陸前高田にて
市役所訪問。
色んな手続きを確認した。
あとは資料作成に没頭しながら電話のやり取り。
全然進まない。
膨大な量やな。
ひきこもらな。
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市役所訪問。
色んな手続きを確認した。
あとは資料作成に没頭しながら電話のやり取り。
全然進まない。
膨大な量やな。
ひきこもらな。
陸前高田に戻って、薬局で団体メンバーでミーティング。
今後の方向性について話した後、仮設住宅へ。
被災者の方から陸前高田のボランティア団体の集まりのミーティングについてクレームを聞いた。
「何あのミーティング?」
二週間に一度、陸前高田に入っているボランティア団体が集まって情報交換する協議会みたいなものがあるが、そのミーティングの開催主についてのクレームだった。
「私達は支援してあげてる!みたいな事言ってたけど、頼んだ覚えないよ」と。
そりゃそうだ。
頼まれて行ってるのでもなく、一人でもいいからお役に立てたらと思い、ボランティアに来ているが、そのミーティングには「やってあげている」という上から感覚に陥っていると言うか、もはや「仕事で来てます!」感覚でボランティア団体に属しているので言われたことの業績上げたいから来ました!というのありありな人達が多いのも事実。
何故ならそのボランティア団体の人達はボランティアを生業としているからだ。
僕らはボランティアはボランティアなのだが、やはり助成金や国の補助などで飯食ってる組織体は、被災地支援は格好の食いぶちなのだ。
被災地復興支援が飯の食い種で来てるもんやから、仕事なんやね。
被災者の方々の救済でもなく、自分の手柄あげるための仕事やから話にならん。
しかも悪気なく被災者の心をづけづけ踏みにじりよる。
「最近のボランティアの人達は偉いんですね!」と仮設住宅に住む被災者の方に皮肉を言われた。
どうやら大学院生が仮設住宅を訪問し「あなたは何が今必要ですか?あと、あなたは今後どういうふうに生活されるのですか?」とアンケート用紙を見ながら質問してきたらしい。
「その大学院生に言ってやりましたよ!」と声を張り上げておばちゃんは言う。
「あなたその質問何でしてるの!?」と。
そしたらその大学院生は「サークルで発表しなければならないので。」と。
「はぁ?ですよ!」と憤慨されていた。
陸前高田のボランティア団体が集まったミーティングといい、大学院生といい、開いた口が塞がらない。
被災地に来て我が身捨てて被災者のため被災地復興のために身を粉にして尽力している人達も多いが、それに反して、自分のやりたいことやりに被災地に行って、仕事みたいに勘違いして「私やってます〜」オーラ発してボランティアやってる人間も実に多い。
実は一発でそんな奴わかる。
「何でボランティア来たの?」という問いに対して答えられない奴は大抵迷惑かけとる。
要はノリで来てるから、自分中心で被災者中心に活動せーへんわけで。
「何でそこの会社に就職したん!?」と言う問いに答えられない人達と一緒だ。
何のために。
この自らの目的意識を失っているのがこの日本だ。
何のために大学行って、何のために就職するのか。何のために仕事するのか。
ほとんどの人間の回答は就職するための大学であり、体裁を保つための就職や仕事であるので、目的意識なんてないのだ。
仕事は手段であり、社会に成すべきことを成し遂げるためのものであり、大学はその社会に貢献するために必要な武器を習得するために勉強するところだ。
でも日本ではみんな大学行くから行くし、みんな大学三年で就活するから就活したら就職した、なのだ。
ボランティアも同じく。
みんなやるから僕もやる。
目的なきボランティアが横行している世の中でもあるが、広く社会を見てみると全く同じ。
何のための復興計画なのか?
答えは「仕事だからやらなあかんから適当に書きました!」が国家省庁、各自治体の答え。
被災地を復興するための復興計画ではなく、復興計画を描く部署の人達の仕事だから描いた復興計画なのだ。
至るところで日本中がおかしくなっている。
自分中心で目的意識を失った人達が社会を運営している。
教育改革が根本的に必要だ。
徳育を無くした日本の産物と言えよう。
んなこと書いてるうちに車中で爆睡。
大船渡に従業員を送って陸前高田に戻る途中の地盤沈下したところで朝を迎えてしまった。
気付いたらお天道様登っとる。
体痛い〜。
気仙沼から先生を乗せ一関駅に。
道中色んな話を聞いた。
東北被災地の復興は元通りに戻すという目標にしたら復興しないということを前提に進めなければならないと。
仙台のような大都市であれば人口はあるし、産業も多様化しているし、大学も数多くあり、都市の活力だけで復興できる。
が、今回の東北被災地は全域が超高齢化社会で人口流出が著しく、農業や漁業などの一次産業が基幹産業で後継ぎ問題が深刻であるがゆえに、壊滅的被害を受けると就労人口が流出し続け、一次産業の回復も見通しがたたなくなる。
だから復興計画は包括的かつ長期的ビジョンに基づいて、思いきった政策を取らないと人口が戻らず被災地はずっと被災地になり続ける。
しかし、どこの市町村も包括的かつ長期的な復興計画は出ていない。
それよりも国がやる気がない。
補正予算や特区構想など日本では騒いでいるが、お隣の韓国や中国や台湾の産業支援政策に比べると話にならない。
特区も五年じゃ、どこの企業も腰据えて来るわけでなく、さほどメリットがないので荒稼ぎしてすぐに撤退するだけ。
トヨタもソフトバンクも一時的な荒稼ぎだと。
本気で復興を考えたら十年スパンで特区を作り、土地も無料リースで当然法人税無料で所得税も減税などしないといけない。
韓国は日本の復興特区とは比にならないぐらいの優遇措置。
2時間かからないソウルに行き、教育された安い人件費と充実した設備を使うのと、5時間かけて被災地に行き、インフラもままならないところで、就労人口不足地域と比べると、どの企業が被災地に行くのだろうか?と。
国がやる気ないのがありありで、口だけはやっていると言うが、単なるお金の無駄遣いにしかならないのが、この被災地復興だと。
時代はグローバル。
企業もグローバル。
相当な努力とやる気と役所や省庁との調整や折衝がなければ復興は困難。
先生から言われた。
「富山さんはこれらに立ち向かっているから偉いよね。でも一人では立ち向かえないから、沢山有志が立ち向かえるように仲間増やして行かないと。僕も頑張るけどもっと増やさないと歯が立たないよ!」と。
確かに全て大正解。
おぼろげながら、既に長期的な策はある。
思いきった復興計画を描き実行着手するには今はそこまでの力は到底ない。
でも必ず日本には底力があるはず。
人と人とを結び、沢山の力をあるべき方向性にベクトルを合わせる術はあるはずだ。
動きながら模索しながら、ぼんやりとは見えている。
どこまで突っ走れるかわからないが、チャレンジする価値は十二分にある。
こっからですよこっから。



航空機産業誘致の協議。
宮城県が航空宇宙産業の特区申請しているだけに追い風ではある。
発災当初から大島の復興は産業誘致しかないと感じていたが、ようやくテーブルの上に乗った形となった。
超小型軽量航空機は観光目的と医療目的で導入出来る。
特区申請すれば、移動手段として使えることもできる可能性がある。
何より超小型軽量航空機でも国産航空機の開発と輸出を狙える。
また近年ヨーロッパや中国で着目されている水上航空機の導入をすれば仙台や東北全域のアクセスと観光パッケージを組む事が出来る。
大島の議員も関係者の方々も推進の方向性で話を終えた。
青写真を僕が描くことに。
これまた重大責務。
やりきりましょう!
気仙沼港到着〜。



一関は十分間に合い、先生を乗せ、気仙沼に到着。
紫市場復興商店街でお寿司を600円で食べ、気仙沼港から今出発。
いざ大島へ。
ここでものづくりを誘致することは困難だが、航空アクセスを良くして人と物の流れを良くすることは出来る。
宮城県が特区申請をしたがその中に航空機が盛り込まれた。
チャンスは十二分にある。
島の復興の起爆剤となればと願いながら船上で雪にあたり顔がかじかむ。
今朝明け方に陸前高田の宿に到着し、少し寝た後、朝から一風呂浴びて、宿を出ようとした時のこと。
一人のおばあちゃんと下駄箱の前で靴を取るとき手が触れた。
幾年ぶりかのロマンスである。
そこは僕も紳士だ。
「お先にどうぞ〜」と先を譲った。
おばあちゃんが靴を取り出した後、僕が靴を取り出し、靴を履いて玄関の扉を開けようとしたら、またさっきのおばあちゃんと手が触れあった。
ロマンスのゲッツー。
もちろん僕は紳士だから扉を開け「お先にどうぞ〜」と先を譲った。
これだけロマンスが重なった上、紳士的な態度と百万ドルの笑顔を僕から振り撒かれるとおばあちゃんは胸キュンになったのだろうか、はにかみながら話しかけて来た。
「あんたどっから来たね?」
僕は「東京です!」と爽やかに答えた。
おばあちゃんは「あだすも東京にいだ」と。
おばあちゃんは引き続き聞いて来た。
「東京のどこさ?」
僕は「東京の北区です!」と答えると、おばあちゃんは「あたすぬりま(練馬)」と答えた。
おばあちゃんは続けて話して来た。
「練馬だけじゃなくて、静岡に五年、千葉の成田山に三年いだよ。うちのお父さん(旦那さん)が左官屋で、色々まわったっぺ。あんたどこから来た?」
また同じ質問だが「東京の北区です!」と答えると「あだすぬりま(練馬)」と返って来た。
更に「練馬だけじゃなくて、静岡に五年、千葉の成田山に三年いだよ。うちのお父さん(旦那さん)が左官屋で、色々まわったっぺ。」
ここで「そうなんですね〜」と相づちを入れたがやはり「あんたどこから来た?」と聞かれ、「東京の北区です」と答えると、おばあちゃんさすがにおかしくなったのか、「さっき聞いた!」と一人で爆笑!
志村けんのコントだ。
聞くとお年は92才。
元気なおばあちゃんだ。
良く宿のお風呂に入りに来るらしい。
また会おうと約束してお別れした。
ちょっとしたアバンチュールだったが、時間が無いことに気付いた。
一関に航空機産業振興の先生を迎えに行かないと。
こら遅刻や。
ヤバい。
でも朝から幸せいただいたからプラマイゼロか。
今日はオリンピックセンターで講演した。
いろんなこと熱く語ってしまった。
今終了。
今から東北へ。
今日は激さぶやから気をつけて走行せな。
2月4日土曜日に教育シンポジウムが開催されます!
人が社会を形成していますが、教育によって企業経営、就職、職業観、政治、経済までが変わって来ます。
何が問題でどの方向性に向かうべきか。
日本の教育論者のトップが結集したシンポジウムです。
富山の紹介と言えば無料になります!
お申し込みは、
国家ビジョン研究会HPのお申し込みフォームから、お申込み下さい。
http://kokka-vision.jp/
あと富山にも念のためメール頂けたら幸いです。
gammon@kitanet.ne.jp
是非是非お越しください!
よろしくお願い申し上げます!
以下、シンポジウム内容です。
転載致します。
2月4日に教育問題シンポジウムを開催します。
今回のシンポジウムも、
かなり内容の濃い、
目からウロコの教育論になります。
キーワードは 2つ
1、「日本のこころ」
本来、日本人が受け継いできたにもかかわらず、
現在の社会で見失ってしまっている「こころ」を、再認識すること。
2、「グローバル教育」
「日本的価値を核にして世界規模で発想し、貢献できる」人間作りとなる、
総合人間教育である。
それを、様々な教育の立場から展開していただきます。
ご参加いただいた方には、
「来てよかった!」と言っていただけるものとなるかと存じます。
========================================
教育シンポジウム
「日本のこころを親の心に
〜グローバル社会を生きる子供を育てる〜」
<日時> 2月4日(土)13:00〜17:00
<場所> 東洋大学白山キャンパス 井上円了ホール
東京都文京区白山5−28−20 (地下鉄「白山駅」「本駒込駅」徒歩5分)
経済活動や人の交流など、あらゆる面で国際化が進んでいます。
日本人は、異なる文化が激しくぶつかり合う国際社会の中で、強く生き抜いていかなければなりません。
これからのグローバル社会に生きるたくましい子どもを育てるには、どうすればよいのでしょうか。
日本人としてのアイデンティティをどこに求めればよいのでしょうか。
日本の子どもが変わるためには、先ず、親が変わらなければなりません。
縄文時代以来の一万年余りにわたり、日本社会に脈々と受け継がれてきた「
日本のこころ」が何であるのかを探り、それを子育てする親の心の拠りどころとしていくことができないか、
会場の皆様とともに考えてみたいと思います。
<プログラム>
※敬称略
13:00 代表挨拶 中西 真彦 世話人代表
13:10 来賓挨拶 民主党 中川 正春 文部科学大臣
自民党 下村 博文 影の文部科学大臣(あしなが育英会副会長)
13:40 基調講演 「遺伝子は利他的である」
村上 和雄 (国際科学振興財団理事/バイオ研究所所長/筑波大名誉教授)
14:20 基調講演 「親が変われば 子どもが変わる」
高橋 史朗 (明星大学教授/元埼玉県教育委員長/親学推進協会理事長)
〜 休憩 〜
15:15 アトラクション ママユニット「さくらマザー」ミニライヴ
15:30 パネルディスカッション
コーディネーター 高橋 史朗
パネリスト 結城 章夫(山形大学学長/元文部科学省事務次官)
吉田 武男(筑波大学大学院教授/道徳教育学)
渥美 育子(元青山学院大学経済学部助教授/グローバル教育社長)
石田 勝紀(株式会社緑進学院代表取締役/郁文館夢学園元常務理事)
阪田 浩子(一般社団法人マザー・ニア専務理事)
日本中の方に聞いてもらいたい内容です。
今年は辰年。
龍の年だ。
荒れるが、昇る。
志を同じくして集まった同志で食事会をした。
被災地復興の課題、壊滅的な産業、政治の問題と言うよりかは政治家の問題、最終的には日本の教育の問題など様々な事を話し合った。
ただの井戸端会議ではなく、変えて行けるように具体的に動いていく同志での話し合いだから熱いというかあつくるしい。
今年結果出す年。
みんなでやりますよ!
今日も丸の内へ。
丸の内ホテルにて陸前高田副市長の久保田さんと話をした。
小学校を宿泊施設に改造する件、集合住宅を作る件、高齢者の生活サポート体制、特区申請の件、行政事業のコーディネートの件、林業再生事業など話は多岐に渡った。
やることが明確になり、あとは推進するのみ。
陸前高田の復興の大きな弾み作りますよ〜!
商社訪問。
被災地復興になり、雇用創出出来る現実的かつ長期的な事業計画を練り上げることに。
長期的な協力体制を構築していこうと話を終えた。
ご縁の輪は大切に、また広げていきたいものだ。
現実的な目線と着手する実行力を持って取り組んでいこう!
大手町にある大手人材派遣会社訪問。
今日はフードニスタの浜田峰子さんのご紹介で人材派遣会社の会長さんとお会いすることになった。
被災地の高齢者の生活支援のため、また雇用創出のために協力体制を敷いて頂けることになった。
これから詳細を詰めて行くことになるが、有り難い話。
浜田さんには感謝です。
会長も素晴らしい方で様々な事をやられているので、多岐に渡ってお付き合いさせて頂けるかと。
大手町から丸の内に移動し、今から大手商社の方と打ち合わせ。
まぁ、毎日やることようありますわ。
それだけ被災地にはやらなければならないことが沢山あるという事。
一歩ずつ。
これからです。
今日は昼から陸前高田の集合住宅及び医療施設建設の打ち合わせをした。
構想をより具体的にまとめあげる作業をした。
林業再生も兼ねたプロジェクト。
全ては産業振興と雇用創出のため。
ミーティング後、新宿に移動し、会社説明会とでも言うか、人材のヘッドハンティングとでもいうか、一緒に日本の医療再生を担う人材と話を沢山した。
今終了。
今日はというか、昨日の朝からずっと寝てないのが有り得ない。
はよ帰って寝よ。

