため急遽帰ることに。

一体僕は今日陸前高田と大船渡に何しにきたんや?

収穫無しに帰路に発つ。

こんな日もあるか。

しかしこんな毎日やったら相当おっちょこちょいやでこれ。

頭叩いて気合い入れながら45号線南下中。

あ、お腹すいた。

気仙沼でご飯でも食べよ。

陸前高田到着

やっぱり体力気力が充実してたらあんまり疲れない。

まだまだ仕事出来そう。

道路状況

これから被災地に入られる方へ。

那須高原あたりから夜間は0度になり福島県内は特に東北自動車道は蛇行と坂が続きますのでスリップかなりしやすい環境です。

スタッドレスは絶対です。
なめたらいかんぜよ(古過ぎ)。

特に国見から仙台南までは要注意。

岩手県に入られる方は極力沿岸部を通られることをオススメいたします。

東北自動車道から岩手県沿岸部に行くには山を必ず越えないといけないため、積雪やスリップの可能性は格段と上がります。

仙台南近くから石巻方面に出る仙台東部道路?経由で石巻方面に行き三陸道を利用して登米東和(終点まで)まで行き、本吉町に出て国道45号線で北上して下さい。

支援で交通事故で命落とすほど悲しいことはありません。

被災地支援者交通事故ゼロを心掛けて行きましょう!
冬の東北の道は命落とすリスクは通常時よりも格段と高いです。

時間かかっても安全な道を選んで頂ければ幸いです。
あとスタッドレスは絶対!
過信しているあなた!必ず徹底してください。悪いこと言いませんので。

あ、ちなみに石巻港〜河北インターまで夜間は通行止めですが夜間下道めちゃくちゃすいてます。

牡鹿の海を未来へプロジェクト

先日呼び掛けさせて頂いた牡鹿半島のユニットコンテナ、皆様のお力添えでなんとかなりそうです!

まだあと少し皆様のお力添えが必要だそうです。

詳しくは

http://t.co/FIxAoOtv

みんな被災地支援頑張ってます!

2011年12月 5日 (月)

日本人の「こころの健康」の健全化を目指して〜年間4 万人の死者を生み出す精神医療の規制に向けて

僕の友人からの情報連絡です。

被災されてやる気が出ない、前向きになれない、心に病があるかもしれないなどの方々は数多くいらっしゃるかと思います。

ただ、むやみやたらと精神科や診療内科にて大量投薬されるのだけは避けて欲しいです。

精神的な医療診断と薬の効果に因果関係があまり証明されていないのが多いです。

怖いのは、大量投薬による副作用で、薬に対して依存し、余計に病状が悪化する場合もあります。

有用な情報ですので転載いたします。

日本人の「こころの健康」の健全化を目指して〜
年間4万人の死者を生み出す精神医療の規制に向けて
 前略
 一昨日、与野党の国会議員による「こころの健康推進議員連盟」が発足しました。これは、隔離収容・多剤大量処方が横行する世界に類を見ない劣悪な日本の精神医療の現状に苦悩する患者当事者や家族の声がようやく反映された形になります。

 日本では、精神病院における人権侵害、犯罪がしばしば社会問題となってきました。精神病院の摘発が相次ぎ、隔離収容型の精神医療に国際的な非難が集中した結果、日本では90年代後半から精神医療の方向転換を図ってきました。しかし、精神病床数は大きく減ることなく、長期入院、社会的入院が大きな問題となっています。

 国の調査によると、精神病院における身体拘束の数はここ5年で約1.6倍と急増(平成15年5109人/日→平成20年8057人/日)し、むしろ隔離収容に逆戻りしていることがわかります。さらには、死亡退院患者数も増加傾向にあり、平成20年で年間に換算すると18180人に上ります。そのうちの26.5%が入院期間3ヶ月未満での死亡です。

 精神科の不適切な治療が命を奪っているという事実はもはや否定できません。医学的・薬学的根拠が一切ない多剤大量処方が、日本の精神医療現場で慣習として受け継がれていますが、その結果としての突然死、中毒死、自殺の実態が徐々に明らかになり、大きな社会問題となっています。

 日本最大の精神医学会である日本精神神経学会でも、不適切な投薬、多剤大量処方の実態があることを認め、是正を求める声が上がっています。国もようやくこの問題について重い腰を上げました。睡眠薬・抗不安薬の多剤処方に注意喚起やペナルティを課すことを検討しています。

 自殺問題についても、精神科の早期受診・早期治療が自殺減少に全く反映されていないことが問題となっています。自殺者の7割が精神科で治療を受けていたという調査もあります。精神科早期受診促進事業である睡眠キャンペーンのモデル地域の富士市では、むしろ自殺者は急増しています。安易なうつ病スクリーニングが自殺者を増やしたと見る専門家もいます。一向に自殺者が減らない現状に対し、内閣府は医療の専門家ではない民間の有識者を加えた特命チームを11月29日に発足しています。

 ここで、我々は大きな岐路に立たされています。このまま精神科医を「こころのケアの専門家」あるいは「こころの専門家」とみなし続けてもよいのかということです。

 ドイツでは画期的な出来事が起きました。ドイツ精神医学会が、ナチ時代の精神医学こそが、大量虐殺や強制断種などの非人道的行為に対する責任があることを公式に認め、謝罪したのです。ところが、そのナチ時代の精神医学に直接影響を受け、誤った隔離収容政策と、その延長上である多剤大量処方を許してきた日本の精神医学は、自らの罪・失敗に向き合うことなく、それでも専門家として日本人のこころの健康をコントロールしようとしています。

 また、一昨日は被災地である仙台に「みやぎ心のケアセンター」が設置され、精神科医が中心となったこころのケアが展開されようとしています。また、その動きに対する製薬企業の支援も垣間見られます。上記日本精神神経学会でも、製薬業界のマーケティングにのっかり、診断の定義を広げて過剰に患者を作り出すという病気喧伝(Disease Mongerning)に関して問題提起されたところであるので、本当に復興支援につながるよう監視する必要があります。

 さらには昨日、労働者のメンタルヘルスチェックを義務付ける労働安全衛生法の改正案が衆議院に提出されています。このメンタルヘルスチェックが、受診促進のツールとして使われた場合、過剰診断・過剰投薬という問題を引き起こすことが産業医の学会等から懸念されていますが、それに対する議論が不十分なまま、この残り短い会期で拙速に可決されてしまう恐れもあります。

 当会は、長年に渡り、精神医療の非人道的な実践、患者を害するような危険な治療の問題に向き合い、声を上げ続けてきました。本当に日本人の「こころの健康」を取り戻すためには、少なくともドイツ精神医学のように、日本の精神医療が過去の過ちに向き合うことが必要であることを強く主張します。

 議員連盟は、現在の日本の精神医療を隔離収容→アウトリーチ、多剤大量処方→単剤処方と変えて行こうとしていますが、たとえそのように形態が変わったとしても、患者を人として扱わず、副作用を訴える患者の声に耳を傾けてこなかった精神科医の態度が改まらなければ、決して改善されることはありません。

 多くの死者を生み出しているというこの深刻な現状を変えるためには、反省なき専門家に手厚い予算をつけることではなく、こころの健康を害してきた隔離収容や多剤大量処方、過剰診断について規制をかけ、人命軽視、EBMの無視という旧態依然の精神医療と決別させる必要があります。それこそが、こころの健康健全化の近道です。
草々

南三陸町ワカメ加工場再生プロジェクト

南三陸町ワカメ加工場再生プロジェクト
南三陸町ワカメ加工場再生プロジェクト
南三陸町ワカメ加工場再生プロジェクト
南三陸町でさとうみプロジェクトが始動しています。
皆様の温かい古本のご支援で成り立っています。

本当にありがとうございます。

取り急ぎ現状報告転載いたします。


<報告>
12月3、4日南三陸町歌津寄木にて、ワカメ加工場再生第1期工事。

3日9時半より開始。雨と強風の中、カッパを着て単管パイプを運び、カットして組み立て作業…寒さで、なかなかはかどらず、午後からは、雨が更に強くなったので撤収。
4日晴れたものの昨日以上の強風…台風並でした。カットして組み立てを繰り返し何とか3分の2の柱を建てる事が出来ました。女子会のサポートありがとうございました。おかげさまで作業に集中することが出来ました。

次回は12月17、18日になります。次回はコンクリートをこねてアンカー作りや引き続き単管パイプの組み立てです。

このプロジェクトは「さとうみプロジェクト」がLOTS災害支援団の協力の下、実施しております。また、皆様にご協力頂いて寄せられた古本を一部財源として活用させて頂いております。