富士山見える。
縁起がいい。
しかしめちゃくちゃ眠い。
(ほんでこれも今朝8時過ぎ。)
大船渡で荷物を降ろし、今からとんぼ返りで東京へ!
三陸自動車道に乗り元来た道を引き返す。
しかし我ながら稀に見る体力の持ち主。
気合いと根性と体力はいつの世も大事。
大事やし大蛇っシャー。
・・・一人運転は基本頭狂う。
(これも今朝のblog。メンテナンス中のため掲載されず時間差になりました)

鼻毛凍るやんけ!
激さぶや。
(今朝のblogがメンテナンス中のため今になりました)
陸前高田に到着後、とりあえず仮設住宅に行き、自分の出てるテレビを見させられた。
どこから聞いたのか楽しみにテレビの前に座ってニコニコしている。
有り難い話だ。
ただ僕の映ったのは一瞬だったけど。
テレビを見終わり、陸前高田で民間として出来ることをいろいろと話し合った。
12時を過ぎ薬局へ。
うちのメンバーが気仙沼からわざわざ来てくれて、今後の活動運営について話し合った。
ようやくミーティング終了。
今から荷物を大船渡に運んで今日のミッション終了。
結構な荷物だ。

物資詰め込み、東北自動車道北上し、途中爆睡しながら石巻へ。
石巻からようやく気仙沼に。
夜になるとタヌキ出てくるんやけど気温既に-8℃。
タヌキて夏も冬も見かけ変わらんけど、-8℃でたえうる体は夏暑くないのだろうか。
あるいは夏の姿のままこの冬に突入しているとすれば寒くないのだろうか?
毛が秋頃に生え変わるのだろうか?
はたまた寒いのはやせ我慢しているのだろうか?
もしくは単にアホなのか?
被災地で色んな動物に遭遇するがタヌキは一番とろいしたくさん交通事故に遭っとる。
やっぱどっか抜けとんのかな。
一番可愛いけど。
今から東北へ。
休み休みゆっくりいこ。
国家ビジョン研究会の被災地復興のためのミーティング。
被災地の産業振興に秘策あり。
これから一歩ずつ進めていかなければならない。
推進役は自分なのでやりましょう。
一年の種蒔き期間、芽を出して花が咲くまでやらないと。
復興してなんぼ。
GE本社訪問。
石巻医療特区の内容を詰めた。
良い関係で、石巻の地元の医療機関を優先に特区構想を練り上げ、住民のヒアリングと要望を徹底調査してまとめあげる方向で合意した。
しかしこんなけ動いてどっからも予算が出ないのも信じられないが、被災地はまったなしなのでやれる事は全部やっていかないと。
午前中から赤坂にて除染についてのミーティング。
今の除染では一時的に放射性物質を洗い流すだけで、放射性物質はどこかに移動するだけ。
作業をやっても洗い流した水に放射性物質が濃縮され下水に垂れ流し状態。
土や水に含まれる放射性物質を分離しても処理置場がない。
持って行く場所の自治体がまたがるので、業者が予算取り出来ずにいる。
また大手ゼネコンは除染で放射性物質が除去されない場合のリスクを考えると、あまり力を入れて業者に投資出来ないので宙に浮いている状態が続く。
僕らに出来ることはないかを模索し、スキームを作り行政に包括的なプランニングを提案し働きかけなければ、ただ単に3000ベクレル以下の放射性物質は燃やして後は知りませんということになり、日本全域で大きな問題が長期的に広がる。
除染は真剣に解決策を見出ださないといけない最重要課題。
行政や大手業者や世の中は結構臭いものに蓋で動いている。
揚句の果てに、放射性物質やセシウムが健康被害が認められない!とか、体にいい!とか有り得ない論調まで日本国内だけで出てくる。
ちゃんとせないかんす。
最近世の中の出来事にツッコミ入れてますが、なかなか上手いツッコミが見当たらない。
ボケにボケが重なってどこ突っ込んだらいいのか。
今日は福島原発1号機〜3号機の放射性セシウムの放出量は増加しているという事実。
http://www.asahi.com/national/jiji/JJT201201230120.html
妥当なツッコミはどれかわからない。
マジか!?はツッコミではなく単なるリアクション。
ニュースとして報道されないのもボケやし、放射性セシウムの量が増えた理由として、東電は「作業員の出入り」としている。
なめんな!?は怒りやし、ツッコミがもはやわからない(゜ω゜?)
おまけに政府原子力災害対策本部は一度も会議議事録取っていない!という事実が発覚!
何故ツッコミが浮かばないかというと、ボケではなく単に意図的な隠蔽という犯罪行為に近いから、ひいてまうわけで。
復興庁がもうすぐ出来るけど、被災地から直接復興庁がいろいろと相談を受けて各省庁に指示出してまとめあげるという構想だったはずのものが、復興庁に省庁の縦割りを突破する権限はなく、おまけに県の承認無しには進めない構図になっている。
今まで、被災地市町村は県を通して国に陳情し、国は予算と方針を県を通してやるから進まなかったわけで。
それが復興庁が出来てどうなるか?
今までは、
被災地市町村⇔県⇔国(案件により各省庁)だった。
予定では、
被災地市町村⇔復興庁(国一括管理)のはずだった。
がしかし、復興庁に権限を与えず、県に気を使い、おまけに復興庁を東京に置いて意味なくなっただけではない。
構図は、
被災地市町村⇔復興庁⇔県⇔国(しかも案件別に各省庁に分かれる)となる(本来もっと複雑)。
邪魔やん!いらんやん!
何してくれてんねん!?
ここに副大臣二人もいらんし。税金の無駄遣い〜!
てなこって。
あー。
あーあー。
もはやツッコミではない。
どんなツッコミがあてはまるんやろ。
寝られへん・・。



東京都内大雪やん!みんな時速20キロ走行て!
安全運転はえーけどあまりにもビビりすぎなんちゃうかなと感じるのは僕だけかな。
結局、車線見えへんからみんな真ん中走行するから前が詰まって僕も20キロ走行やけど。
午後から溜池山王にていろいろと被災地復興のための方向性について協議。
被災者雇用促進事業の展開と仮設住宅見守りサービス展開の構想を詰めた。
その後キャピトル東急ホテルにて、自民党石破議員と各紙論客委員と食事会を行った。
様々な点について協議したが、次期自民党のマニフェストには、税と社会保障の一体化、安全保障問題(沖縄)、デフレ対策(金融財政問題)、TPP問題、被災地復興問題の五つの大きな課題について具体案を出さなければならないという事で話をくくった。
各論はいろいろと出たが、いろんな意見交換があってよかった。
次期政権はどこが取るかはわからないが、石破議員は大きな影響力を持つのは確実だ。
今から被災地の状況理解も促しておかないと。
ただ、長く顔を見れば見るほどカピパラに似ている。
気になって話が入って来ないとはこの事だ。
まいったなぁ。
今テレビ朝日で「お笑い芸人と東日本大震災」やっています。
関わってきただけに、思い出します。
矢板パーキングで力尽き爆睡。
東京へ再出発。
この車での生活にもだいぶ慣れたもんで、寝方がわかってきた。
言うてる場合ちゃうな。
お腹すいたなぁ。
また佐野ラーメン食べよ。

白河インターから東北自動車道へ!
今栃木県突入。
しかし高速道路無料区間が通行止めで有料になってから乗れるのもどうかと・・。



なかなか抜け出せない。
あれ?
ダルマ?
栃木に入ったのでしょうか?
こんなことまかり通ってえーんかいな。
原発事故直後の政府が持っていた最悪のシナリオとして、強制移転区域半径170キロ、希望者移転は東京含む半径250キロ。
この報告書を管内閣が隠蔽。
何でもパニック避けるためやて。
今回の震災はたくさんの犠牲者が出たわけで、これ以上犠牲者を出すことを防ぐ事が最重要だったはず。
とんでもない危機管理体制やわ。
しかし、「風評被害」という言葉を武器に、「実害」のリスクを負わせたのは大罪ですよこれ!
実害はプライバシーの問題で公表されにくいことを盾に、風評被害風評被害言うて原発事故による健康被害うったえたらやたらと論文論文言う心ないサイボーグもおるし。
このタイプはプライドで生きてる人間味に欠けるがり勉タイプが多い。
そういう輩に限って何もしとらんし、原発擁護で脱原発バッシングに命かけよる。
そう言うと、「事実を公表出来ないのはデマだ!」の一点張り。
暇か!
これまた非難されるなぁ。
まぁえーけど。
基本原発事故による健康被害への実害リスクを負わせることと、「原発事故と健康被害の因果関係は証明されない」と言う理屈述べる暇人とでは生み出す効果が全く異なる。
実害リスクを避けよう!という注意喚起は健康被害を防ぐ。
原発事故と健康被害を叫ぶのは因果関係が証明されないからとして、論文論文言うて論争しまくる輩は、実害が生じた時責任を負わないだけではなく、更なる事故へ繋ぐ行為をしていることを自覚していない。
揚句の果てに放射能は体にえーっちゅう人も出てくるからね。
ほな何で妊婦はレントゲン取れへんねん!?
世界中どこでも、あかんものはあかんねん。
理屈はなんぼでも述べられるし、データや分析もなんぼでも仮説によって変わる。
実害一人でも出したらあかんのです。
そのリスク負わせたらあかんのです。
しかし我が国の政府は隠蔽ばっかりやな。
以下転載致します!
お疲れ様です。Iです。
今回の活動報告①です。
9:00〜12:00
南三陸歌津寄木
“民宿やすらぎ”
にお邪魔し、Mさんにコーヒーをご馳走になりながら、球根植えの場所をお伺いました。
雪が降り積もる中、民宿の上の高台の景色のよい畑に移動。
寒さで手が凍えそうになる中、男性陣4名が耕し&女性陣8名が手分けして300個の球根をワイワイと植えてきました!
11:30
その後Mさんに、カップラーメンをご馳走になりながら、色々なお話をお伺いました。
被災した時のお話、これからの“やすらぎ”をどうしていきたいかの熱のこもったお話でした。
「南三陸は自然の幸に恵まれ、とても豊かだった。しかし、私たちは心の豊さがわかっていなかったんです。震災があったから、そのことに気づかされた。だから“心の豊さ”“当たり前こと”の大切さを全国に伝えたい。」
これから民宿を復活し、被災体験を語り継ぐこと。
そして、若者達の力で漁業を復興させたいということ。
Mさんの息子さんと漁業に取り組む若者を全国から探しています。LOTSでも若者を集め、力になれるよう応援していきたいと思いました。
そして、Sさんのお知り合いの仙台の方の取材を受け球根部の熱を、個々の熱を動画におさめて頂きました。
公開などは後日。
その方の差し入れの水耕栽培いちごを食し、
石巻班、志津川班
12:30に石巻班は南三陸のKさん率いる、さとうみの建設中のワカメ加工場をみて、出発。
次に続く〜
今回は球根植えとワカメ工場再建をコラボでやったようです。
嘘やろ!?
東北自動車道、雪のため通行止め!
どしよ・・。
ここで何とかする能力発揮せな・・。
さ・・策なし。
下道トボトボ。
何かそんなことあったなぁ。
台風来た時や。
結構大変なことやな・・。



やばい。
東北自動車道、走ったら前見えへんし、止まったら進まへんし。
とんちやね。
答えは勘を頼りに走る。
何もひねってない・・。
運転で必死て凄いな。

雪まみれ。
やっと一関から東北自動車道へ。
でもしばらくはスピード出せそうにないなぁ。
めっちゃ時間かかりそう・・。




陸前高田の竹駒地区で地区の復興について協議していく会に参加。
うちの薬局がその地区にあることと、政治的にいろいろと提言してきていることから参加するようにと声をかけられ、場違いと思いながらも参加。
竹駒地区は海から随分離れているにも関わらず、津波が川を上って逆流し、堤防に不備があったため、津波被害があり、町は大惨事となった。
今回の復興計画では、国土交通省や復興協議会の案では、堤防の増設は検討されず、原案に盛り込まれていない。
また、居住区域のかさ上げもない。
あるのは集団高台移転のみ。
しかしながら、高台移転先は山奥で、高齢者の多い竹駒地区では車は運転出来ない。
高台移転には移転先が大きな問題となる。
津波を被った平地部分を山を削ってかさ上げし、町をフラットにして国道に近い場所を町にして、川の堤防を、過去の教訓に学んで高くするべきだ。
しかも防潮堤も堤防も、地中奥深くまで支柱をいれないと、すぐに決壊するような堤防では駄目だ。
意見がたくさん出たが、大筋上記課題を克服すればよい。
しかしながら、恐らく行政は対応出来ないだろう。
何故なら今は、第三次補正予算の申請をするための復興だからだ。
地域の意見を先に吸い上げた形で国に提案し、第三次補正予算が決まったのではなく、国と被災地の連携が取れないまま第三次補正予算が決まったので、やっと地域の意見を予算に合うように吸い上げ始めているのが実態。
もちろん、住民の提案と調整をし、国に補正予算を認めさせる交渉を不規則に出来るはずなのだが、前例の無い事は行政はやらない。
要は被災地復興は例外ばかりなのだが、例外への対応は不可な仕組みな訳だ。
当初からそうではある。
だからこそ、僕は民間の力と活力でフットワーク軽く前例を作り上げ、行政を活用し、連携体制を作っていく役割だと思っている。
にしても力不足ではあるが。
やれるだけやったろう。
会の後、仮設住宅へ。
仮設住宅でもいろいろと陸前高田の復興についていろいろと協議した。
あるべき姿はある。
行政との連携はもどかしいが、力を借りなければ出来ない事が被災地復興には多すぎる。
うまく連携していく役割を果たして行こうと心に決めた。
仮設住宅で12時まで話して、外に出たら考えられないぐらいの雪。
これで東京今から戻らなあかんて殺生やでこれまた。
スキー場か!?と言わんばかりの豪雪地帯。
タイヤが雪にのめり込む。
普通テンション上がるはずやけど、マジ身の危険感じるわ。
時速40キロで横滑りて。
まぁ楽しみながら帰ろ。
テレビ局がうちの薬局に取材に来た。
岩手県医師会が陸前高田のために高田一中で診療所を開設し、地域のために貢献している姿が放送される。
うちの薬局は高田一中の診療所が出来てから土日返上して週7日休み無しで診療所を微力ながら支えて来た。
スタッフには感謝感謝だ。
まだまだ不備があるが、これからもずっと貢献していこうと思う。
取材後、地元の方々と陸前高田の復興について話し合った。
やはりこの町の鍵は、防潮堤や堤防に地中奥深くまで支柱を打ち込み、津波が来ても倒れない防潮堤を作る事と、竹駒地区、矢作地区を中心に考えた都市再開発計画を作る必要性がある。
産業は予防医学を中心とした医療特区構想を実行し、高齢者が健康で安心した暮らしが出来るまちづくりを推進しなければならない。
あとは航空機産業の誘致政策。
雇用を生み出せる仕組み作りが必要。
これらを柱として、農林水産業全てを6次産業化すること!
こんなけやれば、町の人口は必ず増えるし町は繁栄する。
自信がある。
誰がやるか、誰が決定権持って取り組むかが大きな壁。
町としてやって欲しいところだが・・。
僕は小さなレベルからコツコツやるしかないが、やり切るつもりだ。
皆さまから水募金の支援金を頂いております。
心より感謝しております。
以下、ご報告申し上げます。
入金総額 1,156,000円
入金者内訳(入金者順敬称略)
富山泰庸
松本陽子
福本太郎
松本陽子
山川由美
石川照代
竹島静絵
竹森美加
ウラヤトモエ
伊藤理恵子
ゴトウエミコ
伊藤広美
荒川大
オオバアユミ
高島明
サワダチカコ
カ)ラフルテイエール シ
ミタカジム
山川由美
石川照代
竹島静絵
上崎愛子
ダルマカイイチドウ
古家志織
サワダチカコ
ヨシダヒロアキ
石川照代
ショウワ50ネンソツカイシ
ユ)アウンボ
山川由美
コウチヤマユウコ
鈴木宏郎
オオバアユミ
サワダチカコ
チーム・エーテル
さまからご入金いただきました。
出金は
ガソリン代 78014円
水保管用倉庫賃料 398300円
車修理代 50000円
銀行手数料 820円
です。
まだまだ園児のための水支援は継続的に活動していきます。
がんばります!
また、LOTS災害支援プロジェクト自体への活動支援金を約400万円弱頂きました。
たくさんの方々からのご支援に本当に感謝しております。
物質運搬やボランティア輸送のためのガソリン代や車修理代などに使用し、全額底を着きました。
メンバーの方々には去年暮れから手弁当で活動して頂いてる方々も多く、本当に頭が下がります。
明細をまだまとめきれていませんが、まとめ次第ご報告申し上げます。
本当にありがとうございます。
全く支援金などを呼びかけて来なかったにも関わらず、活動に共感していただき、進んで支援金をお振込みして頂いた方々には本当に頭が下がります。
支援金は本当に有り難く、全て被災地復旧・復興支援に注いでいます。
誰の人件費にも充てず、メンバー皆手弁当で、交通費に使わさせて頂きました!
本当にありがとうございます。
感謝感謝です。
集金力があまりなく(集金営業活動が皆無なため)、お恥ずかしい限りですが(他団体には笑われている額で・・)、支援金募集してない中、手を差し延べて頂いた方々には本当に感謝しております。
なけなしのお金を注ぎ込んでくれた方もいます。
ほとんどが個人さまからのご支援で涙が出るくらい嬉しいです。
ありがとうございます。
本当にありがとうございます!
薬局のミーティングを大船渡で行った。
課題の洗い出しから将来の方向性までをみんなで話し合う機会を定期的に持っている。
まだ創業してから半年なので課題山積みだが、必ず良い会社に成長していく。
これからだ。
いろんなことがいっぺんに起きると頭の中がこんがらがる。
脳みその情報処理がフリーズする。
昨日はそのせいか、陸前高田と大船渡を往復している車中で寝てしまった。
朝起きたら7時。 びっくりや。
今日は、一個一個情報処理をしたが、あっという間に時間が過ぎた。
小学校を宿泊施設にするプロジェクト、薬局の運営展開、介護事業への着手、仮設住宅のサポート、医療特区の草案まとめ、航空機産業誘致などなど。
まだまだ盛りだくさんにあるが、一個一個。
しかし、今日も仮設住宅で亡くなった方がいる。
力及ばず。
仮設住宅の暮らしは、家庭ごとによって異なるが、基本高齢者にはとても厳しい。
コミュニティーがなくなったこと、核家族がいきなり親と同居する際にできる家庭内不和、いく所も話す相手もいなくなること、お一人住まいのかたがたも本当に多く、仮設から出ない生活。
データによると、仮設住宅暮らしによって、高齢者の運動機能が通常の3倍の速度で低下し、筋力低下、栄養不足、精神的疲労などで、体を壊したり亡くなられたり。
健康だった人が要支援者に、要支援者が要介護者に。
しかしながら、認定が遅れ、施設やサービスも不足しているところから、誰にも相談できず困っている方がいる。
排便を漏らしたときに対応ができず、頼る人もいない方々もいる。
相談もできず・・・・。
ある人は言う。 「もともと大変だった地域だ」。
確かにもともと高齢化に拍車がかかっている地域ではあるが、震災後、仮設住宅の狭い部屋に押し込められ、かつコミュニティーが存在せず、家族一緒になったかたがたでは不和が生じ、独居の方は相談ができない状態。
僕らも何とか一軒一軒少しのご縁のある人たちには少しずつ対応しているが、何せ地域が広い。
くそっ。
力足りず。 非力さを感じるが、目の前にあることを展望見据えてやるしかない。
んなこと考えてたら、また車中で寝そうになる。
ちゃんと自分の健康も考えんと。
って言ってられない実情もある。
今がんばらないと・・・。
高田一中診療所訪問。
ご挨拶をしてきた。
一中の診療所は陸前高田にとってとても有り難い。
八月から仮設の診療所で住民の医療の一端を担って来ている。
壊滅的な被害を受けた高田地区から西南方面の鳴石、竹駒、矢作、気仙町、長部地区の方々にとっては非常に有り難い存在だ。
岩手県医師会に感謝感謝。
挨拶を終え、矢作の宿に戻り早速資料仕分け、資料整理と作成業務に入る。
まだまだ一日は長い。
朝から石巻市役所へ。
石巻の医療・介護・福祉・くらし再生のための協議会メンバーとして参加。
特区構想を描く役割として重大な責務。
今後更に多忙を極めることになりそうだ。
構想は喫緊の課題として今の仮設住宅における健康の向上と医療不足の解消を短期解決課題と位置付け、中長期として石巻を医療特区として、石巻の特性に見合った「誰がきても健康に安心して暮らせる町」として構想をまとめていく。
課題が山積みではあるが、たくさんの有識者と共に作り上げていく。
医療と健康で雇用が生み出せる町に。
今年勝負です。
大船渡の薬局に忘れ物。
戻らないと(*_*)
明日に備えて石巻へ向かう。
天気予報晴れやったくせに雪結構降って積もってきとる。
安全運転やで全く。