首都高北上

昨日出発予定が、今日になったが、結局時間あればあるなりにいろいろとやらなあかんことあるわけで。

特に書類の作成・整理であっという間に時間が過ぎた。

首都高を北上して東北へ。
こんなけピストンしても被災地のお役に立てるのは極僅か。

でも地道に地道に。

出発断念

今家に辿り着けた。

本来は準備して出発するところだが、寝不足、疲労、長距離、冬の東北の条件を考え、今からの出発は無しにした。

明日のスケジュールを大幅に変更しなければならない。

ま、でも健康と安全第一。
まだまだ被災地復興は長期的になる。

地道にやらな。

たった今

収録終了。

反省材料だらけ。

いかんち。

凹む〜。

ん〜。何事も勉強せなあかん。

2011年12月 3日 (土)

メンバーからの活動報告12月1日南相馬水支援

メンバーからの活動報告転載いたします。

メンバーの皆さん同時に多岐に渡って活動されているのでblogのアップが出来ていませんが出来るところから報告いたします。

今回は南相馬へのお水の支援です。

以下転載いたします。

12月1日の活動報告を致します。

今回の活動に付いてですが、ある匿名の方よりの協力要請に御応え致す形での活動です。

南相馬にて、借り上げ住宅、個人宅避難者、子供の居る家庭への支援活動をなさっている方への飲料水補給です。

この方は、現在約6万トンの飲料水を確保なさっているのですが、横浜の保税倉庫で検疫等の関係で、塩漬状態のため手持ちの在庫が枯渇状態に成って居ると言う事で、飲料水支援分科会で協力致しました。

又、今後LOTSとの情報交換や、各種の協力体制が構築出来るか等も合わせて話し合うために、分科会リーダー並び匿名依頼者と共に南相馬入り致しました。

話し合った収穫と致しまして、各種情報の共有、南相馬市内に於いて、飲料水の置き場所の提供(現在の所約15パレット分のスペース)、飲料水の配達の応援、及び、飲料水の利用等の協力を頂ける様にまります。

今回の行程

12月1日午前6時、東京発、首都高速足立入谷ICより東北道で那須高原SA迄行き朝食と休憩、その後須賀川ICで東北道を降り国道4号線経由で9時15分須賀川デポに到着、水の積み込みを完了し分科会リーダーの到着を待ち待機、10時過ぎに須賀川デポ出発、須賀川ICより東北道に乗り途中安積PA付近を通過。

ここは東北道で一番のホットスポット!車内の線量計の数値は0.7μSv/h前後の数値を表示、車内で高速移動中での数値ですから車外でじっくり測定をしたら一体どの位汚染されているかかなり心配な地域です。

その後、二本松ICで高速を降り川俣町を抜け飯館村、飯館村は殆どの家が避難している様で、町中は人の姿はほとんど無く、村を抜ける間に見たのはほんの3〜4人だけでした、線量計の数値は飯館村に入ると、0.3,0.4,0.5と見る見るうちに上がって最高では、2.87μSv/h迄跳ね上がって、やはりとんでもない事に成っている事を痛感せざるおえません。

東京でこんな数値出て来たら確実にマスコミが殺到して大騒ぎですよ!

12時少し過ぎに南相馬原町の道の駅南相馬に到着、ここで昼食13時原町無線塔横のお届け先に到着、相手先のスタッフさん達と一気に物資の荷下ろし、あっと言う間に荷下ろし完了で、その後相手先との今後の連携等に付いての話しをし、あっと言う間に時間が経って夕方になり15時40分南相馬を出発、往路と同じ道で二本松ICより東北道に乗り、途中休憩等をはさみ20時15分無事に東京に到着致しました。

今回の走行距離は往復で約600キロ程でしたが、日帰りと言う事で、かなり余力を残しての活動でした。

以上、12月1日南相馬飲料水支援に付いての活動報告です。

温かいご支援

東京にいる間に、数多くの方々のご支援のご報告をさせていただきます。

本当につたない呼びかけにご対応いただき、心から感謝しております。

被災地の生活がみなさまのおかげで支えられています。

本当に感謝しています。 ありがとうございます。

プロント一同さまより毛糸、手芸品、食料品などを陸前高田に送っていただきました。 プロント一同さまからは、お車の手配もしていただき、当団体が使用しています。 本当に一番助かるご支援です。 いつもご迷惑をおかけしていますが、本当に有り難いです。 心から感謝申し上げます。