業者さんを周り、ご挨拶。
被災地の復興の遅れや、国と県と市町村の連携がうまく行かない点などいろいろと生の話を聞いた。
ここの連携は肝なのになぁ。
あれこれしているうちに日が暮れ、大船渡の薬局で一人書類作成。
地道な作業がモノを言う。
六時半頃、薬局のある大船渡猪川町で火災発生。
ほんま近くで、薬局の周りは騒然としていた。
薬局の駐車場が満杯になり、沢山の人達が周りに出て来た。
幸い怪我人はいないらしい。
家屋一軒が全焼したそうだ。
ニュースでも今やってた。
書類作成が終わり、薬局スタッフが勉強会に参加している大船渡病院へ。
合流して、アパートまで送り、陸前高田へ。
しかし寒い。
ちょっと旅館のお風呂入ってあったまろ。






最近いたるところで聞く話。
「復興には長い年月がかかるから焦らずゆっくりと」。
確かに完全復興には長い年月がかかる、このスピードでは。いや、このスピードだと復興実現が厳しい。
仙台を除く被災地全域は元々高齢化比率の高い地域であり、産業も農業や水産業であり、一部セメントや製鉄業もあるが、国際的競争力の厳しい産業であり、就労人口を集める魅力に欠ける。
そのため、人口流出は著しく、町の衰退が大きな課題であった。
そこに地震、津波、火事、原発、行政の対応の遅れという五重苦が押し寄せ、町が壊滅的被害を受けただけでなく、復旧、復興の遅れがたくさんの弊害をもたらしている。
弊害は主に、被災者の主体的な復興への意欲が削がれること。次に復興の遅れにより、就労人口がさらに流出し、被災地の居住者が高齢者だけになってしまい、生活弱者が増えること。
絶対に避けなければいけない孤独死、自殺者の増加は今後さらに出てきてしまう。
復興への鍵は復興実現に向けたスピード感であり、街が産業政策を盛り込んだ復興計画と復興理念を打ち出す必要性がある。
が、十ヶ月経った今も何もない。
国土交通省絡みの高速道路や防潮堤建設などの図面はどこもかしこも出来上がり、利権の名の元に土建屋が儲かる復興計画図面は出来上がっているが、どこもかしこも包括的な街の復興ビジョンはない。
今のままでは、極端な言い方をすれば、復興計画イコール道路工事計画だ。
国が勝手に現状も知らないで決めた制限のある事業のみ予算が出て、街のビジョンから予算を決めるのではなく、予算に応じた復興計画に成り下がり、被災地各々の特性を見極めた復興計画は存在しない。
一日も早く復興ビジョンを各々の街が決めて、住民に光と方向性を示唆することが最優先事項であることは、去年の3月から警鐘し続けて来た。
今年の3月までが復興に関わるニュースの期限だと思っている。
3月が過ぎれば日本はオリンピック一色だ。
今のうちにビジョンを掲げ、スピード感を持って産業誘致や政策実行をやらなければならない。
そのためには、二つ目の鍵であるストロングリーダーシップが必要だ。
反対意見などを押し切り、住民と意見交換をし、納得してもらえる材料をふんだんに用意して交渉し、実行までおとしこむ。
このようなリーダーシップはそもそも我が国日本に不在であるが、今は相当求められる。
その人材いかんで街の復興が決まる。
その意味でも三つ目の鍵として外からの人材登用が必要だ。
広い見地を持つだけでなく、腹が据わって実行力ある人材。スピード重視で動ける人材。
これは実業家にしかいない分野かもしれない。草の根分けてでも探し出して人材登用するべきである。
これは国や県からの出向では成立しない。何故なら立場が邪魔するからだ。
しがらみにとらわれない民間からの人材登用が必要。
四つ目の鍵は、内部主体の復興ではなく、内部と外部の融合型の復興でなければならない。
被災地の元々ある企業や産業を復興させるのは当たり前に大事なことだが、完全に復興するまでの五年〜十年の間に、それが待てずに、再建を諦め、他の町に移らないと生活再建自体ままならない方々ばかりが続出する。
商店街を元通りに戻しても街がない、人がいない、出店者のいない商店街になる。
漁業を復興させても、後継ぎのいない漁業となり、農業もしかりだ。
本気で街を復興させ再建させるには、インセンティブを働かせ沢山の企業に来てもらう必要性がある。
法人税非課税もいいが、戦略産業を決め、街の特色を活かした産業誘致を構想し実行をすぐにでもしなければならない。
従って、被災地の市町村は排他的ではいけない。融合と受け入れを前提に事を推し進める必要性がある。
スピード、リーダーシップ、民間人材登用、外部受け入れ体制。
残念ながらどれも不在である。
しかしこの四つをやれば確実に前進する。
間違いない。
しかし現実は逆である。
スピード重視よりもゆっくりと平等にみんなの意見を聞いてあたふたしている。
主体性を持った意見はなく、ストロングリーダーシップはない。
民間人を要職にはつけていない。
権限譲渡と責任を与え実行させたら良いのに。
ここでは企業ではなく人材の登用が必要。
また外からの企業進出の受け入れに対しては排他的な部分が支配的であるのが現実。
これ何とか変えないと。
もしこのままのペースと環境で復興を進めるのであれば、被災地の人口流出に拍車がかかり、高齢化が促進され、街の活気が失われ、被災地市町村が財政破綻を起こし、東北経済が大きな打撃を喰らうことになる。
今の舵取、今の取り組みが被災地市町村の今後を大きく左右する分岐点であることは間違いない。
危機感を持って取り組まないと。