寺田さんの手配で、寺田さん知人より石油ファンヒーターとホットカーペットを南三陸町に、オイルヒーターを陸前高田宛に送っていただきました。 冬支度、何とか間に合いました。 本当にありがとうございます。

小林さんから毛布を陸前高田に送っていただきました。 毛布がない方は多く、とても重宝しています。 本当にありがとうございます。

寺田さんの手配で、楽天たすけあいさんを通じてお米を陸前高田に大量にお届けいただきました。 このお米は陸前高田だけでなく、被災地沿岸部全域に配布させていただきました。 本当に助かった方々が数多く、本当有り難いご支援です。
 いつもいつもありがとうございます。

佐々木さんがジュース、缶詰、石鹸、ティッシュなどを大槌町に送って下さいました。 大槌町の食料事情はまだまだ厳しいのでとても有り難いです。 本当にありがとうございます。

プロント一同さまから大量のお水を南三陸町宛に手配いただきました。 清水さんが運んでいただきました。 僕も倉庫にピックアップしにいったことがありますが、大量のお水を被災地用に保管されていて、本当に有り難い限りです。 いつもいつも感謝感謝です。 本当にありがとうございます。

寺田さんからコタツを南三陸町へ、ホットカーペットと石油ファンヒーターを石巻宛に手配いただきました。 常に被災地のことを第一に考え行動されている姿に感銘を受けます。 いつもありがとうございます。 感謝申し上げます。

アクアクララさんがお水のサーバー支援を陸前高田といわき市に名乗り上げてくれました。 アクアクララさんの継続的かつ大量のお水支援、本当に被災地に必要としている方々に届いています。 かなりの規模の支援です。 とてもとても有り難いです。 ただただ頭が下がります。 ありがとうございます。

池本さんから冬服を石巻に送っていただきました。 長堀さんの手配で行われました。 本当にいつもありがとうございます。

古森さんから男性用マフラーを陸前高田に送っていただきました。 冬支度に入る段階でのご支援、タイムリーな支援物資に脱帽です。 いつもいつもありがとうございます。 英語でも子ども達の未来を輝かせて下さい。 いつも本当にありがとうございます。

嶋田さんから毛布を大槌町宛に送っていただきました。 毛布がない方が多く、とても助かりました! 本当にありがとうございます。 心より御礼申し上げます。

長堀さんから冬物衣類を石巻に送っていただきました。 いつもご尽力されているお姿、本当に感銘を受けています。 いつもご支援本当にありがとうございます。

木村さんの手配で、木村さんご友人の方からストーブを気仙沼、大槌町、南三陸町、山元町、陸前高田宛に送っていただきました。 結構な量です(50台)。 
本当に有り難いご支援です。 心から感謝申し上げます。

石田さまからお水やおかずなど食糧を陸前高田に送っていただきました。 本当に呼びかけてすぐにご対応いただき、とても感謝しています。 心より厚く御礼申し上げます。

ヨシダさんがストーブ結構な量、ポリタンク、給油ポンプ、電池などを多賀城市、石巻市、陸前高田市、大船渡市、いわき市用にご手配いただき、全てはけた感じです。

いつもいつも本当にありがとうございます。

よしさんからハーフケット、ブランケットを陸前高田に送っていただきました。
 本当に優しさにじみ出るご支援、ただただ感動しています。 いつも本当にありがとうございます。

小林さんからフェイスタオル大量を陸前高田宛に送っていただきました。 タオルはいくらあっても良いので、本当に有り難いです。

森川さまの手配でユニクロさまから冬物衣類とブランケットを超大量いただきました。恩田さんとの連携で被災地全域に配送手配も含め有り難いです。本当いつもいつもありがとうございます。感謝感謝です。