昨夜大槌町に到着。
浪板海岸にある民宿サトウに。
着いて、民宿の一階が綺麗になってて光が灯っていたのに感動!
ここは一階が津波に飲み込まれ見るも無惨な被害を受けた民宿。
3月からずっと支援させて頂いていたところ。
ようやくオープン。
既に1月はお客さんがいっぱいとのこと。
着いて、民宿のドアを開けるとおじちゃんとおばちゃんが出迎えてくれた。
涙が出そうになった。
民宿の目の前はまだまだ津波の痕跡と地盤沈下した海岸が広がるが、大槌町に一つの再建の希望の火が灯っていた。
部屋も広いし、お風呂も広いし、朝晩の食事も美味しい。
星、超超凄いし!
毎日お客さんのために朝から晩まで働いているらしく、おばちゃんは疲れてそうだった。休みが無いらしい。
でも嬉しい悲鳴。
発災当初は生活出来ない悲鳴だったのにね。
それでも再建のための借金は新たに作ったそうだ。
早く回収出来たらいいなぁ。
でもおばちゃん疲れてるからほどほどに混む感じがいいんだろうなぁ。
陸前高田の薬局の周りで天然材木(間伐材)を使用して、仮設でシックハウス症候群にかかっている方々用の集合住宅を建築していくためのミーティング。
様々なコミュニティー形成や高齢者サポートのためのセンターになる施設も準備していくことになる。
やはり仮設住宅住まいの失われたコミュニティー形成と高齢者ケアは本腰入れてやっていかないといけない。
待った無しの方々もいるし。
ミーティング終了後、陸前高田ネットワーク会議を主催している方々と協議した。
陸前高田の復興のために各団体と協力してやっていくことになる。
たくさんの力結集したらもっとスピードアップ出来ると思うし。
今年は実行と実現。
気合い入れな。
たった今文化放送くにまるジャパン出演。
ちゃんと話せたかな?
くにまるジャパンさんには本当に感謝です。
ずっと被災地の状況を発信し続けて下さっている。
恩に報いるためにもがんばります!
陸前高田到着。
東京にも書類たまるわ、陸前高田に戻って来たらまた書類山積みやわ、着いて早々目通さなあかんて、これ殺生やで。
まぁ勝手に自分がやってることなんでしゃーないけど(-_-)
しかし寒い。
さむさむで寝れん。
月一の災害支援活動のミーティングが終了。
今年はより具体的に雇用創出と被災者の生活向上のために奔走する。
早目に切り上げ、首都高に乗った。
長い道のりだ。
しかし慣れるもんだ。
被災地復興を一日でも早く。
みんなでやりまっせ!
メンバーが福島の倉庫に集めているお水を南相馬市にお届けしました。
うちのメンバーには頭が下がります。
以下、報告メール転載いたします。
お疲れ様です。Kです。
14日(土)の南相馬市水搬入報告です。
14日朝5時出発。須賀川にて2tレンタカーに乗り換え須賀川倉庫にて2t167ケース(12L)積み込み一路南相馬市に…。
峠道の凍結も無く12時過ぎに到着。30分休憩したのちに南相馬市立総合病院に横付け台車にて7往復。
15時半に終了。127ケース搬入。
気仙沼のMさん依頼の託児所に向かい、40ケース搬入。手伝っていただけたので30分かからず終了。
須賀川に戻りパレット等を倉庫に返却してレンタカーを返して神奈川に22時半着完了致しました。
現在、南相馬市の水配布状況。
幼稚園、小学校、中学校、個人に、NPOさんと連携して12月より毎週2回に分けて月10t供給しております(3月まで)。
須賀川倉庫より今週中に40t移送予定。写真はまたアップさせて頂きます。
1月中には、郡山、いわき市等にも再配置完了予定です。
某大手人材派遣会社訪問。
被災地の企業へ、国のプロジェクトとして、新卒のインターン派遣の協力体制について協議。
被災地企業への人材の貢献を行って行く。
少しずつでも前進めて行こう。
たくさんの方々から温かいご支援をいただいております。
なかなかまとめることができず、去年11月頃のご支援の内容になりますが、出来る限りまとめてみます。
たくさんの方々が、色んな情報を伝ってご支援いただいております。 全て記載できてないかもしれませんが、本当に心より感謝申し上げます。
小林さまから葛湯を陸前高田宛に送っていただきました。 風邪をひかないように、寒さに対応できるようにと身も心も温まるご支援です。 本当にありがとうございます。
ヨシダさんが介護用ベッドを陸前高田宛に手配していただき、納入していただきました。 仮設住宅でお一人住まいで介護用ベッドがなく(実は布団にも困っておりました)、非常に不憫な生活をされていたのですが、介護用ベッドのお陰で本当に楽に住居内の生活が送れるようになりました。 本当に心から感謝申し上げます。 ありがとうございます。
マザーニアさまから化粧品ポーチを陸前高田宛に送っていただきました。 陸前高田だけでなく、大船渡の女性の方々に配布させていただきました。 本当にありがとうございました。
森川様から衣料品を石巻に送っていただきました。 手配など含めいつも本当に感謝しております。 ありがとうございます。
陳さまからパイプ椅子を大船渡に送っていただきました。 いつもいつも陰ながらのサポート本当にありがとうございます。 感謝感謝です。
ヨシダさまからホットカーペット、ストーブを大量に石巻に送っていただきました。 本当に大量のご支援です。 冬対策が遅れている地区に手配いただき、寒さが厳しくなる前に届けられることが出来て本当に助かりました。 有り難いご支援です。 心より感謝申し上げます。
また、ヨシダさまからスウェット上下、懐中電灯、ソーラーランタンを石巻に送っていただいております。 仮設住宅での生活における必要な品々、取りそろえてお届けいただき本当にありがとうございます。
深野さまから電子レンジと日用消耗品を気仙沼復興商店街のために送っていただきました。 本当にいつもいつも長期継続的なご支援頭が下がります。 本当にありがとうございます。
茂木さんからちゃんちゃんこ、こたつ、ホットカーペット、食糧、コタツ布団などを陸前高田宛に送っていただきました。 茂木さん、本当に文字通り温かいご支援、本当にありがとうございます。
森川さまから150足もの靴下を陸前高田及び大船渡の仮設住宅宛に送っていただきました。 本当にありがとうございます! いつも本当に感謝です。
満盛さまから結露取りテープ、キッチンペーパー、ティッシュを南三陸町宛に送っていただきました。 本当にありがとうございます。 住民からのニーズに応える形でのご対応ありがとうございました!
片岡さまから園児用リュックを陸前高田の保育園宛に送っていただきました。 とっても有り難いご支援です。 感謝申し上げます。
福岡さまからお水を陸前高田用にお預かりし、お届けいたしました。 毎月の継続的なご支援頭が下がります。 本当にありがとうございます!
古森さまから雑穀米を陸前高田宛に送っていただきました。 いつも考えられてのご支援本当にありがとうございます。 英語塾、塾生が増えてきました。 本当にありがとうございます。
中村さまから電気毛布を陸前高田宛に送っていただきました! 冬対策の最中でしたので本当に助かりました。 ありがとうございました!
とうごう薬局にあるストーブとオイルヒーターを清水さんが気仙沼の仮設住宅用にお届けいただきました。 清水さんにはいつもお力添えいただき、本当にありがとうございます。 心から感謝申し上げます。
宮澤さまから空気清浄機、電子レンジを気仙沼の病院宛に送っていただきました。
いつもいつも気にかけていただき、本当にありがとうございます。 頭が下がります。
練馬区の方から事務机を石巻に送っていただきました。 本当にありがとうございます。
藤沢市の方からチーズなどを石巻に送っていただきました。 心から感謝申し上げます。
牧さまから毛布を気仙沼に送っていただきました。 冬対策少しでも間に合った方がいます。 感謝いたします。
小林さまからココアとお豆腐を陸前高田宛に送っていただきました。 すべて送っていただく品々には被災者への思いやりがこもっておられますので、感服いたします。 本当にいつもありがとうございます。
愛知県さまから大人用おむつ、子供用おむつ、尿取りパッド、ブルーシート、生理用品など大量に山田町、盛岡市、大槌町、南三陸町、気仙沼市宛に届けていただきました。 愛知県の支援の手は本当に至るところで話を聞きます。 本当にありがとうございます!
郡司さまからストーブ大量の確保をしていただき、支援にまわさせていただきました。 被災地全域でストーブを配布させていただきましたが、数が足りないところを補えることができたのも有り難かったです。 本当にありがとうございます。
匿名の方から、気仙沼の病院のベッド用に直接病院宛に寄附をしていただきました。 本当に助かりました。 ありがとうございます。
森川さまから電気ストーブ、ホットカーペットを気仙沼宛に送っていただき、介護用おむつを南三陸町宛に手配いただき、金藤さまにお届けいただきました。
本当に大量の物資支援の手配ありがとうございます。 心より感謝申し上げます。
井川さまよりマンガを大船渡に送っていただきました。 たくさんの子ども達に愛されております。 ありがとうございます。
片岡さまより大根、白菜、餅米、ゆず、里芋、長ネギ、春菊、餅米機、みそ、お米、防寒具、幼稚園バッグなどいずれも大量に陸前高田の仮設にお届けいただきました。 本当にいつもいつもありがとうございます。 感謝申し上げます。
菊池さまの手配でコートを大量に被災地全域に送っていただきました。 冬物が足りない時期での配送本当にありがとうございました。 心より感謝申し上げます。
折登さまからお布団を陸前高田宛に送っていただきました。 度重なるご支援頭が下がります。 本当にありがとうございます。
中村さまから電気毛布と電機アンカを陸前高田宛に送っていただきました。 全て必要な仮設住宅に配布済みです。 本当に助かりました。 ありがとうございます!
庭野さまから石油ファンヒーターを陸前高田宛に送っていただき、電気ストーブ、ホットカーペットを気仙沼宛に送っていただきました。 冬対策に必要不可欠な品々、こちらの呼びかけにご対応いただき、本当にありがとうございます。 心より感謝申し上げます。
佐々木様のご友人の方から掃除機を気仙沼の病院宛に送っていただきました。
本当に助かりました。 ありがとうございます。
あしながおじさん(匿名)さまから40インチテレビ、静音設計掃除機2台ずつを気仙沼の病院宛に送っていただきました。 病院の待合室ならびに診療に大きく貢献しています。 ありがとうございます。
岡崎さまからヘアアクセサリーとマスクを大船渡に送っていただきました。 とっても可愛いものばかりで、子ども達に大人気です。 ありがとうございます。
森川さまが結露取り水滴ワイパーを大量に南三陸町、いわき市、陸前高田市宛に送って下さいました。 本当にいつもいつもお気づきの点を着実に行動に移して下さいまして、ありがとうございます。
大場様からパネルヒーターを陸前高田宛に送っていただきました。 いつも陸前高田のために尽くされているお姿、頭が下がります。
森川さまがホットカーペットとストーブを大量に陸前高田と気仙沼に送って下さいました。 被災地の冬が越せるのは森川さんの大活躍のお陰様でもあります。
感謝申し上げます。
プロント一同さまから大量のホットカーペットを気仙沼宛に送っていただきました。 全て配布済みです。 プロント一同様には本当に頭が下がります。 いつもいつも本当に数多くの大量ご支援心から感謝申し上げます。 ありがとうございます。
岩井さまから水を南相馬宛に送って下さいました。 SaveIwateさまのご尽力にも本当に感謝申し上げます。 ありがとうございます。
Yuko031さまからコタツ布団を陸前高田に送っていただきました。 本当に助かりました。 ありがとうございます!
ふとんのなかさまからオイルヒーターを陸前高田宛に送っていただきました。
本当に助かります! ありがとうございました!
湯田さまからお布団を陸前高田と石巻に送っていただきました。 布団が足りないという呼びかけにご対応いただき、本当に感謝しております。 ありがとうございます。
工藤様からストーブを陸前高田宛に送っていただきました。 ストーブがない仮設や在宅の方が多く、本当に助かっております。 ありがとうございました!
古森さまからストーブを陸前高田宛に送っていただきました。 いつもいつも本当にありがとうございます。 本当に心からいつも感謝しております。
まだまだまだまだご支援いただいているのですが、またの機会にまとめてみます。
本当に皆様のご支援で被災地での生活が最低限保たれている部分があります。
本当にありがとうございます。 心より厚く御礼申し上げます。
ありがとうございます!
今日は被災地支援活動のミーティングをして頭を整理した後、青雲塾に参加した。
中西真彦氏(82)による講演で、これからの日本を背負って立つ若者に向けていろいろと教えてもらえる会だ。
世の中の動向や大局は見えるし、目の前の出来事に対して答え持ってるわで、僕にとっては人生の羅針盤になるぐらいのもの。
今日は色んな事を教えてくれたが、「雄々しい」という言葉を胸に刻んだ。
男たる者、私心を捨て、火の粉をかぶっても広く社会のために尽くすべし、と。
今まさに自分のやっていることが、誰に何言われようが間違っていない事を再認識するとともに、まだまだもっと火の粉かぶって行く覚悟を持って取り組まないといけないと心に刻んだ。
今年は激動の年になりそうだ。
しばらく車で仮眠。
何故か暖房がきれてて寒くて起きた。
あまりにも寒いので、佐野サービスエリアまで行って佐野ラーメンを食べようと車を走らせた。
佐野サービスエリアはすぐに着いた。
今回はニラ温玉ラーメンを注文。
これは激ウマです!
ニラが香ばしく炒めてあるのと、青々した新鮮ニラが混ざってあっさりスープにコクが出よる。
いやぁ。あったまりました。
あったまったね〜。
あったまったよ〜。
再び東北自動車道南下。
あったまったおかげで再びおねむだ。
あかん。
眠い。
ねむねむや。
都賀西方パーキングで一休み。
よりによって一番何もないパーキング・・。
すいてるけど。
今日は朝から石巻市役所へ。
医療再生ワーキングのメンバーとして医療特区構想を作りあげるために参加。
ワーキング自体は、石巻の医療をどう再生するかのミーティングで特区云々の話ではないが、実態に即した特区構想を提出出来るようにするために参加。
範囲の広さと複雑さで、膨大な打ち合わせとミーティングと調査が必要になる。
ミーティングの時間は随分押した。
一日でも早く医療が再生出来るように尽力します!
十ヶ月というのは長い。
しかし、復旧、復興の見通しは立っていない。
問題点は明確。
問題点がわかれば解決策はあるはず。
僕が思う問題点と解決策を述べる。
1-仮設住宅の設備の問題。寒さ対策の遅れや、交通アクセスなど。
⇒国がイニシアチブ取って財源を確保し、地方に直接予算割り振る。仮設住宅の問題や巡回バスだけでなく、各仮設で見回りシステムを作りカーシェアリングなどを行う。
2-コミュニティーがない。近隣住民とのコミュニケーションがなく、独居高齢者が多く、孤独死や自殺などが懸念される。
⇒コミュニティー形成のためにボランティアを活用しイベントを頻繁に行う。有能なボランティア団体(リーダー見たらわかる)に財政支援をし、民間の力を活用する。社会福祉協議会が仕切るのではなく、そのような支援団体の後方支援に回る。
3-被災者の精神的ショック。地震、津波、火事、原発、行政のあしらいかたによる無気力感の増大。
⇒医師や保健士などの指導に基づき、ボランティアを大幅に活用し被災地の沿岸市町村家屋全域(都市機能を失っているので、仮設だけでなく、全ての家屋対象)をローラーかけて、受け身ではなく能動的に見回りサービスを展開し、コミュニケーションをとりながらニーズに応えていく。
4-医療・福祉不足の問題。医療従事者不足、施設の不足。
⇒こんなもん早急に国の財源で全て早急に対応する。
5-土地問題。被災地区の土地の買い上げが決まらず、地盤沈下により価値が目減り。高台移転も決まらず。
⇒高台を国が購入し、地盤沈下した土地などと等価交換。せめて7割の土地価格で交換。
6-土地計画が定まらない故に企業誘致、企業投資が出来ず、産業振興が出来ない。
⇒土地問題が解決すればどこに誘致出来るかと企業の思惑が合致する。ここでは戦略的産業を各市町村の強みに合わせて決断して推進する。光とゴール見せないと話にならない。
7-雇用の壊滅。未だ雇用がない。
⇒産業誘致と特別な助成や金融措置あるいは税金措置をすれば自ずと解決する。
8-行政機能不全。職員の人手不足と対応能力と法整備の問題。
⇒民間人の思い切った登用が必要。有能な人材の登用は民間目線でないと厳しい。
9-人材不足。都市計画立案の人材とアントレプレナーの不足。
⇒高額予算でヘッドハンティング。あとは税制特別措置など財政及び金融及び税政政策による環境整備。
財源は日銀が紙幣を刷って多額の米短期国債を買い上げ、銀行にキャッシュを流し、復興国債などの長期国債を発行し銀行に買い取ってもらう。米短期国債の事実上長期化をする。
10-超高齢化社会。そもそも就労人口が流出していて、経済を支える力がない。
⇒若者がチャレンジしやすいビジネス環境を作り、外から人を入れるしかない。
水産業、農業の規制撤廃と漁協や農協の解体を行い、農林水産業の6次産業化を行う。
11-放射性物質の脅威。これにより健康被害は基より、農業、水産業の見通しが立たない。
⇒しっかりと土壌、海底、水産物、農産物の放射性物質の数値測定を徹底し、基準をチェルノブイリ事故のあったウクライナより厳しい基準にする。何故ならチェルノブイリ事故より福島原発事故は被害が大きいから。
12-除染が進まない。放射性物質を含んだ瓦礫処理が出来ず、移転先も決まらない。
⇒除染が出来る業者を徹底的に調べ優秀な企業を中心に即実行し、ベクレル数の少なくなった瓦礫を他の市町村に受け入れてもらう。
放射性物質は福島原発の地下に濃縮保管する。
同時に放射性物質除去に関する技術革新に巨大予算をつけ、世界の事故に備える。
13-国、県、被災市町村の情報連携不足だけでなく意思疎通が取れない。中央政府だけでなく県レベルで苦しみの感覚を共有出来ない人間力。
⇒国民一人一人が利権政治や無関心政治ではなく、しっかり選んで投票する。若しくは革命やね(日本には向いてないが)。
14-二重ローンや事業融資の問題が棚上げ。金融機関もてんやわんや。
⇒事業ローンや住宅ローンは全額補助。あと、緊急時であると言う行政指導を各金融機関に行う。間違っても金融公庫のような温度差のある、復興に興味無いと言わんばかりの銀行を被災地においてはいけない。
15-戦略産業がない。
⇒水産業を6次産業化し自由参入を可能とし、農業は農地法を改正して大規模農地を前提に6次産業化を目指す。高品質、高栄養化、無農薬などの推進を計る。
林業も同じく。
航空機産業を国策として推進。
予防医療の検証を含めた健康産業の推進。
メタンガスハイドレートの採掘を徹底し、日本のエネルギーを確保。
日本の古きよき文化が残るこの地東北で今の日本に足りない道徳教育水準を上げ、日本の教育改革を向こう30年のプランで実行する。
クラスター形成を全ての産業に意識させ、横断的な産業交流と技術移転を頻繁に行う環境整備を産学官民連携で行う。
被災地を法人税ゼロ特区に時限立法で成立させる。
などなどなどなど。
いっぱい思い付くだけであるわ。簡単に書きすぎやけどこれやったら日本が世界を牽引する。
これ向こう十年以内にやるのが僕の夢やね。
発災当初に描いたビジョンと一点も変わらない。
実行あるのみ。
たくさんの色んな力貸してください。
原発事故による放射性物質の飛散によって、母親の母乳にセシウムが検出されていることがわかった。
母乳の放射性物質は厚生労働省の調査によると、福島県の母親からは3分の1の確率でセシウムを検出。
最大で1キロあたり13.1ベクレルであった。
国は「健康への影響はない」としている。
が・・。
また最後の文章が一番問題で。
セシウムは蓄積性があり、毎日母乳を飲む赤ちゃんはセシウム増えるわけやね。
半減期は少なく見積もって三十年。
通常150年とも言われている。
何故日本の基準は高いのか?甘すぎなのか?4月から牛乳が50ベクレルという基準値に下がるが、それ大丈夫なの?
本当に?
世界基準は?
しかも世界は自然放射性物質の値であり人工のものではない。
全て見直し真剣にかけないといけないです。
国ではなくて個人個人が。
本当に注意喚起してください。
食品が加工食品に変わると全く調べられなくなったりしています。
ただでさえ全然調べてないから。
20代30代の独身男性の年収レベル。
200万円以下34%。
400万円以下42%。
600万円以下20%。
600万円以上3.5%。
何故国民所得が落ち、いつまでたっても給料が上がらないのか?
答えは国が低所得者層から吸い上げた富を高所得者層に分配する仕組みになってしまっているからだ。
仕組みとシステムが昭和の旧式ではうまくいかない時代なのに、その仕組みだけ残り、人口分布が大きく変遷してしまっている。
国の舵取の問題。
若者がちゃんと知ってちゃんと見極めて、時には怒って、しっかり自分達の生活と経済と政治の繋がりを確認して、ちゃんと行動しないと、事態は悪化の一途を辿ります。
日々勉強、日々精進、日々アンテナはって、日々判断して行動せなあきまへん。
20代30代が子供作らないどころか、結婚しにくい人達が益々増える。

大島の人達と米海軍の交流が深まる中、議員の方に産業復興案をご提案。
凄く納得されて、早速取り掛かりたいとのご返答を頂いた。
なので早速取り掛かるために大島を最終便で離れた。
歓迎会に参加せずに船に乗り込んだ。
船の中で爆睡。
港に着いたのがわからなかった。
わからなかったついでに、今日食べていないことに気付いた。
復興商店街でマグロ三色丼を食べた。
これがまた激ウマ。
気仙沼に来たら是非食べて頂きたい一品!
今から車を走らせる。
早目に宿に行き、書類作成せな。

大島の人達と米海軍と自衛隊が自己紹介しあい、交流を深めた。
とても暖かい空気が流れている。

記念撮影。
米海軍と大島の方々との友好関係が継続していく。
素晴らしい絆だ。






気仙沼大島小学校にアメリカ海軍が到着。
今回は米海軍と大島の子供達の友好と交流が続いている。
今回は僕らがいろいろと過去に協力したということで米海軍から呼ばれ、参加した。
米海軍から挨拶と、小学生から挨拶があり、米海軍の助けが復興の第一歩となったと感謝の意を伝えた。
また「大島は必ず復興させます!」と力強い言葉を。
小学生と中学生だがとても頼もしい。
子供達にとってこれからも素晴らしい経験を積んで行くことになるだろう。


フェリーぎりぎり間に合った!
途中栃木の矢板パーキングで眠ってしまい、ぎりぎり間に合った。
大島到着〜!
良い島だ。
日々、たくさんの方々に物資支援を頂いております。
本当に心から感謝申し上げます!
取り急ぎ、メンバーがくにまるジャパンのラジオを聞いて物資支援していただいた方々をホームページにまとめています。
もっともっとたくさんの方々にご支援頂いていますが、落ち着いてPCの前に座れる時にまとめますのでご了承ください!
以下メンバーからのメール内容転載いたします。
くにまるジャパン経由でいただいた物資についての報告とお礼を(カンタンにですが)公式サイトに書きました。
http://lots-ss.jp/20120111/
皆様いつも本当にありがとうございます!
収録四時半に終了。
どうだったかなぁ。
なかなか難しい。
五時半に家に戻り荷物まとめて首都高に乗る。
今から東北へ。
ゆっくり行くが間に合うかなぁ。


収録が23時半からスタート!
まだ全然終わる気配はない。
みんなめちゃくちゃ面白い。
凄いなぁ。
東北自動車道南下中、栃木インター付近でお腹が痛くなった。
胃のあたりが激痛だ。
決して便をもよおした痛さではない。
何や?
ストレスか!?
などと考えていると腹痛部分がみるみる下に下がって来た。
腸あたり?
なんやろこれ?
激痛に堪えながら埼玉県に突入。
ううっ。
これはもしや?うんもしたいのでは?
最初の激痛が胃痛だと思い込んでしまっていたトラップにはまり、下腹部からの執拗な訴えに脳の指令室が判断を誤っていたようだ。
うっ。
気付いたら羽生パーキングを過ぎたばかり。
次の蓮田サービスエリアに立ち寄ろうと思い速度を上げたが、蓮田サービスエリア「満車」のマーク。
満車の場合、サービスエリアに入ってからトイレまでもたつく。
しかもトイレが大混雑している可能性があると判断。
次のパーキングまでと判断した。
確か次は・・・。
ん?嘘!?
パーキングがない・・・。
恐ろしいミスジャッジ。
小便なら最悪路肩に止めて放尿出来るが、うんもの場合、立っても座っても人間としての尊厳を失う。
その時、僕の賢い脳みそがひらめいた。
「待てよ、確か料金所通過してすぐに小さなパーキングがある。そこまで我慢!」。
浦和料金所まで!浦和まで!
かなりの激痛で意識朦朧となりながら浦和料金所が見えた!
とそこで気付いた。
パーキングエリアは浦和料金所にはない!
首都高川口料金所だ!
とんでもない間違い!
「僕は間違えない」とblogで断言したが早速間違えとる。
浦和料金所から川口首都高料金所まで4キロ。
もうケツの筋肉プルプルしとる。
相変わらずの激痛と意識朦朧とした脳みそで川口首都高料金所にたどり着いた。
パーキングのサインが!
天国への入口!
ところが料金所のおじいちゃんがもたつく。
神様!神様はいないのか!?
ようやくゲートが開き、早速パーキングへ左折のウィンカーを出す。
ここまで良く頑張った。
しかし僕の経験上、ここで気を緩めると大惨劇になる。
「トイレはまだまだ先だー!」とジャックバウワー風に脳の会議室からケツ筋に司令を出した。
ケツ筋は「り、りょ・う・か・・い」と微かな返答が出来た。
まだまだ余裕を持ったふりして低速でパーキングに入り、忠実に減速してゆっくりと駐車。
エンジンを切り、ドアを開けて鍵をかけ、一目散にトイレに駆け込もうとするが、走ると、ケツの穴の筋肉への司令があまり効かなくなるリスクを伴う。
ゆっくり颯爽と歩きながらトイレに到着した。
しかし!
六つもあるトイレ全てに誰か入っている!
マジかぁ!何で!?何でなん?
「そうだ!多目的トイレだ!」
と外にある他目的トイレに到着するとまた鍵がかかっている。
うっきょー!
脳天まで汗かいてる感覚。
脳の会議室から司令を出した。
レインボーブリッジ封鎖ならぬ「ケツの穴筋肉封鎖!」。
ケツの穴からは「ケツの穴筋肉、封鎖できません!」と織田裕二ばりに反抗。
さらに「事件は会議室で起こっているんじゃない。現場で起こってるんだ!」と名ゼリフ。
あたふたしてる間に、一人のオッサンがトイレから出て来た。
ギリセーッフ!
うんもも良く我慢した。
事なきを経たが、便器にずっと座り込んだ。
達成感というか、感動というか。
お腹の激痛はうんもの放出と共に無くなり、脳天の汗が引いた。
開放感にひたった。
10分間、五月の爽やかな風が吹いた。
昨日、野田総理が石巻と大船渡をあまり意義なく訪問。
「風呂の追いだき機能が仮設住宅にない問題とか切実な話を聞かせていただいた」と仮設住宅視察後記者団に語った。
どこ見とんねん!
風呂の追い焚きがないのは切実な問題ではない!
都内のマンション一斉に整備せーっちゅうねん!
仮設住宅は寒さ対策が出来てなく、コミュニティーがなく、交通アクセスが悪く、仮設に篭るから健康状態悪化して、病院遠くて、買い物不自由かつ不便、何より将来の住まいと職がどうなるのか全く見えない、のが超切実な問題であって、「風呂の追い焚き機能」が切実な問題というのは、この被災地においてビックリする発言だ。
意味不明・・。
うちの国の総理大臣は被災地を視察して感じることは、風呂の追い焚き機能の設備。
支援活動してて初めての着眼点。
やられた!
復興庁に仮設住宅を回らせる指示をしたそうだが、これだと復興庁最初の仕事が仮設住宅を周り「お風呂追い焚き機能ついてますか?」とマジで聞いて周ります。
そんな奴おれへん。
邪魔やし人件費もったいない。
総理大臣が多額の費用かけて被災地に入ってこの有様なら、復興の方針がズレるのは間違いない。
間違いない。
人間としての洞察力に欠けまくりすぎる。
この政権多分全部間違っとるんちゃうかな。