まだまだたくさんの方々がご支援していただいていますが、全て書ききれないため、また再度ブログをアップします。

取り急ぎご報告まで。

本当にたくさんのご支援ありがとうございます!本当に助かります。

これからも頑張っていきますので、みなさまのお力添え、何卒よろしくお願い申し上げます。

みなさまからの温かいご支援

本当にたくさんの方々に被災地向けに物資を送っていただいています。

心から感謝申し上げます。

行場さんが毛布を南三陸町と大槌町に送っていただいています。 冬支度が調わない地区がまだまだあり、本当に助かっています。 ありがとうございます。

杉林さまからウィンドブレーカー、パーカー、下着、軍手、塩、こしょう、醤油、ソース、ケチャップ、オリーブオイル、みりん、酒を南三陸町宛に送っていただきました。 調味料は本当にありがたいです。 感謝申し上げます。

兼安さまから石油ストーブを南三陸町宛に送っていただきました。 ストーブがまだまだ足りていません。 本当にこのご支援は有り難いです。 

城戸さまから冬服を南三陸町宛に送っていただきました。 冬服を持っていない方々は多く、本当に有り難いです。 心より感謝申し上げます。

小林さまからマットレスを石巻に送っていただきました。 寝具がない方が多く、本当に有り難いご支援です。 心より感謝申し上げます。

青木さんからミネラルウォーターをいわき市宛に用意していただき、小林さんがお届けしていただきました。 連携本当にありがとうございます。 保育園児用の安全なお水、本当に心から感謝申し上げます。

かわかみさまから婦人用冬服を南三陸町に送っていただきました。 冬が来る前に送っていただき、本当に感謝申し上げます。 ありがとうございました。

横嶋さまからダウンジャケット、フリース、毛布、腹巻き、ひざかけを陸前高田に送っていただきました。 とてもとても有り難いご支援です。 すぐに無くなりました! とってもみなさん感謝しています。 ありがとうございました。

とうごう薬局にあった毛布とお水を大量に福島市にある仮設住宅に小林さんがピックアップしてお届けしていただきました。 本当にお手数おかけしました。 
ありがとうございました。

小美濃さまがストーブを気仙沼と陸前高田に送っていただきました。 ストーブのご支援は緊急でしたので、早急な対応本当にありがとうございました。 心から感謝申し上げます。

郷右近さまと郷右近様のお知り合いの方がストーブを女川町にお届けいただきました。 いつもいつも本当にありがとうございます。

なるわんさん手配で釜石の藤井酒店さまからお野菜、石巻の山形屋商店さまからめんつゆを大槌町あてに送っていただきました。 被災地同士のつながりでの支援、本当に有り難いです。 心から感謝申し上げます。

岩本様からストーブを女川町宛に送っていただきました。 本当に感謝申し上げます。 ありがとうございます。

古森さんからミネラルウォーターを陸前高田に送っていただきました。 このお水は福島市に配布されました。 本当にありがとうございます! 感謝申し上げます。

池本さんのご友人からストーブのご提供があり、石巻に送っていただきました。 本当にご支援有り難く受け取りました。 感謝申し上げます。

桑原さんからストーブのご支援をいただき、石巻に送っていただきました。 石巻へのストーブ支援は膨大な量だったため本当に助かります。 ありがとうございます。

岩本さんからストーブのご支援があり、石巻に送っていただきました。 本当にありがとうございます。

飯田さんからストーブのご支援を受け、石巻に送っていただきました。 石巻へのストーブ支援は本当にみなさまのご支援なしに成り立ちませんでした。 本当に感謝申し上げます。

のんのんさまからSOYJOYを陸前高田に送っていただきました。 栄養を考えてのご支援、本当に感謝申し上げます。 ありがとうございました。

寺田さん手配でオイルヒーターを陸前高田宛に、石油ファンヒーターを南三陸町に、ホットカーペットとコタツと毛布を石巻宛に手配していただきました。 本当にいつもいつもありがとうございます。

宮村さまからマンガ本を大槌町に送っていただきました。 必要なところに必要なもの。 本当に感謝申し上げます。

松野さまが大きな船を石巻鮎川宛に手配されました。 松野さんの鮎川への貢献度は本当に高いです。 本当に頭が下がります。 

小林さまから鰺の開きを陸前高田に送っていただきました。 お魚がなかなか入手できない時期に本当に魚は有り難かったです。 ありがとうございました! 
心より感謝申し上げます。

池本さまからホットカーペットを南三陸町宛に送っていただきました。 本当にたくさんの物資支援ありがとうございます。 心よりお礼申し上げます。

片岡さまから野菜と果物(みかん)などを2トン車で被災地沿岸部数カ所をまわっていただきました。 本当に野菜と果物の支援物資は喜ばれたと思います。 
本当にいつもいつもありがとうございます。