仙台泉パーキングで爆睡。
今から東京へ。
いつの間にか白銀の世界や。


陸前高田の仮設で勝手に陸前高田をこれからメンバー達と語り合った。
やっぱり二度と同じ災害を起こしてはいけない。
避難所であるはずの市民体育館が津波の被害に遭い、たくさんの人が流された。
こんなことがあってはいけないと思い、街の復興計画は防災を真剣に考えるべきだ。
被災地全域に言えることだが、防潮堤の高さばかりに目が行き、防潮堤の土台に目が行かない。
防潮堤の土台が土や砂なら、津波はそこに圧力をかけ、防潮堤ごと足元からかっさらう。
防潮堤があるから大丈夫という神話の検証は再度必要だ。
あとは河口からの津波の逆流と川の堤防作り。
ここが津波による最大の被害をもたらすところ。
ちゃんと対策を練っている復興計画は果たしてあるのだろうか・・。
どの産業を現実的に誘致し、国際競争力のある産業にしていけるのか。
若者が勝手にやってくる産業は何か?
将来日本として勝負出来る産業。
そんなことを話し合いながら、1月11日を仮設で迎えた。
話を終え、とうごう薬局に立ち寄る。
たくさんのご遺体が流れ着いた場所。
お線香を上げ、供養した。
今日で震災発生から十ヶ月。
あまりにも遅すぎる復興。
本当に今必要としていることやりながら、最終ゴールのビジョンを明確に描いて突き進む。
道は間違えてはいけないし、間違えない。
今朝、陸前高田ネットワーク会議に出席。
陸前高田を支援する80もの団体、陸前高田市、社会福祉協議会が参加した。
かなりの人数が集まった会だったが、正直、会の主旨目的が良くわからなかったので質問した。
陸前高田の復興は遅れているので、せっかくの機会なので、この会の主旨目的を明確にして、どこに向かうかの方向性を決め、復興に関する具体的な課題を摘出して、みんなで復興進めたいと思った。
どういうビジョンがあるのか?方向性は?
回答は良くわからなかった。
んー。もったいない。
ただ、あまり方向性がわからないまま次回の会議の日にちが決まった。
危機感持ってたらもちょっとスピーディーに決断しながらやらなあかんと思う。
消化不良の会議。
少しずつ良くなれば良いが。
その後、陸前高田の薬局で毎日新聞の取材を受けた。
陸前高田の復興について。
記事になるには時間がかかりそうな感じだ。
その後、薬局にてミーティング。
今後の様々な課題について話し合った。
その後、県立高田病院へご挨拶。
院長先生に「今年は本当に踏ん張り時だな」と言われ、今後の医療特区構想にいろいろとお力をお借りすることに。
有り難い。
今年は本当に踏ん張り時。
全力全開ですよマジで。
大船渡に立ち寄り物資配って、陸前高田の仮設へ。
まだまだ長い一日だ。
今日は一日電話、物資仕分け、ミーティングと様々なことをやりながら一日が過ぎた。
いろいろとやっていて「やっぱり」が多い。
わかってはいるが、「やっぱり」が多いと確信が増す。
被災地で今必要なのは
1-被災者の生活支援。
2-被災地の経済復興と再生。
3-原発事故や津波被害に伴う健康被害の防止。
この三つ。
何一つ進んでいない。
あかん。
もう10ヶ月。
時間ない。
被災者が諦めの気持ちや、光見えずに復興への不信感を抱いてしまう。
ただでさえ様々な救助法が期限切れとなり、物資支援や行政支援も無くなり、医療負担も通常に戻る。
経済困窮は著しくなり、被災地の過疎化は拍車がかかる。
このままでは目に見える結末。
復興と掲げて再建を目指す仮設商店街も、所得が少なくなって人口も少なくなっている街ではなかなか再建の糸口が見出だせない。
仮設店舗が期限切れしたらどうなるのか。
全て今から、街の再生のビジョンと理念を明確にして、東北だけでなく日本全国、そして世界に勝てる産業を作る構想を練り上げ、優秀な若者を被災地に呼び寄せ、活気ある新しい街作りをしないといけない。
原発事故の健康被害は出ている。
一人も、もう一人も犠牲者だしたらあかん。
マジで去年以上の本気の本気で、命懸けて取り組む必要があると決意した。
地域の人々と繋がり、全国の支援の輪を広げ、行政と連携して、国動かして被災地復興を実現する一年にすると心に決めた。
地位や名誉や金や都合で被災地復興に携わっている人達じゃ動かないのは当初からわかっている。
幸い、僕は元々被災地での地位や名誉や金儲けや都合なんてない。
人生の目標が違うところにあるからだ。
だから見える。
私利私欲という「埃」を取らないと世の中の流れが見えないと、ある尊敬する人から言われたことがある。
今の僕の被災地復興には私利私欲なんて全くない。
てこたぁ、僕責任感もっと持ってやらなあかんと真剣に勝手に思う。
えーねん。一人よがりで。
結果で見せたりますよ。
今年は被災者の生活向上、被災地の経済再生、原発事故による放射性物質からの健康被害を無くすために全力尽くして行きます。
そのためにやらなあかんことはいっぱい。
たくさんの人の力が必要。
方向性は間違えない。
リーダーシップは取って行きます。
皆様のお知恵や様々なお力お貸し頂ければ幸いです。
理念と方針はやっぱり去年3月〜4月に描いたのと全く変わらず。
初心に戻り初志貫徹。
そして実行と実現。
スピードアップ。
今年やります!

マラソンやっとる。
被災したとこ走ってる。
そか。そや。
マラソンやってテレビが中継したらたくさんの人達に被災状況を視覚で伝えられるもんね!
てか、これテレビ中継とかしてんのかな?
いろいろとコメントしたんですが原発問題のがありました。
疲りた。
友人からの情報です!
特に被災地の方々、特に青少年やお子さん、過剰な投薬には要注意です!
基本は米国製薬会社の儲け主義であり、心ない儲け主義の精神科医の都合です。
素晴らしいお医者さんももちろん数多くおられます。
見分ける方法は投薬治療に頼っているかどうか。
精神的な病気は薬で治った試しはなく、薬を断ってから治っているケースだらけです。
付き合い方もありますが、大量投薬する医者は眉唾です。
以下転載いたします。
睡眠キャンペーン=精神科受診促進事業は自殺を増やす
前略
「お父さん、眠れてる?」というキャッチフレーズで知られる、内閣府が展開する睡眠キャンペーンについて、その効果や根拠に大きな疑問が生じています。
このキャンペーンのモデルとなったのは静岡県富士市での取り組みでした。不眠に着目して早期の精神科受診につなげ、自殺を予防しようとするこの試みは、富士市や静岡県でのモデル事業を経て、精神科医の絶賛の下国の対策に取り入れられました。
ところが、効果があったとする精神科医の主張と食い違い、モデル地域であった富士市と静岡県では、以下のように睡眠キャンペーン導入後に自殺者が急増しています。
富士市の自殺者数(参考:人口動態統計)
51人(06年)→51人(07年)→60人(08年)→70人(09年)→72人(10年)
※2007年7月より睡眠キャンペーンが本格稼動
静岡県の自殺者数(参考:人口動態統計)
790人(06年)→804人(07年)→781人(08年)→804人(09年)→854人(10年)
※2009年より県全体の睡眠キャンペーン開始
問題であるのは、誰もこの実態を把握しようとせず、それが市民に知らされていないという事実です。当会が厚生労働省及び内閣府の自殺対策担当に確認したところ、どちらもその事実を把握していませんでした。当然ながら、なぜモデル地域でこのような現象が起きているのかについて、分析・評価すらされていません。にもかかわらず、睡眠キャンペーンは自殺対策に有効であるとする精神科医の主張の真偽が確かめられることなく、国の政策として推進されています。
富士モデルを展開した静岡県についても同様です。精神科にどれだけの患者をつなげたかを「成果」として発表するものの、それが自殺減少に結びついていません。そして、精神科受診が自殺防止に結びついているのかどうかすら評価・分析されていない現状がありました。
つまり、精神科受診を促進すれば自殺を防げるという精神科医の主張が、全くその成果が現れていないにもかかわらず、何ら検証されていないということです。そして、その主張を受けて事業を推進する誰も事実を把握せず、何らの反省や評価もないまま、その事業に多額の予算が充てられているということです。実際、12月22日に内閣府で開かれた「官民が協働して自殺対策を一層推進するための特命チーム」において、事実が隠されたまま睡眠キャンペーンの取り組みが紹介されています。
当会が静岡県にした情報公開請求の結果、富士市内では2007年から2011年9月までで既に582人が一般医から精神科医へ紹介されていました(その転帰は誰も把握していない)。そして、紹介患者が抱える生活問題についての分析は、借金苦10件、経営不振35件、家族の病気35件、過労103件、異動46件と、本来精神科で解決すべき問題ではない状況が多数含まれていました。
ここで疑問であるのは、精神科受診促進が押されるあまり、何でも「精神疾患」として機械的に精神科につなげることが常態化していないかということです。これは、富士モデルに限らず、発達障害者支援や、青少年の精神疾患早期介入事業、被災地でのこころのケアなどでも見受けられる光景です。
多額の借金を抱える人々が「うつ状態」になるのは当然です。ところが、うつ病の定義が科学的根拠なく広がる精神科では、簡単にうつ病とされ、治療が開始されます。そして本当の原因は見過ごされ、不必要なスティグマや副作用のリスク(自殺も含まれる)を抱えることになります。さらには、最近の報道や学会発表で明らかにされてきたように、多剤大量処方など不適切な治療によって患者を死に追いやる精神医療機関が決して少なくない割合で存在しているため、安易な受診で被害に遭う危険性があります。つまり、現在の精神科治療の実態にこそ、自殺が減らない本当の理由を見出すことができるのではないでしょうか?
「精神科医が病人を作る」「自殺者を作る」という主張は荒唐無稽ではありません。日本で最大の精神医学会である日本精神神経学会でも、既に不適切な治療の結果としての自殺や病気喧伝の問題が大きなテーマとなっています。睡眠キャンペーンに対する批判も上がっています。
そして、世界中で問題となっている精神疾患の早期介入問題について、ようやく日本でも精神科医自身から批判の声が上がるようになっています。青少年に早期介入して精神病の本格的な発症を予防しようとするこの試みについて、誤ってレッテルを貼られる危険性が9割であり、不必要な投薬が取り返しのつかない被害を与えるとアメリカ精神医学会の権威は以前から警鐘を鳴らしています。
ところが、日本では震災復興の一環として、この問題ある予防精神医学に多額の公的資金が投入されています。本格的発症前に抗精神病薬を青少年に投与するという、倫理的問題が懸念される実験を行っている東北大学の精神科医が「みやぎ心のケアセンター」の副センター長に就任し、宮城県の寄附による「予防精神医学寄附講座」を大学に設置しています。予防という取り組みが逆に被害を与える可能性があります。
はたして、我々は精神科医にこころの健康をあずけてよいのでしょうか?精神科医の主張を無批判に取り入れることで、却ってこころの健康を悪化させてはいないでしょうか?精神科医は、精神保健関連予算を増大し「精神医療の充実」を図ろうとしていますが、その前に規制、見直しこそが急務ではないでしょうか?少なくとも、多剤大量処方などの不適切な治療によって患者を中毒死、自殺、長期休暇、離職へと追いやっている、決して少なくはない劣悪な精神医療施設を摘発・淘汰することが求められます。
一人でも多くの人々がこの問題に気付き、周囲に警鐘を鳴らすことを心から願います。
草々
物資お届け。
一人のおばちゃんとこやけど旦那さん亡くなったばっかりやから。
夜中になったので玄関前において置き手紙しておいた。
みんながいるってこと感じて欲しいしね。
元気なおばちゃんやけど。
やっぱり周りの家ほとんど取り壊されてて生活する空間という感じではない。
津波の痕跡がそこいら中にある。
たくさんの人達が本当に生活困窮状態。
常に生活弱者の声は届かない。
今年は必ず何とかする。
うりゃー!ですようりゃー!
今から東北へ。
今日は資料作成に没頭。
MBSに資料をお届けし、未だ物資を車に積んで出発。
首都高北上中。
復興に向けて微力ながら突き進みたい。
パネルディスカッションを終えた。
今何が必要とされていて、僕らは何をしたらいいのか?
何が出来るか?
などなど。
結局熱く語ってしまった。
たくさんの素晴らしい方々と繋がる事が出来た。
ほんまこれからです。



武蔵境の武蔵野プレイスにて映画上映会に参加。
今からパネルディスカッションのパネリストとして被災地の現状伝えて来ます!
先程情報が確認出来ました。
6月末〜7月の段階で福島県から原発被害で北海道に避難された方の約8割に相当する方々に健康異常が見つかっています。
子供達にポリープ、20代前半の方々に甲状腺がんなどの健康被害が顕著に出ています。
現在、福島ではホールボディーカウンターなどでセシウムなどの放射性物質が発見されれかなどの検診を行っているところもありますが、原発事故当初のヨウ素の飛散が原因と考えられますので、あまり健康被害測定としては意味がありません。
大事なのは健康の診断を受けることです。
3000円程度で受けられますし、特に血液検査をすれば甲状腺の異常は早期発見出来るはずです。
福島の方々に限らず、線量が高い千葉の柏や松戸、埼玉の三郷、東京のホットスポットなどの地域は特に健康診断の受診をお勧めいたします。
何もなければないに越したことはないので。
ここに来て、発病患者が出て来ています。
随分前から警告を発してはいますが、健康診断を受けることはどなたでも大事ですので、出来る限り病院に足を運んでみて下さい。
特に子供達や新陳代謝の活発な十代〜二十代は必ず受けて欲しいです。
誰にでも出来ること。
よろしくお願い申し上げます。

爆睡。
何故ここで寝たのか不明。
でも深い眠りに入っていたので目がすっきり覚めた。
あと300キロ弱。
雪。
降っとるなぁ〜。






今日は年始のご挨拶まわり。
途中JOOKEYニュースに出たが陸前高田と大船渡を行ったり来たり。
全部まわれなかった。
あとは物資運搬とお届け。
勝手に日が沈み、大船渡に荷物を届け、従業員ピックアップして、陸前高田に行き、宿の家賃を払い、仮設住宅へ。
年始のご挨拶。
お正月らしいお料理を振る舞われた。
有り難い。
でも年始早々叱られた。
いい意味で。
高齢者の方々の憩いの場を作り、安心して健康に暮らせる場所を早く作ってほしいと。
早くやらないと。
ご馳走になったあと、陸前高田の薬局に荷物を降ろし、大船渡に従業員を送り、今帰路に。
外は白銀の世界。
早速、陸前高田の薬局近くの橋と、ループ橋過ぎたあたりでスリップ&ドリフト。
時速40キロだったから何事にもならなかったがあと時速5キロ速かったらぶつかっていた。
危ない!
とんでもない!
現在一関大東町を過ぎたあたり。
ビビり過ぎて前に進まん。
東京に着かないかも。
たった今電話で収録終了。
企業倒産件数、原発事故、大阪橋下市長、名古屋中京都構想の四つのニュースにコメントしました!
是非!
今回めっちゃ時間かかった。
いろいろと寄ったから仕方ないか。
明日張り切っていきっていこう〜っと。
気仙沼のとある仮設住宅。
70歳以上が八割を超え、アクセス困難で買い物も本当に厳しく支援もない仮設住宅がある。
年末にその情報を聞き、メンバーが本当に尽力してくれて一時しのぎは出来た。
以下メンバーの報告です。
☆健康支援に関してはとある団体がボランティアとして週1回の訪問を始めることになりました。
明日6日、その団体のナースさん(猪苗代病院に入られていた方)が訪問です。
☆他8日に神奈川の介護事業所の方が訪問を決めていますが、まだ具体的ではありません。継続的な介護支援も必要になるかもしれません。
☆訪問診療 − 猪苗代病院で17日の保健所立ち入り検査以降に対応を考えられる。週2回訪問可能。しかし、医療費被災者0割負担の法は2月末までの期限付き、その後の延長指針は出ていません。なので、その動向を見つつ相談していきます。
期間限定でもやる価値はありそうです。
・
☆気仙沼復興商店街より移動販売可能になりました!でも、需給マッチングが可能かどうかを調査してからになります!
☆路線バス − こちらもSさんが商店街からのお願いと同時に要請事項として宮城交通に申し入れをしてくれるとのこと。
☆オンデマンド(呼び出し送迎サービス) − 只今資料作成中です。行政申し入れ、難航しそうですが(汗)
☆リハビリ支援 − FTFさんとの情報共有の申し出がありました。こちらに関してはここの仮設に限らず、要介護の方は多くいらっしゃるので、ぜひお願いしたいとのこと。
とまあ、このような状況ですでに調整込み入っています。
本当にたくさんの有志の方々が立ち上がっています。
地元愛ですね!
自治会長さんご高齢で一度にたくさんの事を持ち掛けると大変になってしまうケースがあったので、自治会長のペースに合わせます。
なかなか行政が動かないことを民間で動かしていかなければならないので、ある程度態勢が整うまでは、物資食糧支援を要請してもらい、LOTSで対応していきます。
以上が報告です。
助け合いの精神が存在することに感動を覚えると同時に、復興が進まない憤りも感じる入り交じった感覚です。
気仙沼でまだまだ経済的にも環境的にも物資による継続支援が必要な方々がいます。
そしてその方々が買い物などを出来るための環境整備作りに尽力されている民間の方々がいるということ。
復旧とインフラ整備すらままならない行政を待ってはいられない、現実に高齢者、要介護者、僻地に住む方がさらに困り始めていること。
気仙沼の町の復旧が進んでいないとこと、石巻牡鹿も同じ状況であること。
支援必要品目は食糧、特にお米・レトルト・おかず・野菜・お茶・コーヒーなどという状況が未だにあるという現実。
震災から約十ヶ月。
伝えなければならないことはたくさんあります。
もし上記物資支援にご協力頂けるようでしたら富山までご連絡下さい。
gammon@kitanet.ne.jpが連絡先です。
仮設は、特定されやすい場所でもあり、全国から直接の問い合わせやアポなし訪問が入ってしまった場合、自治会長さんが対応困難になることは目に見えていますので、問い合わせは必ず富山までお願いします。
とりあえず現状報告です。
常時情報配信していきます。
石巻に到着。
ずっと支援してきた半壊家屋に住んでいたおばちゃん家に立ち寄った。
おばちゃんの言っていたパックご飯をお届け。
おばちゃん相変わらず顔見るだけで跳び上がって喜んでいた。
昨年末に亡くなられた旦那さんにお線香をあげさせてもらった。
おばちゃん一人ぼっちになって寂しそうだった。
75才やし、半壊のリフォーム代のローンが重くのしかかっているそうだ。
まわりの家々は全て津波被害を受けて取り壊し。
近所の方々は一瞬でいなくなった。
僕に出来ることは限られているから、顔見せて話することぐらいしか出来ない。
何の足しにもならんのにね。
でも着実に。
小さなことの積み重ね。
少しずつでも継続的に力になれることをやり続けることが大事だと勝手に思ってる。
おばちゃんだけでなく、被災されたたくさんの方々に少しずつでも出来ること。
目の前にある山盛りの課題、少しずつ少しずつみんなで力合わせて、復興に繋がると信じてやっていこうとまた心に決めた訪問だった。
随分前にも報告したけど、現在ガイガーカウンターで放射線量を測定すると、高速道路車内で二本松市で0.5マイクロシーベルトを超え、福島市では0.7マイクロシーベルトを超えている。
ピーピー鳴りよる。
文部科学省や各市町村のホームページでの公表数値は当然車内の数値以上の値。
飯館村に関しては1.7マイクロシーベルト超え。
チェルノブイリ原発事故では0.6マイクロシーベルト以上の地区は強制退去区域。
あの隠蔽体質の強い、あの情報コントロールをしていたソビエト連邦でさえも、そのような措置をした。
何故日本政府は避難区域の見直しをして避難区域を縮小して居住区域を増やして行くのか?
人々の健康被害を全く考えていないわけです。
判断基準は補償に金かかるから、金かからんように法律整備しようという魂胆。
あと東電と経済産業省天下り役人などをかばうため。
まぁ、これも金ということ。
福島の線量の高い区域に住んでいる方々や、そこから自主避難された方々のための法律ではなく、一部のしょうもないエリートぶってる人間味のないクソ人間をかばうための法律。
BBCに出た時、イギリスのプロデューサーは、「何故日本人は暴動を起こさないのか?誰が見ても誰が聞いてもおかしい話なのに。普通憤慨するはずなのに。」と言っていたほど。
欧米諸国は福島だけでなく、東京を含む東日本全域が放射能汚染が行き渡っているという認識。
1989年にお隣りの中国で民主化の動きがあり、学生が立ち上がった。
北京の天安門広場で暴動が起こり、中国政府は人民解放軍を投入し、学生ら市民に戦車で発砲。
何万人もの血が流れたくさんの命が志半ばで失われた。
この事件は世界各国が一斉に報道し世界中のトップニュースとしてしばらく世界が注目した。
しかし当の中国人には天安門事件が報道されず、そんな世紀の大事件があったことすら知らない。
世界は中国を嘲笑った。
当然日本も。
ところがどっこい。
今の日本と日本人の福島原発事故に対する認識は、当時の中国人の天安門事件に対する認識を下回る。
世界は大注目。
当の日本人は知らん顔であまり気にしない。
怒らないし立ち上がらない。
「原発事故終息宣言」は世界が度肝を抜いた。有り得なさ過ぎるからだ。
でも日本人は「そうなんだぁ」で終わり。
日本の国が迷走する理由は僕ら一人一人にある。
民主化のために命を懸けた当時の中国の若者は立派だとつくづく思う。
MBSのゴールデン番組打ち合わせ終了。
年始からゴールデン番組全国放送に出られるのも本当有り難い話。
収録は頑張らないと。
今新宿出発!
随分遅れてるけど安全運転でいこう。
福島国見を過ぎたあたり。
電話が入り、収録が決まり急遽今日打ち合わせが入ったとの連絡。
有り難い話。
テレビ出演が決まると、出演する度にblogのアクセス数が上がり、また数多くの人達が被災地に目を向け支援の輪が広がる。
本来はテレビに出られることを純粋に喜んで頑張らないといけないが、その本来の喜び以上に喜べるし、今まで以上に頑張れる。
何のために頑張るのか、今の時点では復興という二文字だから本当頑張れる。
動機が不純と言われようが、頑張れるのに越したことはない。
よっしゃー!ですよ。
ようやく東京到着。
途中栃木で寝たからかな。
今日に備えよう。
中西真彦氏(82)に年始のご挨拶。
中西さんは国家ビジョン研究会代表世話人で、知る人ぞ知る大物財界人。
元東京商工会の副会頭を務め、政界、学界、産業界に影響がある方。
年始に一対一でお会いして頂けること自体有り難い話。
いろいろとアドバイスを頂いた。
今年は龍の年。昇り龍になるにしても、龍は荒れ狂う性分。
大荒れの世の中を腹を据えて行動をし続けること。
そのためには大局を見極めないといけない。
先見力を磨くには何を天(民)が欲しているかわからないといけない。
今の民主党は財務省に押され、経団連など財界トップの了承を受けたとして増税路線をひた走るが、天の声(国民の声)が聞こえていない。
だから民主党は大事な声を聞けず、自分達の立場と論点で事を推進するから分裂崩壊すると。
被災地復興においてもそんなことばっかりやなぁとおもいながら聞いていた。
今年は政局が大荒れ。
それに伴い、経済も大荒れ。
もちろん被災地の復興も一筋縄には行かないだろう。
どのように舵をとるべきか。
中西さんから月一で開催している「青雲塾」で教えてやろうと力強いお言葉を頂いた。
今年はメンバーを募らないが、今週末までに「日本の国良くするために勉強したい」という者がいたら紹介しろと。
1月14日が今年第一回目の青雲塾ですが、その日までに勉強したいと言う人いたら富山までご連絡下さい。
連絡先はgammon@kitanet.ne.jpです。
中西さんから得られるものは計り知れないと思います。
中西さんとお話して、いろいろと方向性が明確になって、早速行動しなければと家路に向かう。
そのまま被災地に向かうはずだったが、一個書類作っておかないと。
東京に戻り昨日から挨拶まわり。
今日は役所もまわった。
必要書類発行のため、役所まわりをしたが今年も年始からたらい回し。
東京にある車を陸前高田に持って行き、名義変更や車検通すのに必要な納税証明書を発行してもらうだけで、どんなけたらい回しやねん。
電話で問い合わせると区役所に来てくれと言うから区役所に行った。
区役所に行くと都税総合事務センターに行けと。
総合事務センターに行くと違う県なら発行してもらえるけど東京じゃ駄目だと。
調べると陸運局だったりして。
結局、「役所仕事は適当やね!」と言われても仕方ないでこれ。
行政ガイダンスで市民惑わして市民の生産性奪ってどないすんねん。
行政の仕事は公僕。
市民のためにあるんやけど履き違えとる。
あかん。
そら橋下市長にみんな期待寄せるわ。
と感じる年始てどないやねん。
まぁ文句言うてる暇あったら・・と、そそくさと物資を車に詰め込み準備を終え、最後の年始まわりに。
自由が丘でお世話になっている方にご挨拶へ向かう。
元旦から大阪へ。
大阪はご飯うまい。
親族で集まってワイワイがやがや。
朝から晩まで。
墓参りもして大事な先祖供養もした。
しかしお正月は子供達がモンスターに見える。
笑うわ泣くわ怒るわ。
とってもうるさい。
お正月はいつもより寝不足になりいつもより体力使う。
親というものの宿命ですね。





メンバーからの報告です!
昨年お力添え頂いた方々本当に感謝です!
ありがとうございました!
以下転載いたします。
お知らせします。
・
猪苗代病院では29日より新しくなった1階で、診療を再開しました。
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広くなってみんなでパタパタと走り回ってますー、ととても忙しそうでした。
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30日、今年最後の外来を終えた師長さんからお電話もいただき、「本当にお世話になりありがとうございました。みなさんから物だけでなく、大事なものをたくさんいただきました。本当にたくさんの方から応援されたり、若い人たちも助けてくれたりで、楽しみながらあっという間にここまできてしまいました。今まで、小さい病院だけど、他には負けないよなんて張り合おうとしていた気持ちはなんだったんだろうって思うんです。みなさんにこんなに助けられているのに…。これからはそんな小さな気持ちではなく一生懸命仕事をして返していけたらいいなって思います。」という言葉をいただきました。
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こちらにもささやかながらLOTSとしてお花をおくらさせていただいていますが、不思議なことに同じようなお話しを2日前にとある方からも伺いました。
「仕事をすることは儲けることだって震災前は思ってしまいがちだったんですけど、大きな間違いでした。仕事を持っていて幸せで、その仕事を通して人様に奉仕していくんだとわかりました。今は仕事がとても楽しいです。」と。
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病院からは写真も届いているので、添付しておきます。
ここに瓦礫が詰まっていたとは、と写真をとった職員さんも感慨深げでした。
・
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有り難いお話です。
仕事とは人に奉仕するもの!
明言ですねo(^-^)o
今年は復興を形に!
勝負の年です。
たくさんの人達が飛躍の一年になりますように!
今年もよろしくお願い申し上げます!
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