プロント一同さまよりストーブを気仙沼猪苗代病院宛に送っていただきました。 20台ものご支援でした。 それ以上に大量の支援を以前していただいています。 本当に本当に頭が下がる思いです。 いつもいつも本当にありがとうございます。

坂本さまご紹介のオフィスマナベさまから更衣用ロッカーを気仙沼猪苗代病院宛に送っていただきました。 また、気仙沼の精神病院と老健に大量のご支援もしていただいています。 医療施設の再建は腹腔の基礎の基礎です。 多大なるご貢献、本当にありがとうございます。 感謝感謝です。

小林さまがストーブを気仙沼に送っていただきました。 とてもとても助かります。 本当にありがとうございます。

池本さまと合唱団のみなさまからストーブとファンヒーターと冬物衣類を石巻に送っていただきました。 池本さまにはいつもご支援いただき、本当に感謝しています。 いつもありがとうございます。

大山さんからストーブを女川町に送っていただきました。 本当にありがとうございます。

まだまだたくさんのご支援を受けています。 全てを書ききれませんが、後日まだご報告申し上げます。

本当にみなさまのご支援で、被災者の笑顔が数多く見られます。 本当にありがとうございます。

心より深く御礼申し上げます。

みなさまからのあたたかいご支援

たくさんの方々に被災地向けに物資をご提供いただいています。

久しぶりにまとめてみますが、随分前のものからで申し訳ございません。

また、全てをまとめきれていませんが、出来る限り掲載いたします。

ヨシダさまがレトルト食品、カップ麺、リポビタンD、フルーツ缶、魚缶、お肉、野菜、クッキー、せんべい、マヨネーズ、めんつゆ、醤油、調味料(油、みりん、醤油)セット、だしの素、湯たんぽ、下着、洋服、コート、防寒着、球根(チューリップ)、スコップ、カーペット、布団、毛布、パット、粉ミルク、靴、トレーナー、靴下、電気座布団、電気毛布、足熱器を南三陸町にお届けいただきました。 また、陸前高田のとうごう薬局にお立ち寄りいただき、水と毛布をピックアップして南三陸町にお届けいただきました。 本当にいつも大量のご支援ありがとうございます。 頭が下がります。 感謝申し上げます。

眞坂さまから国産とり手羽先を大量に南三陸町と大槌町宛に送っていただきました。 まだまだタンパク質が入手困難な時期に大量のご支援ありがとうございました。

綿引さまからロングライフ牛乳を大槌町宛に送っていただきました。 牛乳が入手困難な時期でしたので、とてもとても助かりました。 本当にありがとうございます。

古森さんからお水を須賀川にお届けしていただきました。 毎週毎週継続的にご支援されているお姿、感銘を受けております。 本当にありがとうございます。

郷右近さまからミニコンポ、ほうさい、ミシン、端布、オムツ、ティッシュ、トイレットペーパー、洗剤各種、石鹸、柔軟剤、トイレクリーナー、スポンジ、歯ブラシ、ナプキン、ティーパック、インスタントコーヒー、パンツ、たばこ、ライター、消臭剤、ローソク、線香、タオル、レトルト、缶詰、ペットフードを南三陸町宛にお届けいただきました。 郷右近さんの情熱的な活動に僕も感化されています。 本当にたくさんの方々が救われています。

行場さまよりお布団と冬物を大槌町に送っていただきました。 大槌町が冬支度に入るタイミングでしたのでとても助かりました。 本当にありがとうございます。

加藤様から食料を大槌町に送っていただきました。 まだまだ困窮している状態で、食料は一番有り難いご支援です。 本当にありがとうございます。

いなみさまからダウンジャケットとセーターを南三陸町宛に送っていただきました。 あたたかい冬が迎えられそうです。 本当に感謝申し上げます。

小林様から男性用下着、軍手、軍足などを陸前高田宛に送っていただきました。 既に陸前高田と南三陸町にお配りさせていただきました。 皆さん喜ばれていました。 本当にありがとうございます。

下館さんから毛布200枚を陸前高田宛に送っていただきました。 うち50枚は気仙沼の五右衛門ヶ原仮設住宅に配布させていただきました。 陸前高田と気仙沼の皆さんとっても感謝されていました。 本当にありがとうございます!

池本さんがストーブを陸前高田に送っていただきました。 ストーブはいまだ集めております。 本当に感謝申し上げます。

小林さんが豆腐を陸前高田に送っていただきました。 仮設の方々に食べていただき、とっても好評で、第二弾までお願いしてしまい、申し訳ございません。 本当にありがたいご支援です。 心から感謝申し上げます。

三浦さんがカレーとツナ缶を陸前高田宛に送っていただきました。 食料は一瞬で無くなります。 物資の届かない地域への配布をさせていただいています。 
本当に喜びのお声をいただいています。 あたたかいご支援ありがとうございます。

折登さまから新米を500kgも陸前高田宛に送っていただきました。 新米が食べられないと言っていた方々が本当に喜んでおられ、とても経済的にも助かっています。 本当にありがとうございます。

毛塚さまからハロウィンエコバッグを陸前高田宛に送っていただきました。 とっても可愛いエコバックですぐに配布完了いたしました。 10月をハロウィンという楽しい雰囲気で過ごせたのも毛塚様のお陰様です。 ありがとうございます。

浅野さまがストーブを大槌町宛に送っていただきました。 いつも継続的なご支援本当にありがとうございます。

木村さまがストーブを集め大槌町宛にに送っていただきました。 いつも本当にありがとうございます。

郷右近さまがストーブを女川町と南三陸町にお届けいただきました。 本当にいつもいつも感謝申し上げます。

西田さんがストーブを南三陸町に送っていただきました。 いつも本当にありがとうございます。 感謝感謝です。

佐々木さんの手配でストーブを南三陸町に送っていただきました。 まだまだストーブ足りてない状況で早めの手配感謝申し上げます。

Wさんからストーブを石巻鮎川宛に大量の数量を送っていただきました。 ものすごい感謝です。 ありがとうございました。

小林さまからストーブを石巻に送っていただきました。 石巻のストーブ配給が遅れたため、本当に有り難いです。 

小林さまのお母様からストーブを石巻に送っていただきました。 お母様までご支援いただき、本当に頭が下がります。 感謝申し上げます。

池本さまからストーブを石巻宛に送っていただきました。 何回もご支援をいただきとても有り難いです。 感謝申し上げます。

高島様からストーブを石巻宛に送っていただきました。 石巻は甚大な被害で本当に寒さで凍えている方々もいらっしゃいました。 有り難いご支援です。 感謝申し上げます。

村山さまからストーブを石巻宛に送っていただきました。 ストーブを呼びかけたときすぐに反応いただき、とても有り難かったです。 ありがとうございます。

加藤さまからストーブを石巻に送っていただきました。 早急なご対応感謝です。 本当に寒さがしのげます。 感謝申し上げます。

松下さまからストーブを石巻宛に送っていただきました。 本当に石巻は数が足りていませんでしたので、感謝感謝です。

匿名希望の方からストーブを石巻に送っていただきました。 名前を伏せてのあしながおじさん。 本当に感謝です。

伊藤さんが秋田の役場で毛布をピックアップしていただき、南三陸町と石巻にお届けいただきました。 本当にわざわざのご尽力とても感謝しております。 本当にありがとうございます。

まだまだまだまだたくさんの方々がご支援していただいています。 本当に頭が下がります。

みなさまのご支援で前向きになられる方も数少なくありません。

心から感謝申し上げます。

ありがとうございます。

LOTS活動ページ

被災地支援活動をしている特定非営利活動法人LOTSのホームページがリニューアルされました。

http://lots-ss.jp/action20111129/

是非ご覧下さい。

昨日は

息子の誕生日。

11才になった。

まだ多分ものごころついてないんちゃうかと言うくらい天真爛漫。

アホなかえ歌ばっかり毎日歌っている。

今回誕生日のために一日空けてたお陰で、かえってこっちがゆっくり出来た。

親孝行な息子だ。

今日は息子が大好きなトイザらスに行き、プレゼントを買ってお食事。

とても上機嫌な一日だ。

うちの子は誕生日とクリスマス以外、一切何も買わない方針なので、プレゼントはかなり効果的。

ささやかなプレゼントだが、幸福度の高い一日になった。

なかなか一緒にいれてないが男の子やから父親が背中見せて頑張らな。

明日からまた戦争です。

2011年12月 1日 (木)

全国副校長の会

夕方から全国副校長の会で講演。

被災地の現状を訴えた。

ひどく共感して頂いた先生方もいて、ストーブ支援など具体的に動いて頂ける先生もいた。

有り難いです。

その後懇親会。

今の学校の現状の話。

高校生に夢持たせたいと熱く語る先生もいた。

まだまだ日本はいいところ。

これから良くなりますし、これからみんなで良くして行きたいなぁ。

石巻の漁師支援

メンバーからの報告で、石巻の漁師さんが漁業活動再開するためにプレハブが必要との情報が入りました。
詳細は本人のblogを見てください!

→ 『住まいが無くなる』 http://amba.to/vo2ZLK 
皆さん一人一人事情があって大変な思いをされています。

お力添え何卒よろしくお願い申し上げます。

学士会館にて

今日は昼から神保町にある学士会館にて被災地復興の産業関連と都市構想関連のミーティングに参加。

状況の確認と情報のすりあわせをした。

今回の復興は完全なる行政主導だが、やはり生業の部分含め、事業体が必要になる。

今のように一時的に予算出して消化する形で果たして復興するのか?

金融政策を含め満鉄のような民間投資も募った形で事業をやっていく形でなければ復興に波及が出ない。

投資するお金が仙台の飲み屋で消えて行く炭鉱バブルになっているのが今の被災地復興。

きちんと地場の生活が向上する形をとらないと。

今後も震災は必ず起きる。
きちんと今のうちに対応出来るモデル的な体制を作らないといけないのだが・・。

国の仕事やね。

でも多分そんな形では動かない。

突破口を国に見出だしていかないといけない。

東京到着

とんでもない時間かかった。

かなり安全運転し過ぎと言うか休み休み行き過ぎ。

埼玉から通勤ラッシュに巻き込まれ今無事東京到着。
あかん。

眠い。

気仙沼猪苗代病院進捗状況

メンバーからの報告です。
気仙沼猪苗代病院の再建に向けての支援、かなり震災後初期段階からメンバーが本気で支援しています。

当初から看護師さんが足りていません。

全国の看護師経験のある方、病院のサポート是非一度ご検討ください。

以下進捗状況報告メール転載いたします。


猪苗代病院あての物資、みなさんにご協力いただきまして、おおよその目途がついてきたのでお知らせします。

先日お知らせした40型のテレビは2台送っていただき、改装後の設置を待っています。
傘立ても発送いただきました。

入院ベッドとインフルエンザ診察用の施設も、病院に協力したいという申し出を数件いただきましたので、AMDAさんにいただいている寄付も合わせて、現在調整中です。


諸所調整に入っているので報告も遅れておりますが、前回お知らせした要請内容のうち、残りは<20型程度のテレビ1台>となっていますので、ご了承ください。

看護師についてはまだ朗報なしです。こちらはとても難しい状況です。


本日病院では建設会議が開かれ、改修工事終了が予定より早い12月中旬には終わりそうだという朗報も届きました。

きれいになった内装で、お正月を迎えることが出来そうです。

これに伴い、意外とまだ不足している備品や、備品移動ボランティアさんも必要になるかもしれませんので、その際はまたお知らせします。

よろしくお願い申し上げます。

タヌキやタヌキ!

一関の山でタヌキ出た!

道路必死に横切って、多分全速力で走っとんねんけど、うぉっそ!

足短いんか太って動き鈍いんか。

たまに甘やかされて四角く太ってコロコロした犬おるけどそんな感じ。

でも久々にタヌキに遭遇。
一関の山々は動物王国やね。

大船渡にて

薬局ミーティング。

薬局の課題摘出、解決方法、今後の取り組み、方針確認、理念など話し合った。
スタッフのみんな本当に良く頑張ってくれている。

どこに出しても自慢出来るスタッフばかりだ。

行ったり来たりの僕があしかせだ。

ある程度の具体策を話し合い、みんなとご飯を食べて終了。

大船渡から陸前高田に従業員らを送る途中、雪が降ってきた。

さすがに大事な命を乗せているので安全運転。

陸前高田の旅館に到着し、こちらが支度して出発。

一路東京へ。

既に山越え地点は積雪。

法定速度遵守以下の速度で運転せな。

安全運転安全運転。

自覚して安全運転。

ううっ、結構積もっとる。

2012年5月

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